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異世界土方建築無双 ~女神の加護? いらねえよ、俺にはコンクリがある~  作者: ぶらっくそーど
第三部 世界の親方

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親方、皇帝と風呂に入る



 皇帝が来た。


 護衛の近衛兵が二十人。大臣が三人。ゲルハルトが先導。ヴァルターが浴場の前で出迎える。


 帝の湯の前に、帝国の最高権力者が立っている。


「ここか。——小さいな」


「風呂ってのは、小さい方が落ち着くんです」


「ほう。大きければ良いわけではないと」


「城はでかい方がいい。だが風呂はでかけりゃいいってもんじゃない。湯の温度が均一に保てるサイズってのがある。十人がゆったり入れるくらいが、ちょうどいい」


 皇帝が鼻を鳴らした。ヴァルターと同じ癖だな。帝国の男はみんな鼻で笑うのか。


「入るぞ」


「陛下、護衛を——」


「要らん。裸の男に何ができる」


 大臣たちが慌てたが、皇帝は構わず中に入った。


 脱衣所で服を脱ぐ。近衛兵が外で待機。大臣たちは中に入れてもらえなかった。


 浴場の中には、俺と皇帝。ヴァルターとゲルハルト。四人だけ。


 仕切り壁の向こうはカーラとリルとルッカ。女湯側だ。イレーネも誘われて入ってるらしい。


「陛下。掛け湯をしてから入ってください。いきなり浸かると心臓に悪い」


「掛け湯?」


「湯を体にかけて、温度に慣らすんです。——こうやって」


 桶で湯を汲んで、皇帝の肩にかけた。


 帝国の皇帝に湯をかける異世界の土方。我ながらとんでもねえ絵面だ。


「……温かいな」


「じゃあどうぞ。ゆっくり入ってください」


 皇帝が湯に足を入れた。


 ゆっくりと、体を沈めた。


 肩まで浸かった。


「……」


 五秒。


 十秒。


 皇帝が——目を閉じた。


「……ああ」


 それだけ言って、天井を見上げた。ヴァルターが積んだ、滑らかな石の天井。二重窓から差し込む冬の朝日。湯気が光の中を漂ってる。


「……これが、風呂か」


「はい」


「——良いものだな」


 皇帝の声から、権力者の硬さが消えてた。


 ただの男の声だった。湯に浸かって、気持ちよくて、素直にそう言った声。


 ゲルハルトが向かいで湯に浸かってる。この男も初めての風呂だが、軍人の矜持で平静を装ってる。だが耳が赤い。——獣人じゃないのに耳が赤くなるのか。よっぽど気持ちいいんだろう。


 ヴァルターは湯に浸かりながら、自分が積んだ壁を見つめてる。職人の癖だ。自分の仕事が気になるんだろう。


 皇帝が口を開いた。


「棟方鉄」


「はい」


「お前の建物は——城より強いな」


「いえ。帝国の城の方がよっぽど頑丈ですよ」


「壁の厚さの話ではない。——お前の建物は、城より強い。だが城より優しい」


 ……優しい、か。


「帝国には強い城があった。分厚い壁があった。だが優しい家がなかった。兵士が帰りたくなる家がなかった。——お前はそれを作った」


「帰りたくなる家ってのは、温かい家のことです。壁が厚いだけじゃダメだ。床が温かくて、風が通って、窓から光が入って、風呂がある。——そういう家があれば、人間は帰りたくなる」


