親方、樹に足場をかける
導水トンネルが効いてる。
世界樹の北側の地下水位が日に日に下がってる。ノームの報告では、根元の土が乾き始めてるそうだ。腐った根の進行も止まった。
「親方さん。ノームが言ってます。根が少しだけ元気になってきたって。水が引いて、呼吸ができるようになったって」
「よし、根は生き返る。——だが、幹の補強をしなきゃ意味がない。根が回復するまで、幹を支える骨組みが必要だ」
貫工法で世界樹の幹を補強する。柱を幹の周囲に立てて、金属の帯で幹に固定し、貫と楔で柱同士を繋ぐ。
問題は——高さだ。
世界樹は三百メートル。補強が必要な範囲は、根元から百五十メートル付近まで。枝が折れた箇所もそのあたりだ。
百五十メートルの高さまで、柱を立てて貫を通す。
そのためには——足場がいる。
「足場をかける。世界樹の幹に沿って、螺旋状に」
「螺旋状……?」
「幹をぐるぐる回りながら上に登っていく足場だ。階段みたいなもんだ。——幹の直径が三十メートルだから、一周で約百メートル。十五周で百五十メートルの高さに届く。一周ごとに十メートル上がる勾配。——でけえ足場だ」
エルノが即座に計算した。
「螺旋の全長は約千五百メートル。足場板の必要枚数は——」
「計算はいい。まず最初の一段を組む。——俺が組む」
* * *
世界樹の根元に立った。
幹に手を当てた。ざらざらした樹皮。生きてる木の温もりだ。
足場を組む。
俺の一番の仕事だ。足場から始まって、足場で死んで、異世界に来てまた足場を組んでる。
最初の足場板をエルフの繊維ロープで幹に固定した。ルッカの金具で接合部を留める。足を載せる。体重をかける。——安定してる。
二段目。三段目。四段目。
手が勝手に動く。二十五年の職歴が体に染みついてる。ロープの結び方、金具の角度、板の間隔。全部、手が覚えてる。
十メートル。二十メートル。三十メートル。
吊り橋を架けた時と同じ高さだ。だが今回は終わりじゃない。ここからがスタートだ。
フィーアと、エルフの若者五人が後ろからついてきてる。足場の組み方を覚えながら、俺が組んだ段の後を追って登ってくる。
「親方! この金具の角度は毎回同じですか!?」
「同じだ。幹の曲面に合わせて微調整するが、基本角度は四十五度。——覚えたか」
「覚えた! 次から俺が打つ!」
「やってみろ」
フィーアが金具を打った。角度が——ぴったりだ。一回見て覚えやがった。
「……うめえな」
「木の上で育ちましたから!」
こいつの高所適性は化け物だ。俺が三十分かけて組む区間を、フィーアは二十分で組む。木を登ることに特化した身体能力。エルフが千年かけて木の上に適応した結果だ。
五十メートル。七十メートル。百メートル。
螺旋足場が世界樹の幹を巻いて上がっていく。下から見ると、巨大な蔦が幹に巻きついてるように見えるだろう。
エルフたちが下から見上げてる。
「……あの人間は、まだ登ってるぞ」
「百メートルだ。あの高さで、足場を組みながら登っている」
「精霊の加護もなしに……」
百二十メートル。百三十メートル。
風が強くなってきた。木が揺れてる。足場も揺れる。
「リル! シルフに風を弱めてもらえるか!」
「はい! ——シルフ、足場の周りの風をお願い!」
シルフが風を逸らしてくれた。足場の周囲だけ無風になる。
ありがてえ。百メートル超えると風が洒落にならんからな。
百四十メートル。百五十メートル。
——着いた。
足場の先端に立った。世界樹の幹に手を当てて、下を見た。
百五十メートル。
エルフの森が足元に広がってる。巨木の海。その中に吊り橋が蜘蛛の巣みたいに架かってる。砂防堰堤の白い線が山の斜面に見える。全部、俺たちが作ったものだ。
