第16話 一人で立った夜
ミーシャがラステイルに来てから、しばらく経った、ある夜のことだった。
「レインさん! 大変です!」
フィンが、慌てた様子で、俺の宿の部屋まで駆け込んできた。
「フィンさん、何があったんですか」
「街の外れで、魔物が出たって連絡があって、俺、確認に行かなきゃいけなくて」
「俺も行きます」
「いえ、レインさんは、ここにいてください。これは、俺一人で対応しなきゃいけない仕事です」
フィンの言葉に、俺は、少し驚いた。
——いつもなら、すぐに同行を頼んでくるはずだった。
「フィンさん、何かあったんですか」
「……正直に言います。俺、いつまでも、レインさんに頼ってばかりじゃ、駄目だと思って」
フィンは、真剣な表情で、続けた。
「ガロさんにも、レイラさんにも、言われたことがあるんです。『お前は、自分の力で立てるようにならないと』って」
「それは、正しい指摘だと思います」
「だから、今回は、一人で行きます。鑑定なしでも、ちゃんと対応できるか、確かめたいんです」
俺は、その言葉に、少し迷った。
——心配な気持ちは、確かにあった。
それでも、フィンの覚悟を、無理に止めるべきではない、と思った。
「……分かりました。ただ、何かあったら、すぐに知らせてください」
「はい! ありがとうございます」
フィンは、それだけ言って、夜の街へと、駆け出していった。
俺は、その後ろ姿を見送りながら、ギルドの食堂に戻った。
「フィン、一人で行ったの?」
オリヴィアが、少し心配そうな顔で、聞いてきた。
「ええ。彼自身の意志です」
「あなた、心配じゃないの?」
「心配です。でも、止めるべきではないと思いました」
俺は、自分の中の不安を、正直に答えた。
「……そう。それも、あなたらしい判断ね」
オリヴィアは、小さく頷いた。
「鑑定で、様子を見ることくらいは、できるんじゃない?」
「……それも、考えました。でも、今回だけは、見ないことにします」
「どうして?」
「フィンさんが、自分の力で立とうとしているなら、俺が、見えない場所から見守るのも、ある意味、過保護だと思ったので」
オリヴィアは、その答えに、少し驚いた顔をした。
「あなた、随分、大人になったわね」
「……そうですか?」
「ええ。最初の頃は、何でも見て、何でも伝えようとしてたのに」
俺は、その言葉に、少し考えた。
——確かに、自分の中で、何かが変わっている。
見えることと、伝えるべきこと、そして、伝えない方がいいことの違いを、少しずつ、理解できるようになっていた。
数時間後、フィンが、ギルドに戻ってきた。
服のあちこちが、土と汗で汚れている。
「フィンさん、無事ですか」
俺は、思わず、駆け寄った。
「はい、何とか、無事です!」
フィンは、満面の笑みを浮かべていた。
「魔物、一匹だけだったので、何とか、一人で対処できました」
「すごいじゃない、フィン!」
オリヴィアが、嬉しそうに、声をかけた。
「ちゃんと、自分で判断して、自分で対処できました。レインさんに頼らずに」
フィンは、誇らしげに言った。
「お疲れ様でした。よく頑張りましたね」
俺は、その言葉に、本心から、そう伝えた。
「ありがとうございます! でも、正直、ちょっと怖かったです。レインさんがいないと、こんなに不安なんだなって、改めて分かりました」
フィンは、少し照れたように、笑った。
「それでも、一人でやり遂げたことが、大事だと思います」
「はい!」
その夜、フィンと俺は、ギルドの裏庭で、少し長く話をした。
「レインさん、今日、本当に、ありがとうございました」
「俺は、何もしてないですよ。今日は」
「いえ、それが、よかったんです」
フィンは、はっきりと言った。
「レインさんが、見守ってくれてるって、分かってたから、安心して、一人で挑戦できました」
「……それは、嬉しい言葉です」
「俺、これから、もっと強くなりたいです。レインさんに頼るだけじゃなく、レインさんと、対等に並べるくらいに」
フィンの真剣な言葉に、俺は、少し考えた。
「フィンさん、対等というのは、強さだけの問題じゃないと思います。今日のあなたは、すでに、十分、対等な仲間です」
「……そうですか?」
「ええ。誰かに頼ることも、自分で立つことも、両方できる人を、俺は対等な仲間だと思っています」
フィンは、その言葉に、少し驚いた様子で、それから、嬉しそうに笑った。
「レインさんって、本当に、いいこと言いますね」
「自分でも、たまに驚きます」
俺がそう答えると、フィンは、楽しそうに笑った。
「レインさん、これからも、時々、一人で挑戦してみても、いいですか」
「もちろんです。ただ、無理だと思ったら、すぐに、誰かを呼んでください」
「分かってます! でも、今日みたいに、ちゃんとやり遂げられたら、嬉しいので」
「フィンさんの判断を、信じています」
俺の言葉に、フィンは、誇らしげに、頷いた。
その日、俺は、フィンの成長を、改めて、強く実感していた。
——彼は、もう、ただ守られるだけの存在ではなくなっていた。
これから先、彼が、どんな冒険者になっていくのか、楽しみだった。




