親方、空に橋を架ける
橋の全数点検が終わった。
三日かかった。森中の橋、百十二本。全部叩いた。右手が痛え。
「棟方殿。結果をまとめました」
エルノがノートを広げた。
「百十二本中、完全に腐朽しているものが二十三本。部分的に腐朽が進行中のものが三十一本。健全なものが五十八本。——二割が即時通行禁止、三割が要注意です」
「半分近くがダメか。……ひでえな」
シルヴァナの顔が険しい。
「……これほどとは思わなかった。精霊に木を育ててもらうだけで、木の老いを見ていなかった」
「精霊が育てた木だって老いる。生きてるものは全部老いる。——大事なのは、老いた部分を見つけて、直すか架け替えるかすることだ」
「架け替える方法があるのか。精霊の力が弱まっている今、新しい橋を育てることは——」
「精霊に育ててもらう必要はねえ。——吊り橋を架ける」
* * *
まず腐った橋を全部落とした。
通行禁止にしたニ十三本を、ルッカのツルハシで接合部を切断して地上に落下させる。カーラが下の安全を確認して、リルのシルフが落下物を風で減速させる。
エルフたちが呆然と見てる。千年使ってきた橋が、次々と落ちていく。
「橋を壊すのか……」
「腐った橋を残す方が危ない。人が乗って落ちたら死ぬ。昨日の崩落事故を忘れたか」
「……そうだが」
「壊すのは建てるためだ。——見てろ」
最初の吊り橋を架ける。
二本の巨木の間。距離は約二十メートル。高さは地上三十メートル。
材料は三つ。エルフの繊維ロープ、ルッカの金属金具、俺の設計。
エルフの繊維ロープがすげえ。
森の蔦から作った植物繊維のロープ。直径三センチ。だが引っ張り強度が鉄のワイヤーに匹敵する。エルフが千年かけて品種改良した蔦から取れる繊維で、水にも腐りにも強い。
「このロープ、とんでもなく強えな。引っ張っても全然切れねえ」
「当然だ。我らの繊維技術は千年の歴史がある」
「それをもっと早く教えてくれ。——こいつなら吊り橋の主索に使える」
設計図を描いた。
二本の巨木の幹に金具を固定する。金具にメインロープ(主索)を二本渡す。主索を自然に垂らすと、放物線——いや、正確にはカテナリー曲線を描く。鎖を両端で吊った時にできる自然な曲線だ。
「この曲線が大事だ。ロープを真っ直ぐ張ると、張力がバカでかくなる。自然に垂らせば、ロープにかかる力が最小になる。——自然に逆らうな。自然に従え。それが吊り橋の基本だ」
「自然に従う、か。——エルフの我々が言いたい台詞だな」
シルヴァナが呟いた。皮肉じゃなく、感心した声だった。
主索の下に、横板を吊る。踏み板だ。横板の間隔と主索の垂れ具合で、歩いた時の揺れが決まる。
「エルノ。主索の垂れ量を計算してくれ。スパン二十メートル、想定荷重は大人十人分。ロープの自重を含めて——」
「はい。計算しました。垂れ量は二メートル。主索の張力は——この繊維ロープの引っ張り強度の四分の一以下です。安全率四倍。十分です」
「完璧だ。——じゃあ架けるぞ」
問題はここからだ。
高さ三十メートルの巨木の幹に、金具を固定しなきゃならない。
足場がいる。
「親方さん。あの高さに、どうやって金具を付けるんですか?」
リルが見上げて訊いた。
「足場をかける。——俺が登る」
「え」
「足場をかけて、登って、金具を打つだけだ」
* * *
足場を組んだ。
巨木の幹に沿って、螺旋状に足場を上げていく。エルフの繊維ロープで足場板を幹に固定する。ルッカの金具で接合部を留める。
五メートル。十メートル。十五メートル。
俺が先頭で組んでいく。足場板を載せて、ロープで縛って、金具を打つ。次の段に上がる。繰り返し。
二十メートル。二十五メートル。
エルフたちが下から見上げてる。
「……人間が、あの高さで作業している」
「平気なのか……? 手すりもないのに……」
「我々は木の上で暮らしているが、あのように自由に動けるのは精霊の加護があるからだ。あの人間には加護がないのに——」
三十メートル。到着。
幹にしがみついて下を見た。エルフの顔が小さく見える。風が吹いてる。木が少し揺れてる。
——高えな。
だが、怖くはない。足場の上は俺の職場だ。
「親方ーー!! 大丈夫ですかーー!?」
ルッカが下から叫んでる。声がちっちぇえ。
「大丈夫だ! 金具を投げ上げろ!」
ルッカが金具をロープに結んで、俺が引き上げた。鍛造したL字型の金具。幹に穴を開けて、金具を打ち込む。主索の固定点になる。
