親方、山を貫く
世界樹の幹の貫工法補強は、エルフの木工職人とルッカに任せた。
柱の選定はエルフ。金属の帯と楔の鍛造はルッカ。配置設計はエルノの図面。俺が一つ一つ見なくても、三者が噛み合って回るようになってきた。
その間に、俺は次の仕事に取りかかる。
地下水脈の問題だ。
砂防堰堤で上流の土砂崩れは止めた。だが既に変わってしまった地下水脈は、堰堤を作っただけじゃ元に戻らない。世界樹の北側の根元に水が集中し続けてる。
「水の流れそのものを変える。——導水トンネルを掘る」
「トンネル?」
シルヴァナが訊いた。
「山の中を横に掘って、水路を通す。世界樹の北側に流れ込んでる地下水を、トンネルで東の谷に逃がす。水が世界樹の根元を避けて流れるようにする」
「山の中に水路を……。どのくらいの距離だ」
「リル。ノームに地下水脈の流れを全部追ってもらえるか。どこから入って、どこを通って、世界樹の根元に出てるか」
「はい! ——ノーム、お願い!」
ノームが地中に潜った。五分ほどかかった。地下水脈は複雑に蛇行してるらしい。
「親方さん! ノームが水脈の全体像を教えてくれました! 北の山腹から湧いた水が、粘土層の上を南に流れて、世界樹の北側の根元を通過して、さらに南に抜けてます! 距離は山腹から世界樹まで約三百メートル!」
「三百メートルか。——トンネルは全部掘る必要はない。水脈の途中で横から穴を開けて、水を東に逃がす分岐路を作ればいい。分岐点から東の谷まで——エルノ、地形図を見てくれ」
エルノが測量データを広げた。
「分岐点から東の谷の出口まで、直線距離で百五十メートルです。高低差は——」
エルノが計算した。数秒で答えが出る。こいつの頭の回転は本当に速い。
「高低差は四メートル五十。百五十メートルで四メートル五十の落差。——勾配は千分の三十です」
「千分の三十なら十分だ。水は自然に流れる。——問題はトンネルの中で勾配を正確に維持できるかどうかだ」
「勾配の維持が鍵ですね。百五十メートルのトンネルで、途中で勾配が逆転したら水が溜まって流れなくなる」
「そうだ。水は正直だ。勾配が間違ってりゃ流れてくれない。——だから、掘りながら常に勾配を確認する道具がいる」
水準器を作った。
透明な筒草——この森に自生する中空の植物の茎を使う。長さ二メートほどの筒草に水を入れて、両端を開放する。水面は常に水平だ。この水面を基準にして、トンネルの床の勾配を確かめる。
「こいつが『水盛り』だ。この管の水面が水平。水面から床までの高さを両端で測れば、勾配が分かる。入口側より出口側が低けりゃ水は流れる。——百五十メートル全区間でこいつを使って、勾配を管理する」
エルノが水盛りを受け取って、目を輝かせた。
「なるほど……! 水面は常に水平だから、絶対的な基準になる……! これなら暗いトンネルの中でも正確に勾配が測れます!」
「お前に任せる。勾配管理はお前の仕事だ」
「はい! ——千分の三十を、百五十メートル全区間で維持します。一センチも狂わせません」
エルノの耳が真っ赤だ。測量の大仕事に興奮してる。こいつの血が騒いでるのが分かる。
* * *
掘削開始。
入口は世界樹から北東に百メートルほどの山腹。地下水脈と東の谷を最短距離で結ぶ位置。
最初の十メートルは土だった。エルフたちが鶴嘴で掘り進む。
十メートルを過ぎると岩盤にぶつかった。硬い。
「ルッカ。先頭を頼む」
「はい!」
ルッカがツルハシを振るった。岩盤に刃が食い込む。
こいつの掘削は独特だ。闇雲に叩かない。岩を見て、触って、舐めて、弱い場所を見つけてからピンポイントで叩く。一撃ごとに岩がきれいに割れる。
「この岩、層が斜めに走ってます。層に沿って割れば、大きな塊が一度に外せます」
ガキン。ゴロッ。
人の頭ほどの岩塊が一発で外れた。
「……お前、鍛冶師のくせに掘削もうめえな」
「岩を読むのは鍛冶の基本です。鉄鉱石を掘るのと同じですから」
「ドワーフは鍛冶も掘削も一流ってか。反則だろそれ」
「えへへ……」
ルッカが掘り、エルノが勾配を測り、俺が断面の形を決める。
トンネルの断面は卵型にした。上が丸くて下が平ら。丸い天井は上からの荷重を分散させる。アーチと同じ原理だ。平らな床は水が流れやすいように勾配をつける。
「断面を卵型にする理由を教えてください」
フィーアが後ろからついてきてる。こいつ、橋の架け替えが終わったらトンネルにも興味を持ちやがった。
「天井が丸いと、上の土や岩の重さを左右に分散できる。四角い断面だと天井の中央に力が集中して崩れやすい。——アーチ構造の応用だ。吊り橋の次はアーチ。全部繋がってるんだよ」
