親方、山を止める
吊り橋の架け替えはエルフの若者たちに任せた。
フィーアって奴が飲み込みが速い。一本目を俺と一緒に架けたら、二本目からは自分で足場を組んで金具を打ちやがった。高所作業の才能が化け物じみてる。まあ、木の上で暮らしてる連中だから当然か。
「フィーア、三本目の主索の垂れ量はエルノに確認しろ。スパンが違うから計算し直しだ」
「分かった! エルノ、頼む!」
「はい。スパン二十五メートルの場合、垂れ量は二メートル六十。——フィーア殿、この数値で固定してください」
エルノがエルフの若者と普通に仕事の話をしてる。故郷で「落伍者」と呼ばれた男が、故郷の若者に技術を教えてる。
良い景色だ。
——だが、そっちに見惚れてる暇はない。本丸はこれからだ。
「シルヴァナ長老。上流を見に行く。案内してくれ」
「上流?」
「世界樹の北側の地下水脈が変わった原因だ。上流で何が起きたのか突き止めないと、根元をいくら直しても同じことが繰り返される」
* * *
世界樹から北に二時間ほど歩いた。
森が途切れて、山の斜面に出た。傾斜三十度くらい。急だ。
——すぐに分かった。
「ここだ」
斜面の中腹に、巨大な土砂崩れの痕跡がある。幅五十メートル、長さ百メートルくらいの範囲で、地面がごっそり流れた跡。木が何本もなぎ倒されてる。露出した地面は赤茶色の粘土質。
「この土砂崩れ、いつ頃だ」
「三年前の大雨の時だ。一晩でこの斜面が崩れた。——だが、世界樹との関係は考えなかった」
「これが原因だ。斜面が崩れて、地層がむき出しになった。地層の中を通ってた地下水脈が露出して、流れる方向が変わった。元は東に流れてたはずの水が、崩壊面を伝って北に流れるようになった。——北に流れた水が、世界樹の北側の根元を通り抜けて、土を洗い流した」
「三年前の土砂崩れが……世界樹の根腐れの原因……!?」
「繋がってんだよ。山と森と木は全部繋がってる。上流で起きたことが下流に影響する。——この斜面を止めなきゃ、雨が降るたびに土砂が流れて、地下水脈がさらに荒れる」
リルにノームとウンディーネで地下の調査をしてもらった。
「親方さん! ノームが言ってます! この斜面の下に粘土の層があって、その上を水が滑ってるって! 粘土が水を通さないから、上の土が水と一緒に滑り落ちたんだって!」
「粘土層か。——じゃあ水を粘土層の下に逃がすのは無理だな。地表で受け止めるしかない」
斜面を見上げた。
でかい。五十メートル幅の斜面。これを丸ごと一枚の擁壁で止めるのは非現実的だ。材料も時間も足りない。
「砂防堰堤を打つ」
「サボウ?」
「土砂を受け止める低い壁だ。ダムほどでかくない。高さ二メートルくらいの石積みの堤を、斜面に何本も横に渡す。一本じゃ止められなくても、五本、六本と並べれば段々畑みたいに土砂を受け止められる。——分散だ。一つで全部止めようとするな。数で勝て」
図を描いた。斜面の上から下に向かって、等間隔に堰堤を五本。各堰堤は高さ二メートル、幅五十メートル、厚さ一メートル。石とコンクリートで作る。
「五本で一本あたりの受け持ちが五分の一になる。一本が受ける土砂の量と圧力が減るから、低い壁でも止められる。——帝国の貧民街でやったカウンターフォート擁壁の横向き版だ」
シルヴァナが斜面を見上げた。
「五十メートル幅の壁を五本……。材料は足りるのか」
「石はこの山で採れる。コンクリートの材料も——火山灰はあるか?」
「東の山に火山がある。灰は手に入る」
「なら足りる。——ただし条件がある」
「条件?」
「この森の木を一本も切らない」
シルヴァナの目が見開いた。
「……切らない?」
「切らない。石とコンクリートだけで施工する。木を切って材料にするのは簡単だが、そうしたら森が痩せる。森が痩せたら次の大雨でまた崩れる。——この森を守るための工事で、森を傷つけちゃ意味がねえ」
エルフたちの空気が変わった。
歩哨の一人が呟いた。
「……人間が、森を守ると言っている」
「言ってるだけじゃねえ。やるんだ。——手伝え。石を運べ」
* * *
工事開始。
まず斜面の地形を読む。
土砂がどこからどこに流れるか。水がどこを通るか。斜面を歩いて、足の裏で地面の硬さを確かめて、ルートを読む。
「ここが主流路だ。水と土砂はこの溝を通って下に流れる。——一本目の堰堤はここ。溝の出口を塞ぐ位置」
「二本目は十メートル上。ここにもう一つ溝がある。合流点の手前で止める」
「三本目、四本目、五本目はさらに上。等間隔じゃなくて、地形に合わせて配置する。溝がある場所に重点的に置く」
エルノが測量を始めた。斜面の勾配、各堰堤の位置の標高差を記録していく。
「棟方殿。一本目と二本目の間の勾配は二十二度。高低差は四メートル。——この間の土砂を二メートルの堰堤で受け止めるなら、堰堤の背面に約八立方メートルの土砂が溜まる計算です」
「八立方メートルなら余裕だ。二メートルの壁でいける」
ルッカが石を選別してる。山の石を叩いて、舐めて、使えるものと使えないものを分けてる。
「親方。この石、花崗岩に近いです。硬くて良い石材になります。——あっちの黒い石は脆いから使えません」
「助かる。お前の目利きは本当に頼りになるな」
「……ありがとうございます」
ルッカがちょっとだけ笑った。
石を積む。コンクリートで固める。石工の腕前ではヴァルターに遠く及ばないが、砂防堰堤に精密さは要らない。頑丈に、分厚く、重く積めばいい。
エルフが手伝ってくれてる。木の上に住んでる連中だが、石を運ぶ力はある。というか、細身のくせにめちゃくちゃ力が強い。
「おい、一人で運ぶのか!? その石、五十キロはあるぞ!?」
「問題ない。エルフは見た目より力がある」
「見た目より、ってレベルじゃねえだろ……」
一本目の堰堤が立ち上がっていく。
ここからが本番だ。
「リル。精霊を全員出してくれ」
「はい! ——全員、お願いします!」
四体の精霊が同時に動いた。
ノームが地中の水の流れを監視する。粘土層の上を滑る地下水の動きをリアルタイムで追って、テツに報告する。
ウンディーネが工事区間の水をバイパスさせる。斜面を流れる地表水を一時的に迂回させて、工事中の堰堤が水で流されないようにする。
シルフが粉塵を飛ばす。コンクリートの粉が森に入らないように、風で工事区間から粉塵を吹き飛ばす。
サラマンダーがコンクリートの硬化を促進する。堰堤のコンクリートを内側から温めて、固まる速度を倍にする。
四体同時運用。
エルフたちが凍りついた。
「……四体の精霊を同時に使役している……!?」
「嘘だろう……!? エルフでも三体同時が限界なのに……!?」
「しかもあの連携……! 水を避けて、風を送り、火で固め、土で監視する……! 全部が噛み合っている……!」
シルヴァナの目が大きく見開かれた。
「あの娘……。あの人間の精霊語りは——我々と同等か、それ以上の精霊連携を……」
リルが額に汗をかきながら集中してる。四体の精霊にそれぞれ別の指示を出して、同時に制御してる。
「親方さん! ノームが言ってます! 三本目の堰堤の位置、もう少し東にずらした方がいいって! 地下に伏流水があって、今の位置だと基礎が流されるって!」
「了解! エルノ、三本目を二メートル東に修正!」
「修正しました!」
精霊の情報→テツの判断→エルノの修正。三段階が秒速で回る。
エルフの精霊使いの一人が、リルの横に立った。百年以上の経験がある老齢のエルフだ。
「……お前、名前は」
「リルです」
「リル。——お前の精霊連携は、我々エルフの歴史でも見たことがない精度だ。精霊がお前を信頼している。命令ではなく、対話で動いている。——どうやって、そこまで精霊と繋がった」
「親方さんのお手伝いをしているうちに、精霊たちが建築に興味を持ってくれたんです。精霊は面白いことが好きなので。——親方さんの仕事は、精霊にとっても面白いみたいです」
老エルフが絶句した。
「建築が……精霊にとっても面白い……?」
精霊が建築を楽しんでる。エルフが千年かけても到達しなかった精霊との関係を、人間の精霊使いが建築現場で実現してる。
——まあ、リルの精霊連携は俺が見ても凄い。こいつは天才だ。
* * *
五日で五本の砂防堰堤が完成した。
斜面に、五段の石の壁が横切ってる。各段の高さ二メートル。幅五十メートル。背面にコンクリートの控え壁。
木を一本も切ってない。森の木々の間を縫うように堰堤が走ってる。
「完成だ。——次に大雨が来ても、この斜面は崩れない。五本の堰堤が段階的に土砂を受け止める。地下水脈がこれ以上荒れることもない」
シルヴァナが堰堤を見上げた。
「……木を一本も切らなかった。本当に」
「約束しただろ。この森を守るための工事で、森を傷つけちゃ意味がねえって」
「……ああ。約束したな」
シルヴァナが振り返った。エルフたちが堰堤の前に並んでる。全員の顔に、安堵がある。世界樹を脅かしていた原因が止まった。
「棟方。——もう一つ、約束してくれ」
「何だ」
「この堰堤の維持管理を、我々に教えてくれ。コンクリートの補修方法を。目地の入れ方を。——お前がいなくなった後も、自分たちで守れるように」
「最初からそのつもりだ。——エルノが仕様書を書いてる。エルフの言葉でな」
シルヴァナがエルノを見た。
エルノはノートに向かって、エルフ語の仕様書を書いてる。砂防堰堤の構造、コンクリートの配合比、補修手順。自分を追い出した故郷のために、黙々と書いてる。
シルヴァナの目に、光るものがあった。
「……すまなかったな。エルノ」
小さな声だった。エルノには聞こえてないかもしれない。
だが——俺には聞こえた。
さて。上流の問題は片付いた。次は本丸だ。
世界樹の根元。腐った根の切除と、バイオ擁壁の施工。——でけえ仕事が待ってる。




