第25話 それぞれの一手
「組合会議まで、あと三日」
オリヴィアが、ギルドの食堂に、フィン、ガロ、レイラ、バーバラを集めて言った。
「現状を整理するわ。ザイルは、商業組合の幹部に資金を流して、ギルドの運営権を奪おうとしてる。内部の情報も、誰かを通じて外に漏れてる」
「内通者って、もう分かったんですか」
フィンが、緊張した様子で聞いた。
「レイン、お願い」
オリヴィアに言われて、俺は、この三日間で集めた情報を、まとめて鑑定し直した。
『内部情報の流出経路
経路1:受付業務に関わる書類の写し
経路2:依頼掲示板の内容を、定期的に外部へ報告している人物の存在
該当する可能性が高い人物:ギルド職員のうち一名(断定には追加の確認が必要)』
「断定はできませんが、ギルド職員の中に、情報を流している可能性が高い人がいます」
「誰なの」
「それは、今の段階では言えません。確証がないまま名前を出すのは、危険です」
俺の言葉に、オリヴィアは少し驚いた顔をした。
「……前のあなたなら、見えたことを、そのまま言ってたと思うけど」
「見えたことと、確かなことは、違います。誤った情報で誰かを傷つけるのは、避けたいです」
オリヴィアは、しばらく俺を見て、それから小さく笑った。
「変わったわね、本当に」
「……それより、対策を考えましょう」
俺は、話を進めた。
「情報が漏れているなら、こちらから、わざと『偽の情報』を流して、それがザイルの元に届くかどうかを確認できます」
「罠を張るってことね」
「ええ。それと、もう一つ」
俺は、バーバラの方を見た。
「バーバラさん、ザイルの過去について、もう少し詳しい話を集められますか」
「やってみるわ。古い知り合いに、何人か聞いてみる」
「フィンさんとガロさんは、組合会議の警備状況を調べてもらえますか。当日、何かが起きる可能性があります」
「分かりました!」
「レイラさんは、ミーシャさんと連絡を取って、いざという時の応援を頼んでもらえますか」
「了解よ」
俺は、一通り指示を出して、それから小さく息を吐いた。
——王都にいた頃、俺は一人で全てを見て、一人で全てを判断していた。
今は、見えたことを伝えて、それぞれの得意なことを、それぞれに任せている。
(……これが、本当のやり方だったんだな)
その日の午後、フィンとガロは、街中の警備状況を調べるために、組合会議が開かれる建物の周辺を歩いていた。
「ガロさん、あの建物、警備が普段より多くないですか」
「……確かに。何かを警戒してるみたいだな」
「ザイルが、何か仕掛けてくる可能性、ありますよね」
「十中八九、あるだろうな」
二人は、それぞれの目で、建物の出入り口や、人の動きを確認していった。
「正面の入り口は、警備が厚い。でも、裏の通用口は、意外と人が少ないですね」
フィンが、気づいたことを、すぐに口にした。
「そこは、レインに伝えておこう。何かあった時の、避難経路になるかもしれない」
「分かりました」
二人は、それぞれ見つけた情報を、丁寧にメモに残した。
「ガロさん、レインさんって、すごいですよね」
「ああ。だが、すごいのは、力だけじゃないと思うぞ」
「どういうことですか」
「最初の頃は、ただ力があるだけの男だと思ってた。でも、最近のあいつは、見えたことを、ちゃんと考えて、伝える前に、一度自分で吟味してる。それは、簡単なことじゃない」
ガロの言葉に、フィンは、少し考え込んだ。
「……俺も、レインさんみたいになりたいです」
「お前は、もう、十分なれてると思うぞ」
ガロの言葉に、フィンは、少し照れたように笑った。
同じ頃、レイラは、市場で、商人たちから話を聞いていた。
「ザイルさんね……最近、随分、組合の方に出入りしてるって聞くわよ」
「何の用で、出入りしてるか、分かりますか」
「詳しくは分からないけど、何か大きな話を進めてるって、もっぱらの噂よ」
「他に、何か知ってることはありますか」
「そういえば、最近、ザイルさんの店で働いてた若い子が、急に辞めたって聞いたわ。理由は分からないけど」
「その子の名前、分かりますか」
「……確か、トマスって名前だったと思うけど」
レイラは、その名前を、丁寧に書き留めた。
——後で、ギルドに戻って、レインに伝えよう、と思った。
それから、レイラは、ミーシャへの連絡も、同時に進めていた。
「ミーシャさん、こちら、ラステイルのレイラです。少し、お時間いただけますか」
手紙を書き、街を発つ商人に頼んで、王都への届け物として運んでもらう。
数日かかるかもしれないが、何もしないよりは、ずっと良かった。
バーバラは、その日の午後、古い知り合いの老婆を訪ねた。
「バーバラ、久しぶりだね。何の用だい」
「ザイルのこと、もう少し詳しく知りたいの」
「ザイル……あの男のことかい」
老婆は、少し考え込むような顔をした。
「あの男が、この街に来たばかりの頃、私のところでも、何度か商談を持ちかけられたよ。やたら強引な男だった印象がある」
「強引、というのは?」
「自分の言うことを聞かない人間には、急に冷たくなる。逆に、言うことを聞く人間には、過剰なくらい親切にする。そういう男だったね」
「他に、何か知ってることはありますか」
「……一つ、気になることがある。あの男、昔、別の街でも、似たようなことをやってたって聞いたことがある」
「似たようなこと、というのは」
「冒険者ギルドを、自分の都合のいいように動かそうとしてたって話だよ。詳しいことは、私も分からないけどね」
バーバラは、その情報を、丁寧にメモした。
「ありがとう、助かったわ」
「気をつけなさいよ、バーバラ。あの男、敵に回すと、面倒なことになるよ」
「分かってる。だからこそ、先に動いてるのよ」
バーバラは、それだけ言って、老婆の家を後にした。
夜、ギルドに、皆が再び集まった。
「レイラさんから、いい情報が来ました」
俺は、それぞれが集めた情報を、一つずつ確認していった。
『トマスという人物
ザイルの店で、最近まで働いていた
退職理由:不明(強制的な可能性あり)
居場所:街の外れに住んでいる模様』
「このトマスという人物、もしかすると、何かを知っているかもしれません」
「会いに行くべきね」
オリヴィアが、すぐに言った。
「俺が行きます」
俺は、すぐに申し出た。
「一人で大丈夫?」
「フィンさんも、一緒に来てもらえますか」
「もちろんです!」
翌日、俺とフィンは、街の外れにある、小さな家を訪ねた。
「すみません、トマスさんはいらっしゃいますか」
扉を叩くと、しばらくして、若い男が、おそるおそる顔を出した。
「……何の用ですか」
「ギルドの者です。少し、お話を伺いたくて」
トマスは、明らかに、警戒した様子を見せた。
「ザイルさんのことなら、何も話せません」
「無理にお願いするわけではありません。ただ、もし、何か困っていることがあれば、力になれるかもしれません」
俺は、トマスの様子を、慎重に鑑定した。
『トマス
精神状態:強い不安、恐怖の感情を確認
原因:何らかの脅迫を受けている可能性が高い』
「……あなた、誰かに脅されていますね」
俺の言葉に、トマスは、大きく目を見開いた。
「な、何で、そんなことが分かるんですか」
「鑑定で、見えました。詳しくは分かりませんが、強い不安と恐怖を抱えているようです」
トマスは、しばらく黙っていたが、やがて、深く息を吐いた。
「……分かりました。話します」
トマスは、震える声で、語り始めた。
「俺、ザイルさんの店で働いてたんですけど、ある日、不正な取引の帳簿を、偶然見てしまったんです。それを黙ってるように言われて、辞めさせられました」
「不正な取引、ですか」
「ええ。組合の幹部に、お金を渡してる記録です。でも、もしそれを話したら、家族に何をするか分からないって言われて」
トマスの声には、はっきりとした恐怖が滲んでいた。
「俺の家族、街の外に住んでるんです。何かあったら、すぐには助けられない」
「……分かりました。もし、証言してくれるなら、ギルドとして、トマスさんとご家族の安全を、できる限り保証します」
「本当に、できるんですか」
「絶対とは言えません。でも、今のまま、何もせずに、ずっと脅され続けるのも、つらいと思います」
トマスは、しばらく考えていたが、やがて、小さく頷いた。
「……分かりました。証言します」
「ありがとうございます。フィンさん、ちょっと相談ですが」
「はい」
「トマスさんとご家族の安全を、ガロさんに頼めますか。彼なら、護衛として、頼りになると思います」
「分かりました、すぐに伝えます!」
フィンは、すぐに、ギルドへと駆けて行った。
それから二日後の夜。
ギルドの裏口に、怪しい人影が現れた。
「……来ましたね」
俺とフィンは、暗がりに身を潜めて、その様子を見ていた。
人影は、ギルドの裏口から、何かの書類を持ち出している。
「あれ、偽の依頼情報よ。わざと用意したやつ」
オリヴィアが、小さく囁いた。
人影が動き出すと、フィンとガロが、静かに後を追った。
俺は、その人影を鑑定した。
『対象:ギルド職員(夜間警備担当)
行動パターン:定期的に同じ場所——街外れの倉庫——へ書類を持ち出している』
「街外れの倉庫に向かっています。あの場所が、ザイルとの接点かもしれません」
「行きましょう」
オリヴィアの指示で、俺たちは慎重に、その人影を追跡した。
街外れの倉庫の前で、人影は、待っていた別の男に書類を渡した。
「……あれが、ザイルですか」
俺は、その男を鑑定した。
『ザイル(商人)
今回の取引:偽の依頼情報を受け取り、内容に満足している様子
今後の動き:この情報を基に、組合会議でギルドの「運営不備」を主張する計画』
「予想通りですね。あの男、俺たちが流した偽情報を、本物だと思って、それを根拠にギルドを攻撃するつもりです」
「これで、向こうの計画が分かったわね」
オリヴィアが、低く笑った。
「あとは、これを、会議の場で、こちらから先に出してしまえばいいわ」
「内通者の方は、どうしますか」
俺は、少し迷いながら聞いた。
「……正直、その人にも、何か事情があったのかもしれません。一方的に処罰するより、まず、話を聞いてみたいです」
俺の言葉に、フィンが少し驚いた顔をした。
「レインさんって、本当に、優しいですね」
「優しさより、事実を知りたいだけです」
「それも、優しさだと思いますけど」
フィンの言葉に、俺は何も言い返せなかった。
翌朝、俺たちは、内通者だった職員——名前は、ロイという、ギルドで働き始めて間もない若者だった——と、静かに話をした。
「……すみません、本当に、すみません」
ロイは、すぐに泣き出しそうな顔で、頭を下げた。
「なぜ、こんなことをしたんですか」
「借金があったんです。ザイルさんから、お金を借りてて……それを、情報を渡すことで、帳消しにしてもらえるって言われて」
「最初から、断ることは、考えなかったんですか」
「考えました。でも、もう、首が回らなくて……すみません、本当に」
ロイは、何度も頭を下げた。
俺は、その様子を、しばらく見ていた。
——一方的に切り捨てることが、正しいのかどうか、迷っていた。
「ロイさん。今からでも、こちらに、本当の情報を教えてもらえますか。ザイルとの間で、何が約束されていたのか」
「……はい。話します」
ロイは、震える声で、ザイルとのやり取りを、一つずつ語っていった。
それは、組合会議で使う証拠として、十分な内容だった。
「ありがとうございます、ロイさん。証言してくれたことは、しっかり伝えます」
「俺、これから、どうなるんでしょうか」
「ギルドからは、離れることになると思います。でも、今、正直に話してくれたことは、悪いようにはしません」
俺の言葉に、ロイは、少しだけ、安心したような表情を見せた。
組合会議の前日。
俺たちは、最後の確認を行っていた。
「準備は、これで全部です」
俺は、これまで集めた証拠の数々を、テーブルの上に並べた。
トマスの証言。ロイの証言。バーバラが集めた、ザイルの過去の記録。偽情報を流した時の、現場の記録。
「これだけ揃えば、十分でしょう」
オリヴィアが、満足そうに、それらを見渡した。
「明日、会議に出るのは、誰ですか」
「私とレイン、それと、証言してくれるなら、トマスさんにも」
「分かりました。トマスさんには、俺が連絡します」
フィンが、すぐに動いた。
「皆さん、本当にありがとうございます」
俺は、改めて、皆に頭を下げた。
「お礼を言うのは、まだ早いわよ。明日が本番なんだから」
オリヴィアの言葉に、俺は、強く頷いた。
その夜、俺は、宿の部屋で、明日のことを考えていた。
——これは、もう、自分一人の物語ではなかった。
フィン、オリヴィア、バーバラ、ガロ、レイラ、ミーシャ。
この街で出会った全員の、これからの物語だった。
俺は、その思いを胸に、静かに、目を閉じた。




