第11話 届かなかった声(王都side)
——王都、勇者パーティの拠点にて。
「くそっ、何でこんな依頼、こんなに苦戦してるんだ!」
ガレオンの怒声が、宿の一室に響いた。
「ガレオン、落ち着いて。今は怪我の手当てが先よ」
ミーシャが、彼の腕に治癒魔法をかけながら、静かに言った。
「落ち着けるか! 昨日のダンジョン、危うく死ぬところだったんだぞ!」
ガレオンの腕には、深い裂傷が残っていた。
魔法での治療を受けても、完全には塞がっていない。
「……以前なら、こんなことにならなかった」
ミーシャが、ぽつりと呟いた。
「は?」
「レインがいた時は、いつも事前に危険を教えてくれたわ。今回みたいに、急にトラップが発動することも、なかった」
ガレオンは、その言葉に、苦い顔をした。
「あいつは鑑定士だろ。戦闘には関係ない」
「そう思ってるなら、なぜ今、こんなに苦戦してるの?」
ミーシャの問いに、ガレオンは何も答えられなかった。
部屋の中には、重い沈黙が流れた。
新しく雇われた斥候の男が、その様子を見て、おそるおそる口を開いた。
「あの、すみません……以前は、鑑定士の方がいらっしゃったんですか」
「いた。だが、もういない」
ガレオンは、それだけ短く答えた。
「もしよろしければ、その方を、また呼んでみては——」
「無理だ。追放したのは、俺自身だからな」
斥候の男は、それ以上、何も言えなくなった。
それから数日後。
勇者パーティは、別のダンジョン攻略に挑んでいた。
「右だ、右に何かいる!」
ガレオンの叫び声に、パーティメンバーが一斉に反応する。
だが、反応が一歩遅れた。
「ぐああっ!」
新しく雇った剣士が、横から飛び出してきたモンスターの爪に切られて倒れた。
「クソ、なぜ気づかなかった!」
「だって、急に出てきたんだから……」
「以前はもっと早く分かっていたはずだ!」
ガレオンの言葉に、誰も反論できなかった。
——以前。
それが、レインがいた頃のことを指しているのは、誰の目にも明らかだった。
戦闘は、なんとか乗り切ったものの、パーティ全体の疲労は、以前よりずっと大きかった。
ダンジョンを出た後、誰もが、口を開く気力もなく、宿への帰路を歩いた。
「……このままだと、いつか、本当に死人が出るぞ」
新しく雇われた斥候の男が、小さく呟いた。
その言葉に、誰も反論できなかった。
「ガレオン」
宿に戻った後、ミーシャが、静かに切り出した。
「何だよ」
「レインを追放したこと、本当に正しかったと思う?」
「……何度も同じことを言うな。あいつは鑑定士だ。雑用係だった」
「雑用係が、何度もあなたの命を救ってたって、本当に気づいてなかったの?」
ガレオンは、その言葉に、何も言い返せなかった。
「『右に避けろ』って、レインが何度も言ってたわよね。あれ、ただの当てずっぽうだと思ってたの?」
「……当てずっぽうにしては、当たりすぎてたとは思ってた」
「それが、答えじゃない」
ミーシャの静かな声に、ガレオンは深く息を吐いた。
「……今さら、戻ってきてくれって言えるか?」
「言えないでしょうね、今のあなたには」
ミーシャの言葉は、優しくはなかったが、嘘でもなかった。
「あいつ、今どこにいるんだ」
「知らないわ。でも……噂は聞いてる」
「噂?」
「辺境の街で、何でも見抜く鑑定士がいるって。冒険者ギルドで、ちょっとした有名人になってるみたいよ」
ガレオンは、その言葉に、思わず顔を上げた。
「……それ、本当にレインのことか?」
「分からない。でも、可能性はあると思う」
ミーシャは、窓の外を見ながら、小さく呟いた。
「もし本当にレインなら、よかったと思うわ。ここでは、誰も彼の言葉を、ちゃんと聞いてなかったから」
ガレオンは、何も答えなかった。
ただ、自分の右腕に残る傷跡を、静かに見つめていた。
「ねえ、ガレオン。一つ、聞いていい?」
「何だ」
「あなた、レインのこと、本当はどう思ってたの? 追放する前」
ガレオンは、しばらく黙っていた。
「……正直に言えば、頼りにしてた部分はあった。だが、それを認めるのが、なぜか嫌だったんだ」
「どうして」
「分からん。剣士としての俺の方が、パーティの中心であるべきだと思ってたのかもしれない。鑑定士に助けられてる、っていうのを、認めたくなかったんだろう」
ガレオンの声は、いつもの自信に満ちたものではなく、どこか弱々しかった。
ミーシャは、その様子を見て、小さく溜息をついた。
「今、それに気づいても、もう遅いかもしれないわよ」
「分かってる」
——ラステイル、ギルドにて。
俺は、その日も、いつも通り食堂の隅に座っていた。
「レインさん、聞きました? 最近、王都の有名な勇者パーティが、苦戦してるって噂」
フィンが、興味深そうに話しかけてきた。
「……それは初耳です」
「冒険者ギルドの情報網って、結構広いんですよ。何でも、急にトラップに引っかかったり、モンスターの奇襲を受けたりしてるらしくて」
俺は、その話を聞きながら、特に何も言わなかった。
(……そうか)
ガレオンたちのことだとは、すぐに分かった。
不思議と、彼らを心配する気持ちは、自分でも驚くほど薄かった。
(薄情だな、俺も)
それでも、少しだけ思うことはあった。
俺の鑑定が、どれだけ役に立っていたか。
それを、彼らが今、身をもって理解しているのかもしれない、ということ。
「レインさん、何か考え事ですか?」
「いえ、別に。それより、フィンさん、明日の依頼の準備は終わってますか」
「あ、はい! ばっちりです!」
フィンは、元気よく答えた。
俺は、その様子を見て、小さく息を吐いた。
王都のことは、もう、自分には関係のない話だった。
——少なくとも、まだ、そう思っていた。
「あの、レインさん。もし、その勇者パーティの人たちが、ここに来たら、どうします?」
フィンの問いに、俺は少し考えた。
「……分かりません。今は、考えたくないです」
「そうですよね、すみません」
「いえ、気にしないでください」
俺は、そう答えながら、自分の中に、まだ整理のついていない感情があることに気づいていた。
恨み、なのか。それとも、もっと別の何かなのか。
自分でも、はっきりとは分からなかった。
その夜、俺は、宿の部屋で、王都での日々を、改めて思い出していた。
ガレオンの背中。ミーシャの心配そうな顔。仲間として過ごした三年間。
それらは、確かに、自分の人生の一部だった。
——それでも、今は、もう、過去のものになっている。
そう思いながら、俺は静かに目を閉じた。
明日も、また、新しい一日が、ラステイルで、始まるはずだった。




