親方、古の技を見つける
砂防堰堤の工事中に地面から出てきた、あの奇妙な構造物。
木と金属でできた何かの骨組み。土砂崩れで埋まっていたものが、堰堤の基礎を掘った時に露出した。あの時は工事を優先したが、今日はこいつを調べる。
「エルノ。あの遺構、一緒に見に行くぞ」
「はい。——実は気になっていました。あの構造、見たことがないんです」
「俺は見たことがある」
「えっ」
「行けば分かる」
* * *
堰堤の裏手。土を掘り返した場所に、構造物が露出してる。
土を丁寧に除けていく。リルのノームが周囲の土質を確かめながら、崩さないように掘り進めてくれる。
全体像が見えてきた。
木の柱が三本。太さ三十センチほど。腐ってはいるが、形は残ってる。柱の周りに金属の帯が巻いてある。鉄じゃない。青銅に近い色の合金。
そして——柱と柱の間を、横に貫通する木材がある。太さ十センチほどの横木が、柱に穴を開けて通してある。
俺の手が震えた。
「…………嘘だろ」
「親方? どうしました?」
「貫だ」
「ぬき?」
「貫工法。——俺の故郷にあった技術だ。何百年も前から伝わる木造建築の技法。柱に穴を開けて、横木を通して、柱同士を繋ぐ。釘もほぞも使わない。貫が柱を貫通して、横方向の力に抵抗する。——地震にも風にも強い、柔らかい構造だ」
ルッカが金属の帯を調べてる。指で弾いて、音を聴いて、表面を舐めた。
「親方。この金属、青銅ベースですが配合が独特です。錫の比率が高い。硬くて腐食に強い合金です。——ドワーフの技術に似ています」
「ドワーフの金属加工と……木の柱と……貫工法……」
エルノが柱の根元を調べてる。土の中に、石板が埋まっていた。
「棟方殿! 石板があります! 文字が彫ってあります!」
「読めるか」
「……古いエルフ語です。現代語と少し違いますが——読めます」
エルノが石板の文字を、指でなぞりながら読み始めた。
「『世界の大樹を守るために、精霊を聴く者と手で形作る者が共にこれを建つ。精霊が木を生かし、手が木を支える。いずれか一方では為し得ぬ業なり』」
森が静まり返った。
シルヴァナがいた。いつの間にか後ろに立ってた。石板の文字を、エルノ越しに見つめてる。
「……古の記録だ。数百年前——エルフと人間が協力していた時代の」
「長老殿。これは——」
「知っている。我々の歴史にも断片的に残っている。かつて、エルフと人間の職人が協力して世界樹を補強したことがあると。——だが、その技術は失われたと思っていた」
「失われてねえ。ここにある」
俺は遺構の貫を指差した。
「この工法を使えば、世界樹の幹を補強できる。柱を幹の周りに立てて、金属の帯で幹に固定して、貫で柱同士を繋ぐ。幹を『締め付ける』んじゃなくて『支える』構造だ。幹が風で揺れても、貫が柔軟に力を吸収する。硬い壁で囲むんじゃなくて、柔らかい骨組みで抱える」
「柔らかい骨組みで……抱える……」
「免震と同じ発想だ。硬く抵抗するんじゃなくて、柔らかく受け流す。帝国のすべり支承と根っこは同じだ。——先人はそれを知ってた。数百年前に」
シルヴァナが石板を見つめてる。
「精霊を聴く者と、手で形作る者が共に……。——我々は、手で形作る者を追い出した。精霊だけで全てを為せると思い上がった」
エルノの背中が見える。石板の前にしゃがんで、文字を読み続けてる。
シルヴァナの目が、エルノの背中に向いてる。追い出した男の背中に。
* * *
遺構から貫工法を復元する。
古代の技術をそのまま使うんじゃない。原理を抽出して、改良する。
「古代の貫は、柱に穴を開けて横木を通してるだけだ。これだけでも十分強いが、もう一手間加える。——楔だ」
貫が柱を貫通した先に、楔を打ち込む。——斧の柄に頭を固定するのと同じ要領だ。楔を打つと貫が広がって柱に食い込む。抜けなくなるし、接合部がガッチリ締まる。
「楔を打てば、貫と柱の接合が格段に強くなる。古代の技術に俺の知識を足す。——先人の技+俺の改良。これが最強だ」
試作品を作った。
太い木の柱を二本立てて、間に貫を通して、楔を打つ。
「ガルドがいたら引っ張りテストやらせるんだが——フィーア、お前、力あるか」
「人間よりはある」
「じゃあこの柱を横から全力で押してみろ」
フィーアが柱を押した。エルフの細腕からは想像できない力が入る。
柱がギシッと鳴った。だが——動かない。貫と楔が横方向の力を吸収して、構造全体に分散させてる。
「ぐっ……動かない……!?」
「もっと押せ」
「押してる!! 全力で押してる!!」
ミシッと音がしたが、構造は崩れない。フィーアが手を離した。息が上がってる。
「何だこれ……釘も接着剤も使ってないのに、全然動かない……!」
「貫が柱を貫通して、楔で締めてある。横の力を貫が全部受けて、柱に伝えずに分散させてる。——これが貫工法だ」
エルフたちがざわめいた。
「釘を使わないのに!? あれだけの力に耐えるのか!?」
「しかも木だけで!? 金属は楔と帯だけ!?」
「これを世界樹に使えば——」
「使う。世界樹の幹に柱を立てて、貫で繋いで、金属の帯で幹に固定する。帯はルッカが鍛造する。古代の合金を参考にして、もっと良いものを作る」
ルッカが目を輝かせてる。
「親方。古代の合金の配合を分析しました。青銅に錫と少量の銀を混ぜてあります。——わたしなら、もっと錫の比率を上げて耐腐食性を高められます。祖父に教わった配合と組み合わせれば」
「やってくれ。——エルフの木工技術+ドワーフの鍛造技術+俺の貫工法。三つ合わせて、世界樹を支える」
「はい!」
ルッカの顔が輝いてる。古代の技術と祖父の技術と親方の技術が一つになる瞬間。こいつにとっちゃ最高の仕事だろう。
エルノが石板の全文を書き写し終えた。
「棟方殿。石板の最後にもう一節あります」
「何て書いてある」
「『この技を後の世に伝える。大樹が再び傾く日が来たならば、精霊を聴く者と手で形作る者が、再び手を取ることを願う』」
森が静まった。
数百年前の先人が、今日この日を予見してたみたいだ。
シルヴァナが目を閉じた。
「……先人は分かっていたのだな。精霊だけでは守れないと。手が必要だと。——我々は、その教えを忘れていた」
「忘れてたなら、思い出せばいい。今からでも遅くねえよ」
「……そうだな」
シルヴァナがエルノを見た。
「エルノ」
「はい、長老」
「この石板の記録を——この森の記録庫に納めてほしい。お前の手で。エルフ語と、人間の言葉と、二つの言語で」
エルノの耳が赤くなった。
記録庫に文書を納めるのは、エルフの社会で最も重要な仕事の一つだ。それを「落伍者」と呼ばれた男に任せている。
「……はい。——必ず」
エルノの声が震えてた。だが手は震えてない。ノートを握る手はしっかりしてる。
こいつは大丈夫だ。
「さて。貫工法の復元と改良は終わった。材料の準備に取りかかるぞ。柱の木材の選定はエルフの木工職人と相談する。金属の帯と楔はルッカ。柱の配置設計はエルノ。——世界樹の本格補強だ。でけえ仕事になるぞ」
「「はい!」」
声が重なった。エルフとドワーフと人間の声が。
数百年前の先人が願った光景が——今、ここにある。
さて——仕事だ。