遠くに、導水トンネルの出口から流れ出る水が光ってる。
風が気持ちいい。
——前の世界でも、足場の上からの景色が好きだった。
あの日、足場が崩れた日。二〇メートルの足場から落ちた。落ちながら見た空が、やけに青かった。
今、百五十メートルの足場の上にいる。あの日の十二倍以上の高さ。足場は崩れてない。俺が組んだ足場だ。崩れるわけがない。
「……足場から落ちて死んだ男が、足場を怖がってどうする」
口に出して言った。誰にでもなく。自分に。
「親方」
後ろからカーラの声がした。
振り返った。カーラが足場の上に立ってた。
「……お前、ここまで登ってきたのか」
「登ったわよ。百五十メートル。死ぬかと思った」
「冒険者だろ。高いところは慣れてるんじゃねえのか」
「慣れてないわよ。ダンジョンは地下が多いの。——でも、あんたが一人で登ってたら隣にいなきゃいけない気がして」
「……」
「何よ」
「いや。——ありがとな」
「どういたしまして。——いい景色ね」
「ああ。いい景色だ」
二人で世界樹の百五十メートルから森を見下ろした。
エルフの子供たちが下で手を振ってる。米粒みたいに小さい。
「おーい!! おっちゃーん!! おばちゃーん!!」
「おばちゃん言うな!!」
カーラが叫び返した。百五十メートルの高さで。こいつの声量だけは規格外だ。
* * *
足場ができた。あとは補強だ。
螺旋足場を使って、世界樹の幹に貫工法の補強を施していく。
幹の周囲に柱を立てる。エルフが選んだ最高品質の硬木。直径三十センチ、長さ五メートルの柱を、幹に沿って垂直に立てる。
金属の帯で柱を幹に固定する。ルッカが鍛造した青銅合金の帯。古代の配合を改良したもの。幹を傷つけないように、帯の内側にエルフの繊維のクッションを挟む。
「帯の締め加減が大事だ。きつすぎると幹を締め付けて成長を阻害する。緩すぎると柱がずれる。——丁度いいのは、手の甲が入るくらいの隙間」
「手の甲一つ分……。こういうのは数値化できるんでしょうか」
イレーネの声。——イレーネ?
振り返った。帝国軍工兵隊の制服を着た女がいる。
「……お前、なんでここにいるんだ」
「帝国からの技術交流派遣です! ゲルハルト将軍の命令で、棟方殿の現場に合流しました! 標準仕様書の現地適用を確認するために——」
「ここはエルフの森だぞ」
「仕様書に国境はありません!」
……こいつもエルノと同じ種類の人間だ。記録のためならどこにでも来る。
「エルノ殿! 貫工法の仕様書、帝国語版も作りましょう! 木造は帝国にも応用できます!」
「イレーネ殿!? いつの間に——はい、作りましょう! 三カ国語版にします!」
記録魔コンビが合流した。もう止められない。
補強工事が進んでいく。
柱を立てて、帯で固定して、貫を通して、楔を打つ。一段ずつ、螺旋足場を登りながら、世界樹の幹を骨組みで包んでいく。
締め付けるんじゃない。抱えるように。
エルフの木工職人が柱を加工する。ドワーフの技術で鍛造された帯と楔。人間の設計で配置された貫。
三つの種族の技術が、一本の木を支えてる。
フィーアが足場の上で貫を打ってる。木槌の音が森に響く。
「親方! 三十メートル地点の貫、全周完了しました!」
「よし。次は四十メートル。——同じ要領だ。できるな」
「できます!」
こいつに任せられる区間が増えてきた。教えた技術を、自分のものにしつつある。
——ガルドがいたら「俺の弟子が増えた」って言うんだろうな。弟子じゃねえけど。教え子? いや、それも違う。
仲間だ。種族が違っても、仲間。
足場の上から世界樹を見上げた。まだ上は百五十メートルある。三百メートルの巨木の半分まで、骨組みが巻きついてる。
あと半分。
さて——仕事だ。




