元夫が来ました
レヴィアス様と再会したわたくしは新たに家を購入し、そこを二人の新居としました。
結婚式も教会で簡単にすませ、慎ましやかな新婚生活を送ること早半年、わたくしのお腹に新たな命が芽生えたのです。
「男かな? 女かな? どちらにしても楽しみだな」
夫となったレヴィアス様がわたくしのお腹に耳を当てます。
まだ胎動は聞こえないのに、気が早いんですから、もう。
しばらく二人で生まれてくる子の話をしていたら、不意に扉をノックする音が部屋に響きました。
「すいません奥様―! なんか自分を公爵家の人間だって言う変なおっさんが奥様に会いに来てますが、どうしましょう? 追い出しましょうかー?」
そう訊ねたのは新しく雇ったメイドのジェニーです。
ジェニーは口調は荒いですが、裏表のないハッキリした性格で仕事も出来るので重宝しております。
平民となったわたくし相手に丁寧な言葉遣いは必要ありませんからね。
「公爵家の人間? どこの家の方かしら?」
「アルなんとかって言ってました! それとなんか、奥様の夫だったとか言ってるんですけど……」
おそらく客人は元夫でしょう。よくここが分かったものです。
「ジェニー、お客様を応接間に案内してちょうだい。すぐに向かうわ」
「え? お会いになるんですか奥様? 危なくないですか?」
「レヴィアス様と一緒に行くから大丈夫よ、安心して」
レヴィアス様の方に顔を向けると微笑んで頷いてくれました。
彼には予め前の夫のことを話してありますし、こうやってわたくしを訪ねてくることは予想していましたので慌てる様子はありませんわ。
レヴィアス様ににエスコートされ応接間に入ると、最後に会った姿よりもみすぼらしくなった元夫がおりました。その姿から察するに、わたくしと離婚した後だいぶ苦労したようですね。
「おひさしぶりです、アルシア卿。本日はどのようなご用向きで?」
わたくしが挨拶をすると、元夫は嬉しそうに目を細めました。
ですが、隣に寄り添うレヴィアス様の姿に顔をしかめ、目尻を吊り上げました。
「ビアンカ、その男は誰だ?」
「アルシア卿、わたくしの名を呼び捨てることのなきようお願いします。どうぞ『ビアンカ夫人』とお呼びください」
親族でもない他人が他所の奥方を呼び捨てにするなど失礼に値します。
それを指摘されハッとなった元夫は恥ずかしさで顔を赤くしました。
「……失礼した、ビアンカ夫人。それで……その男は……」
夫人、と呼ばせている時点で察してほしいものですが、どうも頭の回転が遅いんですよねこの方は。
「彼はわたくしの夫です」
「夫だと!? 離婚してまだ半年だぞ?」
「それが何か? 貴族でしたら離婚後1年は婚姻できない決まりとなっておりますが、わたくしはもう平民ですもの。そのような決まりを守る必要はございません。それで? 本日はどうしてここにいらっしゃったのですか?」
淡々とした私の返事に元夫は黙り込んでしまいました。
まあこの方の用件は大体想像がつくんですがね。
「リリアーヌ王女殿下とはいつご結婚されますの? なにぶんもう貴族の情報は入ってこないので、知らなくて申し訳ございません。真実の愛のご成就、おめでとうございます」
わたくしの言葉に元夫はビクッと体を震わせました。
その反応から察するに、やはり王女様との関係は上手くいかなかったようですわね?
「……助けてくれ、父上がリリアーヌと結婚するなら私を廃嫡すると言うんだ! でも彼女との結婚は王命で定められてしまい……今更なかったことにできない!」
「はい? 王命? ……どういうことです?」
アルシア公爵が元夫とリリアーヌ王女の結婚を反対し、彼を廃嫡することは予想していましたが、王命が出たことは想定外でした。
どうして国王陛下は二人の婚姻にわざわざ王命まで出したのでしょう?
「それは……私が陛下に直訴したのだ。父上は絶対に反対するに決まっているから、陛下からの命令であれば断れないだろうと……」
そんなことしたんですか!? そういえばこの方、変なところで行動的でしたね。
「……そうまでしたのなら、廃嫡されようがリリアーヌ王女と結婚するしかないんじゃありませんこと? アルシア卿も仰っていたではありませんか? 『愛し合う者同士が夫婦になるのは当然のこと』だと」
「それはそうだがっ……! まさか廃嫡されるなんて思いもしなかった! それにリリアーヌがあんな女だったなんて……」
「あんな女とは?」
元夫はリリアーヌ王女が隣国で起こした事件のあらましを説明してくれました。
隣国王家から離縁された、という時点でろくなことしていないとは思いましたが、これはまあ何とも……。
「はあ、そんなことがあったのですね。なら尚更アルシア卿はリリアーヌ王女殿下を娶らねばならないのでは? 王宮にいても針の筵でしょうし、居づらいでしょうよ」
「ああ……国王陛下も王妃殿下も、リリアーヌの弟である王太子殿下さえも彼女に蔑んだ視線を送ってくるらしい。それはそうだ……毒殺なんて恐ろしい真似をする女など家族とも思いたくないのだろうよ」
陛下方が蔑んでいるのはそこじゃないと思いますよ。
そんなすぐに自分の仕業だと分かるような杜撰なやり方をしたことを怒っているのでは?