「帰りたくなる家があれば、どうなる」


「戦争する理由が一つ減ります」


 皇帝が笑った。


 声を出して笑った。浴場に笑い声が反響した。


「戦争する理由が一つ減る、か。——風呂で戦争が終わるとは、大臣たちに言ったら怒るだろうな」


「怒るでしょうね」


「だが、儂は分かる。この湯に浸かっていると、剣を握る気が失せる。——棟方鉄。お前は面白い男だ」


 仕切り壁の向こうからカーラの声が飛んできた。


「陛下ーー! いいお湯でしょう!?」


 近衛兵が外でざわついた。皇帝に向かってタメ口。この女は心臓に毛が生えてる。


 だが皇帝は笑った。


「最高だ! 女のほうは湯加減はどうだ!」


「完璧です!!」


「そうか! ——棟方、お前の仲間は面白い連中だな」


「勝手に喋る連中ばっかりで、すみません」


「いや。——良い仲間だ」


 ゲルハルトが湯の中で咳き込んだ。笑いを堪えてるのか、感動してるのか、分からん顔をしてる。


 ヴァルターが言った。


「陛下。——お願いがあります」


「何だ、ヴァルター」


「儂の残りの人生を、民の家を作ることに使いたい。帝国中に壊れない家と風呂を作りたい。——許可をいただきたい」


 皇帝がヴァルターを見た。


「お前は帝国軍事建築総監だぞ」


「はい。ですが——軍の壁だけを積む人生は、もう終わりにしたいのです。棟方に教わりました。壁は敵を防ぐためだけのものではない。人を守るためのものだと」


 皇帝が湯の中で腕を組んだ。


 五秒。


「……ヴァルター。軍事建築総監の肩書きは残せ。だが仕事の内容は好きにしろ。軍の壁も民の家も、同じ石だ。同じ石工が積めばいい」


「……はっ。ありがとうございます」


 ヴァルターが湯の中で頭を下げた。


 帝国一の石工が、裸で、湯の中で、皇帝に頭を下げてる。


 ……とんでもねえ光景だ。


「棟方鉄」


「はい」


「レグニカと帝国の正式な技術交流協定を結びたい。お前の技術を帝国が独占するつもりはない。だが、定期的に職人を交換して、互いに学び合いたい」


「異論ありません。技術は独り占めするもんじゃない。——出し惜しみはしねえですよ、いつでも」


「良い答えだ。——ゲルハルト、協定の書面を用意しろ」


「は、はっ! ……湯から上がってからでよろしいですか……」


「当たり前だ。誰が裸で書面を書くか」


 全員が笑った。


 帝の湯に、笑い声が響いた。


 ——風呂で外交が成立した。カーラに言ったら「だから言ったでしょ」って言うんだろうな。



    * * *



 翌日。出発の朝。


 帝国城の門前に馬車が並んでる。レグニカへの帰路だ。


 門を出る前に、城門のアーチを見上げた。


 ——待て。


「ちょっと待ってくれ」


 馬車を止めた。城門のアーチに近づいた。


 迫石の一つが、ほんの少しずれてる。二ミリか三ミリ。目で見ても分からない。だが指で触れば分かる。隣の石との段差。


「ルッカ。木槌」


「はい」


 木槌を受け取って、ずれた迫石の側面を軽く叩いた。


 コン。コン。コン。三回。


 石が動いた。二ミリ戻って、隣の石と面が揃った。噛み合わせがカチリと嵌まった。


「——よし。これで百年は持つ」


 振り返ったら、ヴァルターが門の前に立っていた。見送りに来てたのか。


 俺が門の石を直したのを見て、目を見開いてる。


「……今のは何だ」


「迫石が二ミリずれてた。叩いて戻した」


「二ミリ……!? 目で見えたのか……!?」


「見えねえよ。触って分かった」


「触って……!? ——儂の城の門だぞ!? 儂が気づいてないずれを、通りがかりに触って直していくのか!?」


「通りがかりだからな。次にいつ来るか分からんし、気づいた時に直さなきゃ気持ち悪い」


 ヴァルターが額を押さえた。


「……この男は。最後の最後まで仕事をしていくのか」


 ゲルハルトが笑ってる。石工たちが呆れたような顔で俺を見てる。イレーネが「今の手順も記録していいですか!?」とノートを構えてる。


「ヴァルター。——世話になった」


「世話をしたのは儂ではない。世話になったのは儂の方だ」


「じゃあ、お互い様だ」


 手を差し出した。


 ヴァルターが握った。石を積み続けた手だ。ごつくて、硬くて、温かい。


「親方。——また来い。次は、儂が建てた家を見せてやる」


「楽しみにしてる。——じゃあな、爺さん」


「爺さん言うな」


 馬車が動き出した。


 城門を出て、城壁の外を通る。


 ——貧民街が見えた。


 俺が最初に建てたモデルハウスの周りに、コンクリートブロックの家がずらっと並んでる。二十軒だったはずが、もっと増えてる。数えたら——三十五軒。


 帝国の石工たちが、俺がいない間にも建て続けてたのか。


「親方、見て。増えてるわよ」


 カーラが窓から指差した。


「……ああ」


「あんたが建てた最初の一軒から、三十五軒よ。帝国の職人が、自分たちで建てたのよ」


「……ああ」


「泣いてる?」


「泣いてねえよ。——目にゴミが入っただけだ」


「はいはい」


 馬車が帝国を離れていく。


 灰色の空。分厚い城壁。だがその外側に、真新しいコンクリートブロックの家が並んでる。二重窓から光が漏れてる。床暖房の煙突から、細い煙が上がってる。


 悪くねえ。全然、悪くねえ景色だ。



    * * *



 レグニカに向かう街道。帝国の国境を越えた辺りで、リルが声を上げた。


「親方さん! ノームの交信で緊急の報せです!」


「ガルドか?」


「違います。——西の大森林。エルフの国からです」


 エルノが固まった。


 リルが精霊の言葉を聞き取って、顔を青くした。


「世界樹が……倒れかけている。助けてほしい、って……」


 エルノが振り向いた。いつも冷静なこいつの顔に、初めて動揺が浮かんでる。


「棟方殿。——それは、私の故郷です」


「……知ってる」


「行って、いただけますか」


「馬鹿言え。行くに決まってるだろ。——お前の故郷の樹が倒れかけてるなら、俺が支える。それが土方の仕事だ」


 エルノの耳が赤くなった。


 だが今回は照れじゃない。——泣くのを堪えてる赤さだ。


「御者、西へ。レグニカには戻らず、このまま西の大森林に向かってくれ」


 カーラが毛布をエルノの肩にかけた。何も言わず。


 ルッカがエルノの手を握った。小さい手で、そっと。


「大丈夫です、エルノさん。親方がいますから」


「……はい」


 馬車が西に向きを変えた。


 さて——次の現場だ。

いつもご愛読いただきありがとうございます!

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