「全部繋がってる……!」
フィーアがノートを取り出した。いつの間にか持ってやがる。エルノに影響されたか。
掘り進む。二十メートル。三十メートル。
エルノが五メートルごとに水盛りで勾配を確認する。
「三十メートル地点。勾配、千分の三十を維持。累積高低差九十ミリ。計算値と一致しています」
「完璧だ」
五十メートル。岩質が変わった。柔らかい層に入った。
「待て。ここは柔らかい。崩れる可能性がある。——壁にコンクリートを塗る」
柔らかい岩盤の区間は、掘った直後にコンクリートを薄く塗って固める。帝国のヴァルターに教えたNATM工法の簡易版だ。
「掘ったら塗る。塗ったら掘る。交互にやれば崩れない」
七十メートル。百メートル。
ノームが前方の地質を探りながら、危険な場所を事前に教えてくれる。
「親方さん! あと二十メートルで地下水脈に当たるそうです!」
「水脈に当たったら水が噴き出す。——ウンディーネ、水が出たら流れを制御してくれ」
「はい! ウンディーネ、準備して!」
百二十メートル。百三十メートル。
岩盤が湿ってきた。水脈が近い。
百四十メートル。
チョロチョロと水が滲み出してきた。
「来たぞ。——ゆっくり掘れ。一気にやると崩壊する」
ルッカが慎重に岩を砕いていく。水量が増える。足元に水が流れ始めた。
「エルノ! 勾配!」
「百四十メートル地点! 勾配、千分の三十維持! 水は出口方向に流れています!」
「流れてるな!? 逆流してないな!?」
「していません! 完璧です!」
水が増えていく。地下水脈に到達した。水がトンネルの床を流れて、入口の方——東の谷に向かって流れていく。勾配が正しい証拠だ。
「あと十メートルで貫通だ。——ルッカ、最後は俺がやる」
「はい、親方」
ルッカが退いた。俺が鶴嘴を握った。
百四十五メートル。岩を砕く。水が増える。
百四十八メートル。光が見えた。——東の谷側から差し込む光。
百四十九メートル。
最後の一撃。
ガキィンッ!!
岩が砕けた。光が差し込んだ。風が吹き抜けた。
トンネルが——貫通した。
百五十メートルの導水トンネル。山を横に貫いて、東の谷に出た。
水がトンネルの中を流れていく。地下水脈の水が、世界樹の根元を避けて、東の谷に向かって流れていく。
出口に立った。谷の斜面に水が流れ出てる。小さな滝になって谷底に落ちていく。
「……貫通だ」
トンネルの入口から歓声が聞こえた。
「貫通したぞーー!!」
「水が流れてる!! トンネルの中を水が通ってるぞ!!」
「やった!! 世界樹の根元から水が逸れる!!」
リルがトンネルの中を走ってきた。びしょ濡れだ。
「親方さん!! ノームが言ってます!! 世界樹の北側の地下水位がもう下がり始めてるって!! 水がトンネルに引っ張られてるって!!」
「効いてるな。——これで根元の水が引く。根が呼吸できるようになる」
エルノが最後の測定をしてる。
「棟方殿。全区間の勾配、最終確認しました。百五十メートル全区間で千分の三十を維持。累積誤差——八ミリ」
「百五十メートルで誤差八ミリ。……お前、化け物だな」
エルノの耳が真っ赤になった。
「棟方殿の水盛りが優秀なんです」
「道具が良くても使う奴がヘボなら意味ねえよ。お前の腕だ」
「……ありがとうございます」
ルッカがツルハシを布で丁寧に拭いてる。百五十メートルの岩を砕いた刃。こいつが鍛造したツルハシだから、これだけ掘っても刃こぼれしてない。
「親方。トンネル、貫通しましたね」
「ああ。お前の掘削がなかったら三倍かかってた」
「……わたし、鍛冶だけじゃなくて掘削もできるようになりました。親方のおかげです」
「おかげじゃねえよ。お前の腕だ。——二人とも、同じこと言わすなよ。面倒くせえ」
ルッカが笑った。エルノも笑った。
カーラがトンネルの出口に立って、谷を見下ろしてる。水が小さな滝になって流れ落ちてる。
「ねえ親方。この水、世界樹を殺しかけてた水よね」
「ああ……」
「それが今、谷に流れて、下流の森を潤すのね」
「そういうことだ」
「敵だった水が味方になったわけだ。——あんた、水すら味方にするのね」
「水を敵にしたのは地形であって、水が悪いわけじゃねえよ。水は行きたい方向に流れるだけだ。俺はその方向を変えただけだ」
「……たまにいいこと言うわね」
「たまにって言うな」
山を貫いた。水の流れを変えた。
世界樹の根が、これでようやく乾き始める。根が乾けば腐朽が止まる。止まれば——生き返る。
次は、いよいよ世界樹の本体だ。三百メートルの巨木に足場をかけて、貫工法で幹を補強する。
でけえ仕事が、もうすぐ始まる。