穴を開ける位置を決める。幹の表面を手で撫でた。木の繊維の方向を確認する。繊維に沿って穴を開けないと、木が割れる。
「ここだ。繊維が縦に走ってる。ここに横から金具を打てば、繊維を切らずに固定できる」
ノミで穴を開けて、金具を木槌で打ち込んだ。カンッ、カンッ、カンッ。三十メートルの高さで、木槌の音が森に響く。
反対側の巨木にも同じ作業。こっちはエルフの若い奴が「自分もやりたい」と志願してきた。足場の組み方を教えたら、こいつが恐ろしく速い。木の上で暮らしてる連中だ。高所への順応が人間とは次元が違う。
「お前、速えな。——名前は」
「フィーア。……人間の工法を、学びたいのだが」
「学びたきゃ学べ。出し惜しみはしねえ」
フィーアが目を見開いた。こいつもエルノと同じ目をしてる。何かを吸収したくてたまらない目だ。
両側の金具が固定できた。主索を渡す。
エルフの繊維ロープを、二本、両方の金具に結ぶ。手を離すとロープが自然に垂れる。カテナリー曲線。計算通りの二メートルの垂れ。
「エルノ! 垂れ量確認してくれ!」
「確認しました! 二メートル三センチ! 誤差一・五パーセント! 許容範囲内です!」
踏み板を吊っていく。主索から短いロープで横板を吊る。板の間隔は四十センチ。一枚ずつ取り付けていく。
手すりのロープを追加。両側に一本ずつ。
一時間後。
吊り橋が完成した。
地上三十メートルに、二十メートルの吊り橋が架かっている。エルフの繊維ロープが自然な曲線を描いて、二本の巨木を繋いでる。
「——渡るぞ」
俺が最初に渡った。
足を載せる。揺れる——が、すぐ収まる。カテナリー曲線が力を分散させてるから、歩いても大きく揺れない。主索がしっかり効いてる。踏み板も安定してる。
真ん中まで歩いた。下を見た。三十メートル。
「……悪くねえ」
反対側まで渡りきった。
下で見てたエルフたちから、歓声が上がった。
「渡れた!! 渡れたぞ!!」
「揺れてない!! あんなに長いのに、ほとんど揺れてない!!」
「精霊の力を使わずに橋が……!!」
シルヴァナが見上げていた。
「……あの橋は、精霊の力で育てたものではない。人間の手と、エルフの繊維と、ドワーフの金具で架けた橋だ」
「そうだ。三つの種族の技術で架けた橋だ。——どれか一つ欠けても架からなかった」
フィーアが吊り橋に走って渡った。踏み板の上を駆け抜けた。エルフの身体能力で、橋の上を踊るように走る。
「すごい! 走っても揺れない! ——こんな橋、見たことない!!」
他のエルフの若者たちが次々と渡り始めた。恐る恐るだった足取りが、すぐに軽くなる。揺れない吊り橋の安心感に、顔が綻んでいく。
「これなら荷物を運べるな!」
「子供でも安全だ!」
「木の橋より軽い! 風が気持ちいい!」
エルノが足場の横に立って、吊り橋を見上げてる。自分の故郷に、自分の仲間の技術で、新しい橋が架かった。
耳は赤くないが、目が赤い。
泣いてるのか。——いや、訊くなよ俺。
「棟方殿」
「何だ」
「この橋の設計図、エルフの言葉でも書きます。——エルフが自分で架けられるように」
「頼む。——お前にしかできない仕事だ」
「……はい」
シルヴァナが俺の前に立った。
「棟方。——お前に訊きたいことがある」
「何です」
「お前は転生者だと聞いた。前の世界で足場から落ちて死んだと。——それでも、まだ足場に登るのか」
「足場がなきゃ仕事にならないんでね」
「怖くないのか」
「怖えよ。三十メートルの足場は怖い。でも、怖いからって登らなかったら、あの橋は架からなかった。——怖いのと、やらないのは別だ」
シルヴァナが俺を見つめてる。
「……エルノ」
「はい、長老」
「お前は——良い師を見つけたな」
エルノの耳が赤くなった。
シルヴァナがそれ以上何も言わず、背を向けて歩いていった。
カーラが隣に来た。
「ねえ親方。今の、長老なりの褒め言葉じゃない?」
「さあな」
「長老がエルノを認めかけてるわよ。エルノの師匠を褒めるってことは、エルノを育てた環境を認めるってことだもの」
「……お前、たまに鋭いこと言うな」
「たまにじゃないわよ。いつもよ」
「はいはい」
腐った橋二十三本。全部架け替えるには——うん、しばらくかかるな。
だが、一本目が架かった。あとは繰り返すだけだ。
さて——次の橋だ。




