第18話 深層の罠と、仲間の力
「レインさん、今回はちょっと大きい依頼なんですけど、受けてもらえますか」
オリヴィアが、珍しく真剣な顔で依頼書を出してきた。
「『古塔ダンジョン』調査……ですか」
「最近、新しく発見されたダンジョンでね。中の構造が複雑で、もう二組のパーティが引き返してきてるの」
依頼書を見ると、報酬はこれまでよりずっと高かった。
「危険度が高い分、報酬もいいわ。でも、無理だと思ったら断ってくれていいから」
「内容を、先に確認させてください」
俺は、依頼書とギルドに残っていた調査記録を、丁寧に鑑定した。
『古塔ダンジョン
階層数:推定5階層
既知の危険:トラップの密度が高い。罠の種類が一定していない
主な失敗原因:複雑な分岐構造での経路誤認、および落とし穴系トラップ』
「……これは、戦闘より、構造の見極めが重要な依頼ですね」
「そうなのよ。だから、あなたに頼みたいの」
俺は、少し考えてから、頷いた。
「フィンさんと、あと数人、声をかけてもらえますか。一人では無理です」
「もちろん。誰がいい?」
「ガロさんとレイラさん。前のゴブリン討伐で、連携が取れていたので」
「了解。すぐに声をかけるわ」
「あと、もう一人、欲しいです。治癒役」
「治癒役……心当たりある?」
オリヴィアの問いに、俺は少し考えた。
「ミーシャさんに、頼めないか聞いてみます」
「ああ、あの聖女様ね。連絡取れるの?」
「分かりません。でも、駄目で元々です」
俺は、ミーシャに宛てて、一通の手紙を書いた。
事情を説明し、もし可能であれば、力を借りたい、という内容だった。
返事が来るまでには、数日かかるだろうと思っていた。
数日後、古塔ダンジョンの入り口に、四人——いや、五人が集まっていた。
「ミーシャさん、まだ街にいたんですね」
「ええ。レインが大きな依頼を受けるって聞いて、心配で」
ミーシャは、聖女の杖を持ち直しながら、申し訳なさそうに笑った。
「治癒役がいないと、危ないと思って。それと、あなたの実力を、もう一度近くで見てみたかったの」
「……分かりました。よろしくお願いします」
「初めまして、聖女様。フィンです! よろしくお願いします!」
フィンが、興奮した様子で挨拶した。
「初めまして、フィン君。レインから聞いてるわ。剣の腕、随分上がったって」
「えっ、レインさん、そんなこと言ってたんですか」
俺は、その問いに、少し気恥ずかしくなった。
「言いましたけど、それが何か」
「いや、嬉しいだけです!」
フィンの嬉しそうな反応に、ガロとレイラも、小さく笑った。
「さて、無駄話はそこまでにして、行きましょうか」
ガロの声で、俺たちは、ダンジョンの中へと足を踏み入れた。
「レインさん、この分岐、どっちに進みますか」
入り口から少し進んだところで、フィンが聞いてきた。
俺は、両方の通路を鑑定した。
『左の通路
罠の反応:なし
ただし先は崩落の危険あり
右の通路
罠の反応:圧力式の落とし穴を確認
ただし崩落の危険はなし』
「右に進みます。ただし、罠があります。俺が場所を指示するので、その通りに歩いてください」
「分かりました」
俺は、ゆっくりと進みながら、フィンたちに歩く位置を伝えていく。
「そこ、左に半歩」
「次、真ん中をそのまま」
「その先、右端を歩いてください」
慎重な進行に、最初は時間がかかった。
それでも、誰も罠にかかることなく、第一階層を抜けることができた。
「すごい……前のパーティは、ここで引き返したらしいですよ」
ガロが、感心したように呟いた。
「俺は罠を見ているだけです。歩いているのは、皆さんですから」
「いやいや、見えてなかったら歩けないですって」
レイラも、同意するように頷いた。
第二階層は、第一階層よりも、さらに複雑な構造をしていた。
「ここ、行き止まりみたいに見えますけど……」
フィンが、不安そうに、目の前の壁を見た。
俺は、壁全体を鑑定した。
『この壁
構造:機械式の隠し扉。一定の重さがかかると開く仕組み
起動方法:壁の下部、特定の石を押すこと』
「これ、隠し扉です。下の方の、少し色の違う石を押してください」
「えっ、本当に?」
フィンが、半信半疑な様子で、その石を押すと、ガラガラという音がして、壁の一部がゆっくりと開いた。
「うわ、すごい!」
「こういう仕掛け、よくあるんですか?」
レイラが、感心したように聞いた。
「ダンジョンの設計には、一定の傾向があります。今回は、見たことのある構造でした」
「レインさんって、こういう知識も、ちゃんと持ってるんですね」
「鑑定士の基本技能の一つです」
「俺、もっと、こういう知識も、勉強したいです」
フィンが、興味深そうに、扉の構造を、覗き込んだ。
「フィンさんは、剣の腕だけじゃなく、知識も、増やしたいんですか」
「はい。レインさんみたいに、いろんなことが分かる人って、すごく頼りになるなって、改めて思って」
「知識は、すぐには、身につきません。でも、興味を持つことは、第一歩だと思います」
「じゃあ、これからも、色々、教えてください!」
「機会があれば、もちろんです」
俺たちは、開いた扉の先へと進んだ。
第三階層に入ったところで、状況が変わった。
『前方、広間
反応:複数のモンスター。推定10体
配置パターン:壁際に隠れた個体が多数
戦闘になれば、複数方向からの同時攻撃の可能性が高い』
「……これは、まずいですね」
「数が多いんですか?」
「数だけじゃなく、配置です。壁際に隠れていて、戦闘になったら囲まれます」
俺は、地図のように頭の中で広間の構造を組み立てながら、考えた。
「フィンさん、ガロさん、レイラさん。三人で、入り口付近に固まって戦ってください。背後を取られないように」
「俺たちだけで大丈夫ですか」
「ミーシャさんに、後方支援をお願いします。俺は、敵の位置を伝え続けます」
「分かったわ」
ミーシャが、静かに頷いた。
「行きます」
俺の声を合図に、フィンたちが広間に進んだ。
「右奥、二体!」
「左、壁際から一体出てきます!」
「フィンさん、正面に集中してください、左右はガロさんとレイラさんが対応します!」
俺の指示が飛ぶたびに、三人の動きが、迷いなく決まっていく。
戦闘力のない俺が、まるで、もう一つの目になって、戦況全体を見ているような感覚だった。
「ミーシャさん、フィンさんの左肩、軽い負傷!」
「分かった!」
ミーシャの治癒魔法が、即座にフィンへ飛んだ。
「ありがとうございます!」
戦闘は、決して楽ではなかった。
何度も、危ない瞬間があった。
それでも、誰も大きな怪我をすることなく、広間のモンスターを全て倒し切った。
「……終わった……」
フィンが、剣を支えにして、その場に座り込んだ。
「お疲れさまでした。皆さん、無事です」
俺は、全員を鑑定して、それを確認した。
『フィン:軽傷あり、ミーシャの治療で問題なし
ガロ:問題なし
レイラ:問題なし』
「フィン、軽傷あるけど、大丈夫?」
ミーシャが、すぐに、フィンの肩に治癒魔法をかけた。
「あ、ありがとうございます。正直、結構、効いてました」
「無理しないで、ちゃんと言ってね」
「すみません、つい、頑張りすぎちゃって」
フィンが、少し申し訳なさそうに、笑った。
「レインさん、ありがとうございます。あなたがいなかったら、絶対に囲まれてました」
ガロが、息を整えながら言った。
「俺は何もしていません。戦ったのは皆さんです」
「いやいや、それを言うなら、皆さんも何も見えてなかったら戦えなかったですよ」
レイラが、笑いながら言った。
俺は、その言葉に、少し戸惑った。
——いつも、自分の役割を「見ているだけ」だと思っていた。
だが、見ているだけでは、戦況は動かない。
戦う人がいて、それを支える人がいて、初めて結果が生まれる。
(……当たり前のことだったのかもしれない。それを、ずっと忘れていた)
王都にいた頃、俺はガレオンたちを「裏で支えるだけ」だと思い、そして、彼らにそれを認めてもらえないことに、傷ついていた。
だが、本当に必要なのは、認めてもらうことだけじゃなかったのかもしれない。
——一緒に戦っているという感覚、それ自体だったのかもしれない。
第四階層は、広間ほどの危険はなかったが、複雑な迷路状の構造をしていた。
「レインさん、ここ、また分かれ道です」
「少し待ってください」
俺は、その場で、周囲全体を、丁寧に鑑定した。
『この階層の構造
通路は全て、最終的に中央の部屋へ繋がっている
ただし一部の通路には、毒霧の罠あり』
「全部の道が、最終的に同じ場所に繋がっています。ただ、毒霧の罠がある道もあるので、慎重に進みましょう」
「毒霧、ですか……」
ミーシャが、少し心配そうな顔をした。
「もし誰かが毒霧を受けても、対応できますか」
「私の治癒魔法で、ある程度の解毒はできるわ。ただ、できれば避けたいわね」
「分かりました。最も安全な道を選びます」
俺は、それぞれの通路を順番に鑑定し、最も安全な経路を選んで進んだ。
途中、何度か小さなモンスターと遭遇したが、フィンたちの連携で、難なく対処できた。
「レインさんと一緒だと、なんか、安心感が違いますね」
フィンが、休憩の合間に、ぽつりと呟いた。
「それは、フィンさんたちの実力があるからです」
「いやいや、それだけじゃないですよ」
フィンは、笑いながら、水筒の水を口にした。
「俺、最初は、レインさんの力って、ちょっと特殊なだけだと思ってたんです。でも、今は違う気がします」
「違う、というのは?」
「レインさんがいると、みんなが、自分の役割に集中できるんです。危険を考えなくていい分、自分のやるべきことだけに、ちゃんと向き合える」
フィンの言葉に、俺は少し考えた。
「私も、同じことを、感じてるわ」
ミーシャが、休憩の輪に加わって、そう言った。
「王都にいた頃、私は、いつも、戦闘中の危険も、同時に気にしながら、治癒をしてた。でも、今は、レインの声を信じて、治癒だけに、専念できる」
「それは、ありがたい言葉です」
「お礼を言うのは、私の方よ。あなたのおかげで、私も、自分の役割に、もっと深く、向き合えるようになった」
ミーシャの言葉に、俺は、少し誇らしい気持ちになった。
——自分の力が、こうして、仲間それぞれの力を、引き出す助けになっている。
それは、王都にいた頃には、感じられなかった、確かな実感だった。
——それは、自分でも気づいていなかった、自分の力の意味だった。
第五階層、ダンジョンの最深部。
「ここに、何かありますね」
奥の祭壇に、古びた魔導具が置かれていた。
『古代の魔導具
効果:未確認。ただし強い魔力を保持している
危険性:低い。封印は安定している』
「これが、ギルドが調査したかったものかもしれません」
「持って帰りましょう。きっと、研究に役立つわ」
ミーシャが、慎重にそれを布で包んで持ち上げた。
「皆さん、お疲れ様でした。これで、依頼完了です」
俺がそう言うと、フィンが、満面の笑みを浮かべた。
「最高のパーティでしたね、今回!」
「俺は何もしてないですよ」
「もう、それ、聞き飽きましたって」
フィンの言葉に、ガロとレイラも笑った。
「本当にそうだな。今回は、怪我も最小限だったし、罠に一度も引っかからなかった。こんなにスムーズな攻略は、久しぶりだ」
ガロが、満足げに頷いた。
「私も、これだけ安心して戦えたのは、初めてかもしれない」
レイラの言葉に、ミーシャも、同意するように笑った。
「私も、王都での依頼より、よっぽど安心できたわ。レイン、あなた、ここで、本当にいい仲間に恵まれたのね」
「……そうかもしれません」
俺は、その言葉に、自然と頷くことができた。
俺は、その笑い声を聞きながら、自分の中で、何かが確かに変わったのを感じていた。
(……これが、ずっと欲しかったものなのかもしれない)
仲間と共に、結果を出す。
それを、誰かが、自然に認めてくれる。
——王都では一度も得られなかったものが、今、確かにここにあった。
ダンジョンを出ると、夕陽が、空を赤く染めていた。
「綺麗ですね」
フィンが、その景色を見上げて言った。
「ええ、本当に」
俺たちは、しばらく、その景色を黙って眺めていた。
「レインさん」
「何ですか」
「俺、ずっとレインさんに、一つ聞きたかったことがあるんです」
「何ですか」
「レインさんは、これから、どうしたいですか。ずっと、ここにいてくれるんですか」
フィンの問いに、俺は、少し考えた。
王都にいた頃は、自分の未来について、深く考えることはなかった。
ただ、その日その日を、何とかやり過ごすだけだった。
「……今は、ここにいたいと思っています。フィンさんたちと、一緒に」
「それ、すごく嬉しいです」
フィンは、心からの笑顔で、そう言った。
俺たちは、夕陽に照らされながら、ギルドへの帰路を歩いていった。