仮にも王族ならもっと慎重に事を成せばよろしかったのに。
「はあ、そうですか。それで? どうしてわたくしを訪ねてきたのです?」
ただリリアーヌ王女の愚痴を吐きに来たわけではないでしょう。
この人は今日、わたくしに『無礼なお願い』をするために来たのでしょうから。
「頼む! 戻ってきてくれ! 父上は君を気に入っていたから、君さえいれば私はまた跡継ぎに戻れるんだ! リリアーヌは第二夫人にして君を正妻にするから……だから……!」
「え? 嫌ですけど」
きっぱり断ると元夫はひどく驚いた顔を見せました。
なんです? まさかわたくしが喜んで戻るとでも? 有り得ませんね……。
「ど、どうして嫌なんだ? あ、そうか……前回は白い結婚だったからな。安心してくれ、今回はきちんと君を妻として扱うし、閨も共にするから!」
「気持ち悪いこと言わないでくださいます? 貴方と閨を共にするなどごめんですわ」
ハッキリと拒否の姿勢を示すと元夫は阿呆みたいな顔を晒しましたね。
何で自分が受け入れてもらって当然と考えているんですか?
「え……気持ち悪い? な、なんで、そんな……」
「逆にどうしてわたくしが受け入れてくれると思うのですか? 見ての通り、もうわたくしは夫がいる身です。人妻に結婚を迫るなんて非常識にも程がありますわよ」
この方、本当にそういうところなんですよね……。
鈍いというか、気が回らないというか……どうやって育てたらこうなるんでしょうか?
「いや……別に離婚すればいいじゃないか? 平民の夫よりも次期公爵の夫の方が君も幸せになれるだろう?」
「なれませんし、離婚もしません。第一、貴方が仰ったんじゃありませんか? 『愛し合う者同士が夫婦になるのは当然のこと』と。わたくし達は愛し合っております。この場合、部外者は貴方ですわよ? 愛に勝るものなどない、と言っておきながら、愛し合う者同士の仲を割くおつもりで?」
散々『愛』について聞いてもないのに演説した貴方ですもの。
まさか今更それを否定したりしませんわよね?
「う……それは……。だが、このままでは廃嫡されてしまうんだ……! 私を助けると思ってどうか……」
「それは当たり前です。愛より利益を選ぶアルシア公爵の後継者に、利益より愛を選んだ貴方が相応しいわけありません。いいですか、この結果を選択したのは過去の貴方なのです。わたくしは貴方の元に戻りませんし、王命まで出てしまってはリリアーヌ王女以外を娶ることも許されません。いいかげん諦めて現実を受け入れなさいませ」
唖然とした顔をしておりますが、どこかまだ縋るような眼をしてますね。
押し通せばわたくしが折れるとでも? お生憎、そんなに甘くありませんわ。
「頼む……ならせめて父上に口添えを……」
「致しません。さあ、もうお帰り下さい。ジェニー! お客様がお帰りですよ!」
わたくしに呼ばれたジェニーはすぐに応接間に入り、元夫の腕を掴んで玄関まで引きずっていってくれました。彼女は昔、港で荷運びの仕事に就いておりましたからその辺の男性より力持ちなんですよね。実に頼もしいです。
「…………中々強烈な人だったね、君の元夫は。君が全て言い返していたから僕が口を挟む隙がなかったよ……」
「あんな脳内お花畑男と話しては頭がおかしくなりますよ? 私は慣れておりますから大丈夫ですわ。それにレヴィアス様が傍にいてくれるだけで頼もしいです」
夫に寄り添い、脳内お花畑男と話すことでくたびれた心を癒してもらいましょう。
それにしても相変わらず自己中心的なお人ですこと。
夫の前で私に結婚を迫るとか考えられませんわ。
「奥様―! あの気持ち悪いおっさんを門の外まで捨ててきましたー!」
「まあ、ありがとうジェニー」
門の外まで? ジェニーは本当に力持ちで頼りになりますね。
後で褒美に銀貨を与えましょう。
「あのおっさん、引きずってる間ずっと奥様の名前呼んでましたよ? 未練がましくて女々しいですね!」
あらあら、離婚した妻の名前を呼ぶなんて失礼だと申しましたのに……。
相変わらず人の話を聞かない方ですね。
「あの方が女々しくて未練がましくて気持ち悪いのは元からよ。今度また来たら追い返していいわ」
「分かりました! 門番にもそう伝えておきますね!」
本来ならば公爵家の方を追い返すなど不敬ですが、もうアルシア公爵家の人間ではなくなるのですから構いませんね。
今回は興味本位で会いましたけど、次からはもういいでしょう。




