第9話 受付嬢の過去
ある日の午後、ギルドの食堂が、珍しく静かだった。
多くの冒険者が、大きな依頼に出ていて、残っているのは、俺とオリヴィアだけだった。
「今日は、暇そうですね」
「珍しいこともあるものね。たまには、こういう日もあるわ」
オリヴィアは、カウンターから出てきて、俺の対面に座った。
「ねえ、レイン。あなたに、一つ聞きたいことがあるの」
「何ですか」
「あなた、ここに来てから、ずいぶん変わったと思うけど。最初は、誰にも興味を持たないようにしてたでしょ」
「……分かってたんですか」
「分かるわよ。受付には、いろんな冒険者が来るから、人を見る目は、自然と鍛えられるの」
オリヴィアの言葉に、俺は、少し気恥ずかしくなった。
「オリヴィアさんは、なぜ、この街でずっと受付をやってるんですか」
俺は、ふと、聞いてみたくなった。
オリヴィアは、少し驚いた顔をして、それから小さく笑った。
「あなたから、そんな質問をされるとは思わなかったわね」
「気になったので」
「……いいわ、話してあげる」
「私、昔は、王都のギルドで働いてたのよ」
「王都、ですか」
「ええ。もっと、大きなギルドで、もっと忙しい仕事をしてた」
オリヴィアは、少し懐かしそうな表情で、話を続けた。
「でも、ある時、大きな失敗をしたの。私が、依頼の危険度を見誤って、パーティを送り出してしまって……結果、何人かが、大怪我をした」
「……それは」
「私のせいだった。もっと、慎重に確認すべきだったのに、忙しさに任せて、確認を怠った」
オリヴィアの声には、いつもの軽さがなかった。
「それから、私は、王都にいられなくなって、この辺境に流れてきたの」
「……それは、つらい経験だったと思います」
「ええ。今でも、時々、夢に見るわ」
オリヴィアは、少し自嘲するように笑った。
「だからこそ、私は、依頼の管理に、すごく厳しくなったの。危険な依頼を、適当に扱う冒険者には、特に厳しくする。最初に会った時、フィンを怒鳴ってたのも、そういう理由よ」
俺は、その話を聞いて、改めて、オリヴィアという人間を、深く理解した気がした。
「だから、レイン。あなたの鑑定能力を見た時、本当に嬉しかったの。危険を、事前に見抜けるって、私が一番、欲しかった力だから」
「……そうだったんですね」
「だから、あなたを、ちょっと持ち上げすぎたかもしれないけど。許してね」
オリヴィアは、少し悪びれた様子で、笑った。
「いえ、おかげで、こうして、フィンさんたちと出会えました。感謝しています」
「あら、素直ね」
オリヴィアは、少し驚いた様子で、それから、嬉しそうに笑った。
「ねえ、レイン。あなたも、何か、つらい経験があるんでしょう」
「……分かりますか」
「分かるわよ。あなたが、最初、誰とも関わらないようにしてた理由、何となく察してた」
俺は、少し考えて、オリヴィアにも、自分の過去を、もう少し詳しく話すことにした。
「俺、三年間、王都の勇者パーティで、鑑定士をやってました。何度も、仲間の危険を事前に見抜いて、伝えてきました」
「うん」
「でも、誰も、それを信じてくれませんでした。最後には、『役に立たない』と言われて、追放されました」
「……それは、つらかったでしょうね」
「正直、つらかったです。でも、今は、ここで、ちゃんと信じてもらえています。それが、何より、ありがたいです」
「そう。よかったわね」
オリヴィアは、優しい声で言った。
「私もね、最初に失敗した時、誰も私を信じてくれなくなるんじゃないかって、すごく怖かった。でも、この街に来て、少しずつ、また信頼を取り戻せた」
「……オリヴィアさんも、そうだったんですね」
「ええ。だから、あなたの気持ち、少しは分かるつもりよ」
俺たちは、しばらく、黙って、お互いの過去を、心の中で消化していた。
「私たち、似たような経験をしてるのね」
オリヴィアが、ふと、呟いた。
「そうかもしれません」
「だからこそ、この街で、お互い、頑張れてるのかもしれないわね」
俺は、その言葉に、強く頷いた。
「あ、そういえば、レイン。一つ、聞きたいことがあったの」
「何ですか」
「あなた、これから、王都に戻る気は、本当にないの?」
俺は、その問いに、少し考えた。
「……ないです。ここが、もう、俺の居場所になっています」
「そう。それなら、よかった」
オリヴィアは、満足そうに笑った。
「ここでなら、あなたは、ちゃんと評価される。それを、忘れないでね」
「……はい」
俺は、その言葉を、しっかりと胸に刻んだ。
「さて、私は、また仕事に戻るわ。あなたも、ゆっくり休んでね」
オリヴィアは、そう言って、軽く伸びをしながら、カウンターへと戻っていった。
その日の午後、静かなギルドの中で、俺は、自分とオリヴィアの間に、また一つ、深い信頼関係が築かれたことを、実感していた。




