第6話 商人の娘
ゴブリンの群れの討伐から、しばらく経った頃。
レイラが、いつもより、少し沈んだ様子で、ギルドにやってきた。
「レイラさん、何かあったんですか」
俺が声をかけると、レイラは、少し驚いた様子で、こちらを見た。
「……分かる?」
「表情が、少し、いつもと違う気がしました」
「さすが、鑑定士ね。隠せないわね」
レイラは、小さく笑って、食堂の席に座った。
「実は、家族から、手紙が来たの」
「ご家族、というと、商人の家のご家族ですか」
「ええ。父が、最近、体調を崩しているらしくて」
レイラの表情には、はっきりとした、心配の色があった。
「お見舞いに行かれるんですか」
「行きたいけど……正直、家族とは、少し複雑な関係なの」
俺は、その言葉に、少し考えた。
「もし、話したいことがあれば、聞きます」
「……ありがとう、レイン」
「私、家を出る時、父と、随分、揉めたのよ」
レイラは、少し遠い目をして、話を始めた。
「父は、私に、商人として、家を継いでほしかった。でも、私は、冒険者になりたかった」
「お父様は、反対されたんですか」
「ええ、強く反対された。最後には、『お前の好きにすればいい、ただし、二度と家には戻ってくるな』って言われたの」
レイラの声には、まだ、その時の痛みが、残っているようだった。
「それ以来、もう、五年くらい、ちゃんと顔を合わせていない」
「手紙のやり取りは、続けてたんですか」
「母を通じて、少しだけ。でも、父とは、直接、話したことがないの」
俺は、その話を聞いて、自分の過去と、少し重ねていた。
——誰かとの関係が、こじれたまま、長い時間が経ってしまうこと。
それが、どれだけ、心の中に、重く残るものか、よく知っていた。
「レイラさんは、お父様に、何か、伝えたいことがありますか」
俺の問いに、レイラは、少し考えた。
「……伝えたいこと、たくさんあるわ。でも、今さら、何を言えばいいのか、分からない」
「今さら、というのは、何だか、聞き覚えのある言葉です」
「どういうこと?」
「王都にいた頃の、元のパーティのリーダーのことを、思い出しました。彼とは、まだ、ちゃんと話せていないことが、たくさんあります」
「……それで、あなたは、どうしたいの?」
「分かりません。でも、今さらでも、いつか、ちゃんと向き合うべきなんだろうと、思っています」
レイラは、その言葉に、しばらく、黙って考えていた。
「……そうね。今さらでも、言わないよりは、いいのかもしれない」
「俺も、そう思います」
「レインさん、レイラさんと、何の話してるんですか」
フィンが、興味深そうに、声をかけてきた。
「レイラさんが、お父様のことで、少し悩んでいて」
「お父様、ですか」
「ええ。体調を崩されているそうで」
フィンは、その話を聞いて、少し考え込んだ。
「俺、家族のこと、よく分からないんですけど……でも、もし、レイラさんが、行きたいなら、ちゃんと、行った方がいいと思います」
「フィンさんも、そう思いますか」
「はい。後で後悔するより、今、ちゃんと向き合った方が、いいと思うんです」
フィンの素直な言葉に、レイラは、少し驚いた様子で、それから、優しく笑った。
「フィン、随分、しっかりしたこと言うようになったわね」
「レインさんの影響です」
フィンが、得意げに言った。
俺は、その言葉に、少し気恥ずかしくなった。
「……分かった。行ってみるわ」
レイラは、しばらく考えた後、はっきりと、そう言った。
「ガロにも、相談してみる。一緒に、街を出る許可をもらえるか」
「俺たちも、力になれることがあれば、言ってください」
「ありがとう、レイン。フィンも」
レイラは、深く、頭を下げた。
それから数日後、レイラは、実家への旅に出た。
二週間後、レイラが、ラステイルに戻ってきた。
「レイラさん、お父様は、どうでしたか」
俺が聞くと、レイラは、少し疲れた様子で、それでも、安心したような表情を見せた。
「……ちゃんと、話せたわ。父も、随分、変わってた。最初は、気まずかったけど、最後には、ちゃんと、お互いの気持ちを、伝えられたと思う」
「それは、よかったです」
「ええ。今さらだったけど、行ってよかった」
レイラは、しみじみと、そう言った。
「父、最後に、こう言ってたの。『お前が、自分の意志で、選んだ道で、ちゃんと生きてるなら、それでいい』って」
「それは、いい言葉ですね」
「ええ。本当に、よかった」
レイラの表情には、長年の重荷が、少し下りたような、晴れやかさがあった。
「レイラさん、お父様の体調は、どうですか」
フィンが、心配そうに聞いた。
「思っていたより、悪くはなかったわ。ただ、年齢のせいで、無理が利かなくなってきてるみたい」
「それなら、よかったです」
「ありがとう、フィン。あなたたちのおかげで、勇気を出せた」
レイラは、改めて、フィンと俺に、お礼を言った。
「俺は、特に何も……」
「またそれ言うのね」
レイラが、くすりと笑った。
「フィンから、もう聞いてたわ。あなたの口癖、随分、皆に知られてるわね」
「……皆さん、すっかり、把握してますね」
俺がそう言うと、レイラとフィンは、揃って、楽しそうに笑った。
その夜、俺は、宿の部屋で、レイラの話を、改めて、思い返していた。
——人と人との関係は、時間が経っても、修復できる可能性がある。
レイラと父親の再会が、それを、証明していた。
王都での自分の過去も、いつか、もっと、別の形で、整理がつくのかもしれない。
そう思うと、不思議な、希望のようなものが、自分の中に、生まれていた。
俺は、その小さな希望を、大切に、胸の中にしまった。




