第4話 折れない剣と、広がる噂
「レインさん! 見てください、これ!」
朝早く、フィンがギルドの食堂に駆け込んできた。
手には、補強されたばかりの剣を抱えている。
「鍛冶屋のおっちゃんに見せたら、刃の根元にひびがあるのが本当に見つかって……レインさんの言う通りでした」
「それは良かったです」
「補強してもらったら、新品買うより全然安く済んで。ありがとうございます!」
フィンは、剣を高く掲げて見せてきた。
陽の光を反射して、剣身が小さく光る。
(嬉しそうだな)
俺は、特に何をしたわけでもないのに、フィンの喜びを見て、少し気分が軽くなった。
「フィンさん、その剣、まだしばらくは持ちます。ただ、根元の補強した部分は、無理な使い方をすると弱いままです」
「分かってます! 大事に使います」
フィンは元気よく頷いた。
「鍛冶屋のおっちゃんにも言われました。『この補強、長くは持たないから、稼いだら新しいの買え』って」
「正しい助言だと思います」
「はい! なので、今度の依頼、頑張って稼ぎたいんです」
「あの、それで、もう一つ聞きたいことが」
「何ですか」
「俺、来週、討伐依頼を受けるつもりなんですけど……その、一緒に来てもらえませんか」
「俺は戦闘力ゼロですよ」
「分かってます! でも、レインさんがいてくれたら、危ない時に先に気づけるかもしれないし」
フィンは、まっすぐな目で俺を見ていた。
(……困るな、こういう目は)
断る理由を、いくつか考えた。
戦闘力がない。役に立たない。危険だ。
——どれも、正直なところ、理由にならなかった。
俺は、フィンの真剣な表情を見て、少し考えた。
王都にいた頃、誰かに、こんなにまっすぐ頼られたことが、あっただろうか。
ガレオンに頼られたことは、確かにあった。
だが、それは「便利な道具」として扱われている感覚に近かった。
フィンの目は、それとは違う種類のものだった。
「……依頼の内容を、見せてもらえますか」
「はい!」
フィンは、嬉しそうに依頼書を取り出した。
「ゴブリンの群れの討伐、ですか」
依頼書に目を通しながら、俺は呟いた。
「最近、街の外れの森で増えてるらしくて。Dランクの依頼なんですけど、人が集まらなくて」
「人が集まらない理由は?」
「報酬が安いからです……」
フィンは少し恥ずかしそうに言った。
(なるほど、それなら確かに人気がないだろう)
「フィンさんは、何人で行くつもりですか」
「いつもは一人なんですけど、今回は数が多いって噂で……」
「一人で、ゴブリンの群れに?」
「……無理ですよね、やっぱり」
フィンは、急に肩を落とした。
「俺、ちゃんと強くなりたいんです。でも、報酬の安い依頼ばっかり受けてるから、なかなか上のランクに行けなくて」
「それは、無理に一人で行くこととは、別の話だと思います」
「でも、誰も一緒に来てくれないし……」
「だったら、一緒に行ける人を探すべきです。俺は戦えませんが、危険を見抜くことはできます。あと一人、戦える人がいれば、十分やれるはずです」
フィンの顔が、少しだけ明るくなった。
「あと一人……」
その時、食堂の入り口から声が聞こえた。
「あら、面白そうな話してるじゃない」
オリヴィアが、いつの間にか俺たちの後ろに立っていた。
「オリヴィアさん、聞いてたんですか」
「受付なんだから、依頼の話くらい耳に入るわよ」
オリヴィアは、フィンの依頼書をひらりと取り上げて、眺めた。
「ちょうどいいわ。この依頼、ギルドからも報酬を上乗せしようと思ってたところなの。森のゴブリンが増えすぎると、街道に出てくるから」
「上乗せ、ですか」
「ええ。それなら、人も集まりやすいでしょ」
オリヴィアは、にやりと笑った。
「ついでに言うと、賢者様が同行するなら、なおさら安心ね」
「賢者じゃないです」
「分かってる分かってる」
オリヴィアは全く悪びれずに、笑いながら掲示板の方へ歩いていった。
それから二日後。
ギルドの掲示板の前で、フィンが声を上げていた。
「あの、本当にありがとうございます! 二人も志願してくれて!」
集まったのは、中堅の冒険者が二人。
ガロという、寡黙だが頼りになりそうな大柄な男と、レイラという、機敏そうな女性だった。
「報酬の上乗せと、『あの噂の鑑定士が同行する』という話が、思った以上に効いたらしい」
「噂って、何の噂ですか」
俺がオリヴィアに聞くと、彼女は涼しい顔で答えた。
「『新しい鑑定士は、危険を事前に見抜く』って話よ。毒の酒の件と、フィンの剣の件、両方広まってるみたいね」
「俺は何もしてないんですが」
「あなたがそう思ってても、見てる人にはそう見えるのよ」
オリヴィアの言葉に、俺は何も返せなかった。
(噂というのは、思っているより速く、思っているより形を変えて広がるものなんだな)
「ガロさん、レイラさん、今回もよろしくお願いします」
「噂は聞いてるよ。あんたが同行するなら、こっちも心強い」
ガロが、低い声で、それでも好意的に言った。
先日の護衛依頼で、もう顔なじみになっている。
「期待しすぎないでください。俺は、戦闘には参加できません」
「分かってる。危険を教えてくれるだけで、十分助かる」
レイラも、頷きながら言った。
「以前、似たような依頼で、罠に引っかかって痛い目見たことがあるから。今回は、そういうのを避けられそうで、ありがたいわ」
俺は、その言葉に、少し安心した。
——少なくとも、過剰な期待をされているわけではないようだった。
討伐の前日、夜のギルド食堂。
「レインさん、明日、よろしくお願いします」
フィンが、緊張した様子で頭を下げた。
「フィンさん。緊張すると、動きが固くなります」
「うっ、分かってるんですけど……」
「大丈夫です。危険があれば、俺が先に気づきます。フィンさんは、剣を振ることだけ考えてください」
フィンは、俺の言葉に、少し驚いた顔をした。
「レインさんって、結構、ちゃんと頼りになりますね」
「鑑定だけです」
「いやいや、それが頼りになるんですって」
フィンは笑って、自分の剣を抱きしめるように持った。
その様子を見て、俺は、王都にいた頃のことを少し思い出した。
ガレオンたちは、俺の鑑定を「ただの便利な道具」として扱っていた。
だが、フィンは違う。
俺の言葉そのものを、信じてくれている。
(……これは、悪くない感覚だな)
そう思った自分に、少し驚いた。
「レインさん、何でそんな顔してるんですか」
「いえ、別に。それより、フィンさんは、明日はちゃんと眠れますか」
「眠れる気がしないです、正直」
「無理に眠らなくてもいいです。ただ、横になって、体だけは休めてください」
「分かりました」
フィンは、少し緊張をほぐすように、肩の力を抜いた。
(誰とも深く関わらない、という決意は、もうほとんど崩れている気がする)
それでも、不思議と、後悔はなかった。
その夜、俺は、宿の部屋で、明日の依頼のことを考えていた。
戦闘経験のない自分が、本当に役に立てるのか、少しの不安があった。
それでも、フィンたちの安全を考えると、できる限りのことをしたいと思った。
——それは、王都にいた頃には、なかった感覚だった。
俺は、その不思議な感覚を抱きながら、静かに、眠りについた。




