第3話 寡黙な剣士と、機敏な弓使い
フィンの剣の補強から、数日が経った。
俺は、まだ依頼を一つも単独で受けていなかったが、ギルドの食堂で過ごす時間の中で、少しずつ、街の人々の顔と名前を覚え始めていた。
「あんた、最近よく顔を見るな」
ある日、いつも一人で食事をしている大柄な男——ガロが、ふいに声をかけてきた。
「鑑定士のレインです。よろしくお願いします」
「ガロだ。剣士をやってる」
ガロは、それだけ言って、また黙って食事を続けた。
(……寡黙な人だな)
俺は、その様子を見ながら、特に気にせず、自分の食事を続けた。
しばらくして、ガロが、また口を開いた。
「お前の噂、聞いてる。毒の酒を見抜いたとか、何とか」
「あれは、誇張されています」
「誇張じゃなくても、見抜けたこと自体が、十分すごいと思うが」
ガロの言葉に、俺は少し驚いた。
「ガロさんは、噂を、あまり信じないタイプだと思っていました」
「信じないわけじゃない。確かめてから判断する、ってだけだ」
「……確かめる、ですか」
「俺は昔、噂だけを信じて、痛い目を見たことがある。それ以来、自分の目で見て、自分で判断するようにしてる」
ガロの言葉には、何か重みがあった。
俺は、それ以上、深く聞くことはしなかった。
「ガロさんって、いつもそんな感じなんですか」
その日の午後、俺は、レイラに聞いてみた。
レイラは、機敏な動きが印象的な、弓使いの女性だった。
「ガロ? ええ、ずっとあんな感じよ。でも、悪い人じゃないわ。むしろ、すごく義理堅い人」
「義理堅い、というのは」
「昔、彼の親しい仲間が、嘘の情報に振り回されて、命を落としたことがあるらしいの。それ以来、彼は、自分の目で確かめることを、何より大事にしてる」
レイラの言葉に、俺は、少し納得した。
——人それぞれに、こだわりを持つ理由がある。
「レイラさんは、なぜ、そんなに人付き合いが上手なんですか」
「上手、というか……私、昔、商人の家の娘でね。人との付き合い方は、自然と覚えたのよ」
「商人の家、ですか」
「ええ。でも、私自身は、商売よりも、冒険者の方が好きで、家を出てきたの」
レイラは、少し懐かしそうに、遠くを見るような表情をした。
「家族とは、今でも、たまに連絡を取ってるわ。心配されてるけどね」
「それは、いいことだと思います」
「そう? あなたは、家族と連絡取ってるの?」
俺は、その問いに、少し考えた。
「……俺の家族は、もう、誰もいません。物心つく前に、孤児院に入っていたので」
「あら、ごめんなさい、変なこと聞いて」
「気にしないでください。よくある話です」
俺は、それだけ言って、小さく笑った。
レイラは、それ以上、深く聞かなかった。
その気遣いに、俺は、少し感謝した。
「フィンも、孤児院出身だったわよね」
レイラが、ふと、思い出したように言った。
「ええ。先日、聞きました」
「あの子、いつも頑張ってるけど、心配な部分もあるのよね」
「心配、というのは?」
「自分を、後回しにしすぎるところがあるの。誰かのために頑張るのはいいことだけど、自分のことも、ちゃんと大事にしてほしいわ」
レイラの言葉に、俺は、自分のことを言われているような気がした。
——王都にいた頃、自分も、似たようなことをしていたのかもしれない。
誰かのために力を使うことに、自分の存在価値を見出していた。
「レインさん、あなたも、似たようなところがあると思うわよ」
「……自覚はあります」
「自覚があるなら、いいんじゃない。気づいてないより、ずっといいわ」
レイラの言葉に、俺は、小さく頷いた。
数日後、ガロが、ふいに俺の元に来た。
「お前、今度の依頼、一緒に来てくれないか」
「依頼、ですか」
「街道の整備のための、簡単な護衛依頼だ。危険は少ないが、一応、何かあった時に、お前の力を借りたい」
「分かりました。よろしくお願いします」
「……お前のこと、最初は半信半疑だったが、毒入りの酒の一件や、フィンの剣を見抜いた話を聞いて、少し興味が出てな」
ガロは、それだけ言って、少し気恥ずかしそうに、目をそらした。
「最初に確かめてから判断する、というガロさんらしいやり方ですね」
「……そうだな」
ガロは、少し苦笑いした。
それは、初めて見せてくれた、彼の柔らかい表情だった。
護衛依頼は、特に大きな問題もなく、無事に終わった。
「お前の力、本当だったんだな」
ガロが、帰り道で、ぽつりと言った。
「噂が誇張されていることが多いので、実際に見てもらえてよかったです」
「いや、誇張じゃなかった。むしろ、噂より、ずっと丁寧な仕事をする奴だと分かった」
ガロの言葉に、俺は、少し嬉しくなった。
「ガロさんに、そう言ってもらえると、安心します」
「これからも、頼りにさせてもらう」
ガロは、それだけ言って、軽く頷いた。
俺たちは、夕暮れの街道を、並んで歩いた。
「レイン、お前は、これから、どんな冒険者を、目指してるんだ」
ガロが、ふと、聞いてきた。
「正直、まだ、はっきりとは、決めていません。ただ、誰かの役に立てる場所にいたい、とは、思っています」
「漠然としてるな」
「ええ。でも、今は、それで、十分だと思っています」
「……悪くない答えだ」
ガロは、それだけ言って、少し笑った。
「俺も、若い頃は、はっきりした目標もなく、ただ、強くなりたいと思って、剣を振っていた。今思えば、それでも、十分、意味があったと思う」
「ガロさんの、その経験が、今の落ち着きに、繋がっているんですね」
「そうかもしれないな」
俺たちは、それ以上、多くを語らず、ただ、夕暮れの道を、並んで歩いた。
その静かな時間が、不思議と、心地よかった。
その日、俺は、また一人、信頼できる人を、この街で得たことを、実感していた。




