第19話 ラステイルの夏
古塔ダンジョンの攻略から戻ってきて、しばらく経った頃。
ラステイルの街は、夏の盛りを迎えていた。
「レインさん、今年の夏祭り、知ってますか」
フィンが、ある日、嬉しそうに、聞いてきた。
「夏祭り、ですか」
「ええ。毎年、ギルドが中心になって、街全体でやるお祭りなんです。今年は、特に、盛大にやるらしくて」
「特に盛大、というのは?」
「先日の、ザイルの一件、まだ知らないんですけどね。ギルドが守られたお祝いも兼ねて、ってオリヴィアさんが言ってました」
——その話は、まだ少し先の出来事だった。
実際には、ザイルの陰謀が、この後、明らかになっていくのだが、この時の俺たちは、まだ、何も知らなかった。
「祭りの準備、皆で手伝うことになってるんです。レインさんも、参加しませんか」
「……俺が参加しても、いいんでしょうか」
「もちろんです! むしろ、レインさんがいないと、困ります」
フィンの言葉に、俺は、少し戸惑いながらも、頷いた。
祭りの準備は、思っていたより、賑やかなものだった。
「レイン、こっちの飾り付け、手伝ってくれない?」
オリヴィアが、提灯を抱えて、声をかけてきた。
「分かりました」
「ねえ、ところで、あなた、こういう、お祭りの準備とか、王都にいた頃は、参加してたの?」
「いえ、特に参加した記憶はありません。ガレオンたちは、いつも、依頼に出ていることが多かったので」
「そう。それじゃ、今回が、初めての経験になるわね」
オリヴィアは、少し嬉しそうに、そう言った。
「楽しんでね」
「……はい」
俺は、提灯を一つずつ、丁寧に、飾り付けていった。
「レインさん、こっちも手伝ってください!」
ガロが、大きな台を運びながら、声をかけてきた。
「これは、何のための台ですか」
「料理を並べる台だ。バーバラが、祭りの間、屋台を出すらしくてな」
「バーバラさんが、屋台を?」
「ああ。毎年、楽しみにしてる客が、結構多いんだ」
俺たちは、二人で、その台を、丁寧に組み立てた。
「レイン、あなた、力仕事は、苦手だと思ってたけど」
レイラが、その様子を見て、少し意外そうに言った。
「鑑定士だからといって、体を動かせないわけではないです」
「それは、知ってるけど。何だか、随分、馴染んでるなって思って」
レイラの言葉に、俺は、少し考えた。
「……そうですね。最初は、自分でも、想像していませんでした」
「いい変化だと思うわ」
レイラは、優しく笑った。
祭りの当日、ラステイルの街は、いつも以上に、賑やかな雰囲気に包まれていた。
「レインさん! 一緒に見て回りましょう!」
フィンが、嬉しそうに、声をかけてきた。
俺たちは、街中を、ゆっくりと、歩いて回った。
バーバラの屋台では、いつものスープとは違う、特別な料理が、振る舞われていた。
「賢者さん、食べていきなさいよ」
バーバラが、笑いながら、声をかけてきた。
「ありがとうございます」
俺は、その料理を、一口食べた。
——いつものスープより、少し豪華な味付けがされていた。
「美味しいです」
「そう? それなら、よかったわ」
バーバラは、嬉しそうに笑った。
「レインさん、見てください、あれ!」
フィンが、指差した方向には、踊りを披露している、街の人々がいた。
「楽しそうですね」
「俺も、昔、孤児院で、似たような踊り、習ったことがあります」
「踊れるんですか?」
「いえ、あまり、上手ではないです」
「見てみたいです!」
フィンの言葉に、俺は、少し恥ずかしくなった。
「今日は、やめておきます」
「えー、残念です」
フィンは、少し残念そうな顔をしたが、それでも、楽しそうに、笑っていた。
夜になって、祭りの広場で、大きな焚き火が焚かれた。
「レイン、ちょっとこっちに座って」
オリヴィアが、焚き火の近くの席に、俺を呼んだ。
「皆さんも、こっちに来てください」
フィン、ガロ、レイラ、バーバラ、そして俺が、焚き火を囲んで、座った。
「こうして、皆で集まるの、いいわね」
バーバラが、満足そうに、火を見つめながら言った。
「本当に。最近、ずっと、忙しくしてたから」
オリヴィアの言葉に、皆が、小さく頷いた。
「レインさん、この街に来て、半年くらいですよね」
フィンが、ふと、聞いてきた。
「ええ、もう、そんなに経ちますか」
「あっという間でしたね」
「俺にとっては、随分、長く感じます。色々なことが、ありましたから」
「それは、いい意味で?」
「ええ。間違いなく、いい意味です」
俺の答えに、フィンは、嬉しそうに笑った。
「レイン、王都にいた頃、こんな夜、あった?」
オリヴィアが、ふと、聞いてきた。
「……ありませんでした。皆、それぞれ、自分のことで忙しくて」
「そう。じゃあ、これが、初めてね」
「ええ」
俺は、焚き火を見つめながら、改めて、自分の気持ちを、確かめていた。
——王都にいた頃には、決して、得られなかった時間。
それが、今、確かに、ここにあった。
「レインさん、これからも、ずっと、ここにいてくれますか」
フィンが、ふと、真剣な様子で聞いてきた。
「……分かりません。未来のことは、誰にも分かりません」
「それは、そうですけど」
「でも、今は、ここにいたいと、強く思っています」
俺の答えに、フィンは、満足そうに、頷いた。
「それで、十分です」
焚き火の炎が、静かに、揺れていた。
俺は、その光を見つめながら、この街で過ごした半年間を、改めて、振り返っていた。
——多くのことが、変わった。
誰とも深く関わらないと決めていた自分が、今は、こんなに多くの人と、繋がっている。
それは、想像していなかった、けれど、確かに、悪くない変化だった。
「さあ、そろそろ、お祭りも終わりね」
オリヴィアの言葉に、皆が、立ち上がった。
「また、来年も、皆で集まりましょう」
フィンの言葉に、誰もが、自然に、頷いた。
——その「来年」が、当然のように、自分の未来の中にあることを、俺は、改めて、実感していた。
その数日後、ギルドに、商業組合からの、あの不穏な書状が、届くことになるのだが——それは、もう少し、先の話だった。




