第13話 孤児院時代の友人
その日の朝、ギルドの食堂は、いつもより、少し賑やかだった。
「今日は、何かあるんですか」
俺が、オリヴィアに聞くと、彼女は、いつもの調子で答えた。
「特に、何もないわよ。ただ、最近、依頼が増えて、街全体が、活気づいてるだけ」
「それは、いいことですね」
「ええ。あなたが来てから、この街、随分、賑やかになった気がするわ」
「俺一人の影響、というわけではないと思います」
「分かってるわよ。でも、きっかけの一つには、なってると思うけどね」
オリヴィアの言葉に、俺は、少し気恥ずかしくなって、頭をかいた。
そんな時、ギルドの前で、ちょっとした、賑やかな声が聞こえてきた。
フィンが、誰かと、立ち話をしていたのだ。
「フィン、知り合いですか」
俺が近づくと、フィンが、少し驚いた顔をした。
「あ、レインさん。この人、孤児院時代の友人で、トールっていうんです」
「トールです。フィンの噂、よく聞いてます。すごい鑑定士さんがいるって」
トールという青年は、フィンよりも少し年上に見える、礼儀正しい雰囲気の男だった。
「噂は誇張されています。それより、フィンさんと、どういう関係ですか」
「同じ孤児院で育ったんです。俺は、今は隣の街で、商人の見習いをしてます」
「久しぶりに会えて、嬉しいです」
フィンは、本当に嬉しそうな表情をしていた。
——その様子に、俺は少し意外な感覚を持った。
フィンが、こんなに無防備に、嬉しそうな顔をするのは、初めて見た気がした。
「実は、トール、ちょっと困ったことがあって、相談に来てくれたんです」
フィンが、少し改まった様子で言った。
「困ったこと、ですか」
「俺が働いてる商店で、最近、よく分からない損失が出てるんです。帳簿を見ても、原因が分からなくて」
トールは、不安そうな表情で、懐から帳簿の写しを取り出した。
「もし、お力を借りられたら、ありがたいんですが……」
「見てみます」
俺は、その帳簿に、意識を集中させた。
『帳簿(写し)
異常箇所:複数の取引記録に、わずかな数値の改竄が確認される
パターン:定期的に、特定の商品の数量が、実際より多く記録されている
関与者:店の従業員のうち、一名の可能性が高い』
「これ、誰かが、わざと数字を改竄している可能性があります」
「な、何ですって」
トールは、驚いた様子で、帳簿を見直した。
「具体的には、特定の商品の数量が、実際より多く記録されています。何度も繰り返されているので、故意の可能性が高いです」
「誰が、そんなことを……」
「それは、断定できません。ただ、改竄のパターンから、店の中の誰かが関わっている可能性が高いです」
俺は、慎重に言葉を選びながら、説明した。
「レインさん、いつもそうですよね」
フィンが、ふと、言った。
「何がですか」
「見えたことを、すぐに断定しないところ。誰かを名指しする前に、ちゃんと、確証があるかどうか、考える」
「……それは、大事なことだと思っています」
「うん。だからこそ、レインさんの言葉は、ちゃんと信用されるんだと思います」
フィンの言葉に、トールも、頷いた。
「俺も、そう思います。最初、フィンから話を聞いた時は、ちょっと、都合のいい話をする人なんじゃないかって、心配したんですけど」
「正直な感想ですね」
「すみません。でも、実際に話を聞いて、その心配は、すぐになくなりました」
トールは、丁寧に、頭を下げた。
「店に戻ったら、信頼できる人に、相談してみます。ありがとうございます」
「お役に立てたなら、よかったです」
トールは、安心したような表情で、それから、フィンの方を見た。
「フィン、お前、本当に、いい人に出会えたんだな」
「そうなんです!」
フィンが、元気よく答えた。
その様子を見て、俺は、少し気恥ずかしくなった。
トールが帰った後、フィンと俺は、ギルドの裏庭で、少し話をした。
「レインさん、トールのこと、ありがとうございました」
「お礼を言われることでは、ないと思います」
「いえ、本当に、感謝してます。トール、孤児院にいた頃、俺が一番、心配かけてた相手なんです」
「心配、というのは」
「俺、孤児院を出てから、ずっと一人で頑張ってたんです。誰にも頼らず、無理に強がって。トールは、それを、ずっと心配してくれてました」
フィンは、少し懐かしそうな表情で、話を続けた。
「今日、久しぶりに会って、俺が、ちゃんと信頼できる人と出会えたって分かって、安心してくれたんだと思います」
「それは、よかったですね」
「はい。レインさんと出会えて、本当によかったです」
フィンの素直な言葉に、俺は、少し照れた。
「俺は、特に何も……」
「またそれ言うんですね」
フィンが、笑いながら言った。
「もう、口癖になってます」
「自覚はあります」
俺がそう答えると、フィンは、ますます楽しそうに笑った。
その夜、俺は、宿の部屋で、今日のことを思い返していた。
フィンが、誰かと、こんなに嬉しそうに話す姿を、初めて見た。
——彼にも、孤児院時代から続く、大切な人間関係があったのだと、改めて知った。
自分も、王都にいた頃、本当の意味での友人と呼べる人は、いなかった。
ガレオンたちは、仲間ではあったが、対等な信頼関係とは、少し違っていた。
(……ここに来て、少しずつ、そういうものも、できているのかもしれないな)
フィンや、オリヴィアや、バーバラとの関係を思い浮かべながら、俺は、そう思った。
——王都にいた頃には、考えられなかった変化だった。
それでも、今は、それを、自然に受け入れられるようになっていた。




