第10話 寡黙な男の傷
ある日のことだった。ガロが、いつもより、少し口数が少ない日が続いていた。
「ガロさん、何か、悩み事ですか」
俺が、思い切って、声をかけてみた。
「……分かるか」
「最近、少し、様子が違う気がして」
ガロは、しばらく、黙っていたが、やがて、小さく息を吐いた。
「実は、来週、ある墓参りに行こうと思っている」
「墓参り、ですか」
「昔の、仲間の墓だ」
ガロの言葉に、俺は、少し緊張した。
——以前、レイラが言っていた、「親しい仲間を、噓の情報のせいで失った」という話を、思い出していた。
「もし、話したくなければ、聞かなくても構いません」
俺がそう言うと、ガロは、少し意外そうな顔をした。
「お前、こういう時、無理に聞いてこないんだな」
「無理に聞くことが、必ずしも、いいことだとは、思っていません」
「……そうか」
ガロは、しばらく、考えていた。
「いや、お前には、聞いてもらいたい。お前なら、ちゃんと、分かってくれる気がする」
「分かりました。聞きます」
「五年前、俺は、別の街で、別のパーティを組んでた」
ガロは、ゆっくりと、話を始めた。
「その時の仲間に、トーマスという男がいた。剣の腕は、俺よりも上手かった」
「……」
「ある依頼で、ダンジョンに潜った時、噂で聞いた情報を頼りに、進路を決めたんだ。『この階層には、危険なモンスターはいない』っていう噂だった」
「結果は、違ったんですか」
「違った。噂は、誰かが、適当に流したものだった。実際には、その階層に、強力なモンスターがいた」
ガロの声が、少し、震えていた。
「俺たちは、不意打ちを受けた。トーマスが、俺を庇って、致命傷を負った」
「……それは」
「俺のせいだ。あの時、噂だけを信じて、自分で確認しなかった俺のせいだ」
ガロは、深く、目を閉じた。
「それ以来、俺は、何事も、自分の目で確認するようになった。噂や、人の言葉だけを、簡単には、信じないようにしてる」
「だから、最初、レインさんの噂を聞いた時も、すぐには、信じなかったんですね」
俺の言葉に、ガロは、小さく頷いた。
「ああ。だが、お前は、トーマスを死なせた、あの噂とは、違っていた」
「どう違うんですか」
「お前は、見えたことを、誇張しない。そして、確証がないことは、はっきりと、確証がないと言う。それが、何より、信頼できる部分だった」
ガロの言葉に、俺は、深く、考えさせられた。
——自分が、慎重さを心がけていたことが、こんな形で、評価されているとは、思っていなかった。
「ガロさん、トーマスさんのことを、今でも、後悔していますか」
「……後悔は、消えない。一生、消えないと思う」
「それでも、ガロさんは、今、フィンさんや、俺たちと、一緒に、頑張ってくれています」
「……ああ」
「トーマスさんも、きっと、それを、見てくれていると思います」
俺の言葉に、ガロは、少し驚いた様子で、こちらを見た。
「お前、そういうことを、ちゃんと言うんだな」
「鑑定士として、見えることだけじゃなく、思っていることも、ちゃんと言うべきだと、最近、思うようになりました」
ガロは、その言葉に、小さく笑った。
「いい変化だ。お前も」
「来週の墓参り、もし、迷惑じゃなければ、付いていってもいいですか」
俺は、思い切って、そう聞いてみた。
「……お前が、来てくれるのか」
「もし、ガロさんが、嫌でなければ」
ガロは、しばらく、考えていたが、やがて、頷いた。
「……ありがたい。一緒に来てくれ」
「分かりました」
それから一週間後、俺とガロは、隣の街にある、小さな墓地を訪れた。
「ここだ」
ガロが、一つの墓石の前で、足を止めた。
『トーマス・ウィン 享年28』
その墓石には、シンプルに、名前と享年だけが、刻まれていた。
「トーマス、久しぶりだな」
ガロは、墓石の前に、しゃがみ込んで、静かに、語りかけた。
「お前が死んでから、五年だ。俺は、また、新しい仲間と、頑張ってる」
ガロの声には、これまで見たことのない、優しさと、深い哀しみが、同時に込められていた。
「今日は、その仲間の一人を、連れてきた。鑑定士の、レインだ」
俺は、墓石の前で、深く、頭を下げた。
「初めまして、トーマスさん。ガロさんから、お話を伺いました」
「この男は、お前みたいに、慎重な奴だ。噓の噂で、誰かを死なせるようなことは、絶対にしない」
ガロの言葉に、俺は、改めて、自分の役割の重さを、実感した。
墓参りの後、帰り道で、ガロが、ふと、口を開いた。
「レイン、ありがとうな。付き合ってくれて」
「いえ、こちらこそ、お話を聞かせてもらえて、ありがとうございます」
「お前に話したら、少し、気持ちが、軽くなった気がする」
ガロは、珍しく、柔らかい表情を見せた。
「これからも、頼りにさせてもらう」
「はい。よろしくお願いします」
俺たちは、夕暮れの街道を、並んで、ラステイルへと、歩いて帰った。
「レイン、一つ、聞いていいか」
「何ですか」
「お前は、なぜ、そんなに、人の気持ちに、丁寧に向き合えるんだ」
俺は、その問いに、少し考えた。
「……たぶん、自分が、誰にも、丁寧に向き合ってもらえなかった経験があるからだと思います。だからこそ、誰かには、そうしたくないと思っています」
「……そうか」
ガロは、それだけ言って、小さく頷いた。
その日、俺は、ガロという男の、深い部分を、初めて知ることができた。
——寡黙さの裏にある、大きな後悔と、それでも前に進もうとする強さ。
それを知って、俺は、改めて、この街の人々への、敬意を、強くした。
夕暮れの空が、二人の帰り道を、静かに、照らしていた。




