第24話 ギルドを狙う影
「ちょっと、これ見てよ」
オリヴィアが、珍しく深刻な顔で、一枚の書状を見せてきた。
「何ですか、これ」
「商業組合からの通達。『ラステイル冒険者ギルドの運営権、見直しの検討』だって」
俺は、その書状を受け取って、目を通した。
『近年のラステイル冒険者ギルドにおける運営実績を鑑み、より効率的な運営体制への移行を検討する』
——内容自体は、回りくどい役所言葉だった。
それでも、行間にある意図は、はっきりしていた。
「これ、つまり」
「ギルドを、別の組織に乗っ取らせようとしてる、ってことね」
オリヴィアの声には、いつもの軽さがなかった。
「最近、街の有力商人——ザイルって男が、商業組合に強い影響力を持つようになっててね。彼の狙いが、このギルドみたいなのよ」
「なぜ、このギルドを」
「分からない。でも、最近、ギルド経由で動いてた依頼の情報が、不自然に外に漏れてる気がするの」
俺は、その書状を、もう一度鑑定してみた。
『書状(商業組合発行)
成立経緯:通常の手続きより異常に早い
関与人物:複数の組合幹部に、ザイルからの資金提供の痕跡』
「……これは、正規の手続きじゃないですね。資金提供の痕跡があります」
「やっぱりね」
オリヴィアは、深く息を吐いた。
「このままだと、半月後の組合会議で、正式にギルドの運営権が移される可能性がある」
「それは、フィンさんやバーバラさんたちにも、関係することですよね」
「そうよ。新しい運営体制になったら、今の冒険者たちの待遇が、どうなるか分からない」
俺は、その言葉に、自分の中で何かが固まるのを感じた。
——これは、自分一人の問題ではなかった。
このギルドという場所そのものが、脅かされている。
「俺に、できることはありますか」
「正直、分からない。でも、あなたの鑑定があれば、ザイルの動きの中で、何か手がかりが見つかるかもしれない」
「分かりました。やりましょう」
「レインさん、何か手伝えることありますか」
フィンが、事情を聞いて、すぐに俺の元に来た。
「正直、まだ分かりません。ただ、ザイルという商人の動きを調べる必要があります」
「俺、街中の情報、結構知ってる人脈あります!」
「ガロさんとレイラさんにも、声をかけてもらえますか」
「もちろんです!」
フィンは、すぐに動き出した。
その姿を見て、俺は、少し前の自分を思い出した。
——王都にいた頃、俺は一人で全てを見て、一人で全てを伝えていた。
今は、違う。
仲間がいる。
それぞれが、それぞれの得意なことで、力を貸してくれる。
「バーバラさんにも、相談してみます」
「バーバラさんに?」
「ええ。あの人、この街の古い情報、すごく詳しいんですよ」
フィンの言葉に、俺は少し驚いた。
(……そうか。バーバラさんも、ただの食堂の女将じゃないんだな)
それから、ガロとレイラも、すぐに集まってくれた。
「内通者がいるかもしれない、ってことか」
ガロが、低い声で言った。
「可能性の話です。確証はまだありません」
「だが、用心するに越したことはない、だな」
「ええ。それぞれ、自分の知ってる範囲で、情報を集めてもらえますか」
「分かったわ。私は、市場の方の知り合いに聞いてみる」
レイラが、すぐに頷いた。
「ザイルね。あの男、最初からきな臭かったわよ」
バーバラは、スープを煮ながら、淡々と言った。
「知ってるんですか」
「この街で長く食堂やってると、いろんな話が耳に入るのよ。ザイルは、十年前にこの街に来て、急に商売を大きくした男。最初から、何か裏があるって、噂はあったわ」
「具体的な情報は、ありますか」
「具体的かどうかは分からないけど……彼の元で働いてた人間が、何人か、急に街を出てるのよね。理由を聞いても、誰も詳しく話さない」
俺は、その情報を頭の中で整理した。
『ザイルの経歴
不明な点:多数
共通する証言:彼の周囲で働いていた人物の急な失踪・移住
危険性:要警戒』
「これは、もう少し詳しく調べる必要がありますね」
「気をつけなさいよ、レイン。ああいう男は、こっちが動いてることに気づいたら、何をするか分からないから」
バーバラの言葉に、俺は静かに頷いた。
「バーバラさん、もう一つ聞きたいんですけど」
「何?」
「ザイルが、なぜ今、このギルドを狙っているのか、心当たりはありますか」
バーバラは、少し考え込んだ。
「……はっきりとは分からないけど、最近、ギルドが管理してる依頼の中に、ザイルの商売に関わる情報が含まれてることが多いのよ。鉱山の採掘依頼とか、薬草の採取依頼とか」
「それは、つまり」
「ギルドを支配下に置けば、商売に有利な情報を、好きなように使えるようになる、ってことかもしれないわね」
俺は、その推測に、納得した。
「ありがとうございます、バーバラさん。大きな手がかりです」
「いいから、気をつけて動きなさいよ」
その夜、オリヴィアが、ギルドの裏口に俺を呼び出した。
「ちょっと、まずい話を聞いたわ」
「何ですか」
「ザイルの周りで、ギルドの内部情報——依頼の詳細とか、冒険者の動向とか、それが外に流れてる証拠が見つかったの」
「内通者がいる、ということですか」
「可能性は高いわね」
俺は、その言葉に、少し息を吐いた。
——状況は、想像していたより、深刻だった。
「オリヴィアさん。これは、ギルドの存続そのものに関わる問題ですよね」
「ええ。私たちが、今のままここにいられるかどうか、それ自体が懸かってる」
「分かりました」
俺は、決意を込めて答えた。
「俺一人では、解決できる問題じゃないです。フィンさんたちと、皆さんの力を、合わせる必要があります」
「あなたが、そう言うようになるとは思わなかったわね」
オリヴィアが、少し驚いたように、それから嬉しそうに笑った。
「前は、一人で何でも引き受けて、誰にも頼らない感じだったのに」
「……自分でも、変わったと思います」
「いいことよ、それ」
オリヴィアは、軽く俺の肩を叩いた。
「さあ、明日からが本番ね。みんなで、このギルドを守りましょう」
俺は、その言葉に、強く頷いた。
翌日から、俺たちは、それぞれの方法で、情報を集め始めた。
フィンとガロは、街中の冒険者たちから、ザイルに関する噂を、丁寧に聞き集めた。
レイラは、市場の商人たちのつながりを使って、ザイルの取引相手を調べた。
バーバラは、古い知り合いに連絡を取り、ザイルが街に来た当初のことを、改めて掘り起こした。
俺は、それらの情報を、一つずつ鑑定しながら、整理していった。
『集まった情報の整理
ザイルの資金源:複数の不透明な取引が確認される
ギルド内部からの情報流出:定期的なパターンが見られる
組合幹部への接触:少なくとも三名に資金提供の痕跡』
数日かけて、状況は、少しずつ明らかになっていった。
「これだけ揃えば、組合会議で、こちらの主張を裏付けられそうですね」
俺がそう言うと、フィンが、安心したような表情を見せた。
「よかった……正直、ギルドがなくなるかもしれないって聞いた時、すごく不安でした」
「フィンさんにとって、ギルドは、特別な場所ですよね」
「はい。俺、孤児院を出てから、行く場所がなかったんです。ギルドが、初めてできた、自分の居場所だったんです」
フィンの言葉に、俺は、自分自身の感情と、重なるものを感じた。
——王都を追放されて、ラステイルに来た自分にとっても、このギルドは、似たような場所になっていた。
「俺たちで、絶対に守りましょう」
俺がそう言うと、フィンは、力強く頷いた。
「内通者って、もう分かったんですか」
フィンが、緊張した様子で聞いた。
俺は、この三日間で集めた情報を、まとめて鑑定し直した。
『内部情報の流出経路
経路1:受付業務に関わる書類の写し
経路2:依頼掲示板の内容を、定期的に外部へ報告している人物の存在
該当する可能性が高い人物:ギルド職員のうち一名(断定には追加の確認が必要)』
「断定はできませんが、ギルド職員の中に、情報を流している可能性が高い人がいます」
「誰なの」
「それは、今の段階では言えません。確証がないまま名前を出すのは、危険です」
俺の言葉に、オリヴィアは少し驚いた顔をした。
「……前のあなたなら、見えたことを、そのまま言ってたと思うけど」
「見えたことと、確かなことは、違います。誤った情報で誰かを傷つけるのは、避けたいです」
オリヴィアは、しばらく俺を見て、それから小さく笑った。
「変わったわね、本当に」
「……それより、対策を考えましょう」
俺は、話を進めた。
「情報が漏れているなら、こちらから、わざと『偽の情報』を流して、それがザイルの元に届くかどうかを確認できます」
「罠を張るってことね」
「ええ。それと、もう一つ」
俺は、バーバラの方を見た。
「バーバラさん、ザイルの過去について、もう少し詳しい話を集められますか」
「やってみるわ。古い知り合いに、何人か聞いてみる」
「フィンさんとガロさんは、組合会議の警備状況を調べてもらえますか。当日、何かが起きる可能性があります」
「分かりました!」
「レイラさんは、ミーシャさんと連絡を取って、いざという時の応援を頼んでもらえますか」
「了解よ」
俺は、一通り指示を出して、それから小さく息を吐いた。
——王都にいた頃、俺は一人で全てを見て、一人で全てを判断していた。
今は、見えたことを伝えて、それぞれの得意なことを、それぞれに任せている。
(……これが、本当のやり方だったんだな)
その夜、俺は、宿の部屋で、一人で、これからの計画を、何度も練り直していた。
確実に、ギルドを守る方法を、考えなければならなかった。
失敗すれば、フィンや、オリヴィアや、バーバラが、自分の居場所を失うことになる。
——それは、絶対に避けたかった。
俺は、窓の外の、ラステイルの夜景を、しばらく、見つめていた。
——この街が、自分にとって、どれだけ、大切な場所になっているか。
それを、改めて、強く実感していた。
「絶対に、守り抜く」
俺は、静かに、そう、自分に、誓った。




