第14話 聖女の来訪
その日、ギルドの扉が開いた瞬間、俺は思わず固まった。
「……レイン、ここにいたのね」
聖女の杖を持った女性が、扉の前に立っていた。
「ミーシャ……」
三年間、共に戦ってきたパーティの仲間が、まさかこんな辺境の街まで来るとは、思っていなかった。
「な、何でここに」
「噂を聞いて。『何でも見抜く鑑定士』が、辺境の街にいるって」
ミーシャは、ゆっくりとギルドの中を見回し、それから俺の前まで歩いてきた。
「……元気そうね」
「……まあ、それなりに」
俺たちのやり取りを見ていたフィンが、不思議そうに声をかけてきた。
「レインさん、お知り合いですか?」
「……昔のパーティの仲間です」
「昔の……?」
フィンが、何か察したような顔をした。
オリヴィアも、カウンターの向こうから、こちらをじっと見ていた。
ギルドの食堂にいた他の冒険者たちも、何となく、こちらの様子を気にしているのが分かった。
「とりあえず、座って話しましょう」
俺は、ミーシャを食堂の席に案内した。
フィンが、気を遣って、少し離れた席に移動してくれた。
それでも、視線だけは、こちらに向けられているのが分かった。
「それで、何の用ですか」
「……単純な話よ。あなたが心配だったの」
「俺は、特に困ってないですけど」
「知ってる。噂で聞いてたから」
ミーシャは、小さく笑った。
「『辺境の街で、何でも見抜く鑑定士が、冒険者たちの間で評判になってる』って。最初聞いた時、絶対にあなたのことだと思った」
「……それは、誇張されてます」
「分かってる。あなたが、自分の力を誇張するタイプじゃないことくらい」
ミーシャの言葉に、俺は少し驚いた。
(……分かってくれていたんだな、ある程度は)
「ガレオンたちは、どうしてますか」
「……苦労してるわ。あなたがいた時には、なかった失敗が増えてる」
「それは、彼ら自身の問題です」
「分かってる。でも、ガレオンも、少しずつ分かってきてるみたいよ。あなたが、どれだけ重要だったか」
俺は、その言葉に、特に何も感じなかった。
——少なくとも、自分ではそう思っていた。
「実は、つい最近、ガレオンが大怪我をしたの」
「……大怪我、ですか」
「ダンジョンの奥で、トラップに引っかかった。私の治癒魔法でも、完全には治すのに時間がかかった」
俺は、その話を聞いて、複雑な気持ちになった。
心配する気持ちは、確かにあった。
それでも、それと同時に、「だから言ったのに」という、少し冷たい感情も、自分の中にあった。
「レイン、本当に、王都に戻る気はないの?」
ミーシャの問いに、俺は少し考えた。
「……戻りたいとは、思いません」
「どうして?」
「……三年間、誰にも信じてもらえなかった。ここでは、違うんです」
俺は、自分の言葉に、少し驚いた。
こんなにはっきりと、誰かに自分の気持ちを伝えたのは、久しぶりだった。
「ここでは、誰が、あなたを信じてくれてるの?」
ミーシャの問いに、俺は、フィンやオリヴィア、バーバラの顔を思い出した。
「……何人か、います。フィンという剣士の少年がいて、彼は、俺の言葉を、一度も疑ったことがないです。受付のオリヴィアさんも、食堂の女将のバーバラさんも……皆、俺の話を、ちゃんと聞いてくれます」
「それは、よかったわね」
ミーシャは、少し寂しそうに、それでも本当に嬉しそうに笑った。
「私、ずっと気になってたの。あなたが、ちゃんと、自分に合う場所を見つけられるかどうか」
「心配してくれてたんですか」
「当然でしょ。三年も一緒に戦ったパーティの仲間だもの」
ミーシャの言葉に、俺は何も言えなくなった。
「あの時、私、何も言えなかった。ごめんね」
ミーシャが、ふいに、声を落として言った。
「あの時って?」
「あなたが、追放された時。何か言わなきゃと思ってたのに、結局、何も言えなかった」
「……それは、仕方ないと思います。ガレオンの決定でしたから」
「でも、パーティの仲間でしょ。本当は、止めるべきだった」
ミーシャの声には、後悔の色が、はっきりと滲んでいた。
俺は、その様子を見て、少し考えた。
——あの時、ミーシャが何も言わなかったことを、恨んでいたわけではなかった。
ただ、誰も自分のために声を上げてくれないことが、寂しかっただけだった。
「ミーシャさんが、何も言わなかったことを、恨んではいません。ただ……」
「ただ?」
「誰も、自分のために、声を上げてくれないことが、寂しかったんだと思います」
俺は、自分の本音を、初めて、はっきりと口にした。
ミーシャは、その言葉に、目を少し潤ませた。
「……ごめんね、本当に」
「もう、過去のことです」
「過去のことでも、ちゃんと謝りたかったの」
ミーシャの真剣な様子に、俺は、小さく頷いた。
「……分かりました。受け取ります」
その夜、俺は一人で、ギルドの裏庭に出ていた。
王都での三年間のことを、改めて考えていた。
俺の鑑定が、何度もガレオンたちを救った。
それでも、彼らは一度も、それを認めなかった。
「役に立たない」と言われ続けて、最後には追放された。
(……あの時、俺は、何を期待していたんだろう)
自分の中で、ずっと曖昧だった感情が、少しずつ言葉になっていく。
ただ「便利な道具」として扱われたかったわけじゃない。
——本当は、自分の言葉を、誰かに「すごい」と思ってほしかった。
それを、認めてほしかった。
ただの一度も、それが叶わなかったから、俺は「もう誰にも期待しない」と決めたのだ。
「……そんなことだったのか、俺は」
自分の本音に、改めて気づいて、少し可笑しくなった。
「何か、一人で笑ってるけど」
声に、俺は振り返った。
オリヴィアが、裏庭の入り口に立っていた。
「……聞いてたんですか」
「ちょっとね。元仲間との話、随分しんみりしてたから、気になって」
「……すみません」
「謝ることじゃないわよ」
オリヴィアは、俺の隣に来て、星空を見上げた。
「ねえ、レイン。あなた、ここに来て、ちゃんと笑うようになったわよ」
「……自分では分かりません」
「分からないでしょうね、本人は」
オリヴィアは、軽く笑って、それから少し真剣な声になった。
「王都で、認めてもらえなかったこと、悔しかったんでしょ」
「……悔しい、というより」
「言わなくていいわよ、別に。ただ——」
オリヴィアは、俺の方を見て、はっきりと言った。
「ここでは、ちゃんと認められてるってこと、忘れないで」
俺は、その言葉に、何も言えなかった。
(……ありがとうございます)
そう思ったが、言葉にはならなかった。
ただ、胸の中にある何かが、少しだけ軽くなった気がした。
「あなたね、王都にいた時、たぶん、自分の感情に、フタをしてたんだと思うわ」
「……フタ、ですか」
「期待しても、傷つくだけだから、最初から期待しないようにしてた。それって、自分の本当の気持ちを、見ないようにしてただけじゃない?」
オリヴィアの言葉は、思っていたより鋭かった。
俺は、その言葉に、何も反論できなかった。
「ここに来て、少しずつ、そのフタが外れてきてるんじゃない?」
「……そうかもしれません」
「いいことよ、それ。感情にフタをして生きるのは、きっと、しんどいもの」
オリヴィアは、そう言って、軽く伸びをした。
「さ、私はもう寝るわ。あなたも、無理せず休みなさい」
「……ありがとうございます、オリヴィアさん」
オリヴィアは、軽く手を振って、ギルドの中へ戻っていった。
翌朝、ミーシャは、ギルドの前で、王都へ戻る準備をしていた。
「もう帰るんですか」
「ええ。あなたが元気そうで、安心したから」
「ミーシャ」
「何?」
「フィンさんたちにも、また、会いに来てください。皆さん、ミーシャさんのこと、すごく、気に入っていましたから」
「ええ、もちろん。また、必ず、来るわ」
ミーシャは、そう言って、嬉しそうに笑った。
「……ありがとうございます。心配してくれて」
ミーシャは、少し驚いた顔をして、それから優しく笑った。
「あなたが、そんなに素直に言うとは思わなかった」
「俺も、自分でちょっと驚いてます」
ミーシャは、馬車に乗る前に、もう一度俺を見た。
「レイン。もし、ガレオンが、本当にあなたに謝りたいと思った時——会ってくれる?」
俺は、少し考えた。
「……分かりません。今は、まだ」
「そう。それでいいわ」
ミーシャは、それ以上は何も言わず、馬車に乗って王都へと帰っていった。
俺は、その馬車が見えなくなるまで、その場に立っていた。
(……まだ、整理がつかないな)
それでも、王都での三年間が、自分の中で少しずつ、過去になっていくのを感じていた。
「レインさん」
フィンが、いつの間にか、隣に立っていた。
「フィンさん。いつからいたんですか」
「さっきからです。話しかけたら、邪魔かなって思って」
「……気を遣わなくていいですよ」
「あの人、優しそうな人でしたね」
「ええ。いい仲間でした」
「今も、仲間だと思います?」
俺は、その問いに、少し考えた。
「……分かりません。でも、敵ではないと思います」
「それで十分じゃないですか?」
フィンの言葉に、俺は小さく頷いた。
「行きましょう、レインさん。今日もまた、誰かが相談に来てるかもしれません」
「……そうですね」
俺たちは、一緒に、ギルドの中へ戻った。




