親方、砦を補強する
王都から北へ馬車で一日半。
グラオス山脈の麓に、国境砦がある。
山の向こうはドラゴンの巣で、山脈の手前には魔物がうろついている。砦はそいつらが王都方面に流れてくるのを防ぐ防波堤だ。常駐の守備隊が五十人。
馬車を降りて砦を見た瞬間、げんなりした。
「……ひでえな」
城壁の東面が、ごっそり崩れていた。
高さ五メートルの石壁が、幅十メートルにわたって倒壊。瓦礫が散乱して、崩れた箇所には応急処置として丸太の柵が立てられている。柵って言っても、ただ丸太を地面に突き刺して横木で繋いだだけ。壁の代わりには到底なりゃしない。
「よく来てくれた。守備隊長のバルクスだ」
出迎えたのは四十がらみの軍人。左腕に包帯を巻いている。先日の襲撃でやられたんだろう。
「棟方鉄です。こっちは弟子のガルドと、精霊使いのリル。それと護衛のカーラ」
「Bランクの冒険者か。ありがたい」
カーラが軽く手を上げた。「よろしく」。道中は暇そうにしてたが、砦に着いた途端に目つきが変わっている。こいつは根っからの戦闘屋だ。
崩壊した城壁を見に行く。
近くで見ると、状態は外から見た以上に悪かった。倒壊した東面だけじゃない。北面と南面にも亀裂が走ってる。全体的にガタが来ている。
「バルクス隊長、この砦はいつ建てられたもんですか」
「四十年以上前と聞いている。前の前の王の時代だ」
「四十年か。その間に大きな補修は?」
「四年前の『竜降ろし』で北面が損傷して、一度修繕した。が、正直、応急処置に近い」
四年前のドラゴン災害。王都の東区画がまだ復興してない、あの時の被害はここまで及んでたのか。
壁を叩いてみる。コンコン、と返ってくる音が軽い。石の密度が足りてない。目地の石灰もぼろぼろに風化してる。
それより気になったのは、壁の構造だ。
厚さは十分ある。正面からの衝撃には耐えられる。だが——
「控え壁がねえ」
「控え壁?」
「壁の裏側に直角に突き出した補助壁のことだ。こいつがないと、壁は横からの力に弱い。正面から押されたら耐えるが、横揺れや斜めの衝撃で倒れる」
日本で言えば耐震壁と同じ原理だ。地震で建物が壊れるのは、縦の力じゃなく横揺れのせい。壁が厚くても、横の力を受け流す仕組みがなければ、でかい揺れ一発で倒壊する。
この砦の壁は、まさにそれだ。正面からの突進には耐えるが、大型の魔物が体当たりした衝撃波が横に伝わると、壁全体がぐらつく。それで亀裂が入り、繰り返し喰らうことで崩壊した。
「次の襲撃はいつですか」
「斥候の報告では三日後。大型のオーガが群れで南下してきている」
三日。
「崩壊箇所の修復と、控え壁の増設。三日でやります」
「本当か」
「崩壊した東面だけなら。全面にやるには一ヶ月はかかるが、今は東面を固めて襲撃を凌ぐのが先だ」
バルクス隊長の顔に、初めて安堵が浮かんだ。
* * *
作業初日。
まず崩壊した瓦礫を片付ける。使える石材は再利用するので、割れた石と無事な石を分ける。この選別作業にリルの土精霊が力を発揮した。石の内部にヒビが入ってるかどうかを一瞬で見分けてくれる。手で叩いて確認する手間が丸ごと省けた。
石材の選別が終わったら、崩壊した基礎部分の地盤を突き固める。ここはいつも通り割栗石だ。砦の周りは山の石がゴロゴロしてるから材料には困らない。
「ガルド、石を集めろ。拳大のやつを山ほどだ」
「おう!」
ガルドが嬉々として石を拾い始めた。こいつは単純な力仕事だと水を得た魚だ。一回で俺の三倍は運んでくる。
守備隊の兵士も動員した。五十人いれば、石を運ぶ手は足りる。問題は全員が素人ってことだが、やることは単純だ。石を運べ、ここに並べろ、この棒で突き固めろ。
「お前ら、難しいことは考えなくていい。俺の言った場所に石を置いて、言った通りに突け。それだけだ」
兵士たちは戦うプロだ。命令に従う訓練はできてる。指示を出せばきっちり動く。冒険者より使いやすい。
一日目の終わりまでに、基礎の修復と東面の壁の積み直しが半分まで進んだ。
* * *
二日目。
壁の積み直しを完了させつつ、控え壁の工事に入る。
控え壁ってのは、見た目は地味だ。本壁の裏側に、直角にぴょこんと突き出した厚い石の壁。本壁の高さの三分の二くらいの高さで、奥行きは壁の厚さと同じくらい。こいつを等間隔に並べる。
原理は簡単。本壁が横から押されると、控え壁が「つっかえ棒」になって踏ん張る。力が壁の面全体に分散されるから、一点に集中して崩れるのを防げる。
教会の建物によくあるやつだ。元の世界のゴシック建築なんかは、控え壁だらけだった。あれは装飾じゃなくて、構造の要だ。
「ここと、ここと、ここ。三メートル間隔で控え壁を五本。基礎は本壁と一体化させる。ガルド、でかい石から順に積め。リル、接合部を精霊に締めてもらってくれ」
「はい!」
「了解だ、親方」
兵士たちが石を運び、ガルドが積み、リルの土精霊が目地を圧密する。
二日目の夕方、バルクス隊長が工事の進捗を見に来た。壁の裏側にずらりと並んだ控え壁を見て、首をかしげる。
「棟方殿、この出っ張りは何だ」
「これが控え壁です。こいつがあるのとないのとで、横からの衝撃への耐久力が段違いに変わる」
「しかし見た目は随分と……地味だな」
「建築ってのは地味なもんです。派手なのは壊れる時だけだ」
隊長が「ほう」と笑った。
* * *
三日目。
朝から仕上げに入った。控え壁と本壁の接合部にモルタルをみっちり詰めて、火の精霊に乾燥を早めてもらう。最後に壁全体を点検して回り、目地の弱い箇所を補強。
昼過ぎ。完了。
東面の城壁が、以前より頑丈になって蘇った。見た目は少し変わった。裏側にごつい出っ張りが五本並んでいる。格好よくはねえが、機能は折り紙つきだ。
ガルドが汗だくで座り込んでいた。三日間ほぼ休みなしで石を運び続けた。よく持ったもんだ。
「ガルド」
「……なんだ、親方」
「よくやった」
ガルドの耳がぴくっと動いた。
「お前がいなけりゃ、石の運搬だけであと一日かかってた。三日で間に合ったのはお前の力だ」
「……」
ガルドは何か言おうとして、結局何も言わなかった。代わりに、耳がぺたんと伏せて、尻尾がぶんぶん振れていた。
こいつ、嬉しい時に尻尾に出るんだな。
* * *
三日目の夜。
月が出ていない。
砦の城壁の上に、守備隊が並んでいる。松明の光が石壁を照らす。全員が武器を手にして、北の闇を見つめていた。
俺は城壁の下にいた。戦闘は専門外だ。ガルドとリルも壁の内側で待機。
カーラだけが城壁の上にいる。長剣を抜いて、闇の中を見据えていた。昼間までダラダラ風呂の話をしてた女と同一人物とは思えねえ面構えだ。
地面が揺れた。
ずん、ずん、ずん。
重い足音。一つや二つじゃない。大きいのが何体も近づいてくる。
「来たぞ! 正面、オーガの群れ! 数は——十二!」
斥候の叫び。
闇の中から巨大な影が現れた。三メートルを超える灰色の巨体。オーガ。こん棒みたいな太い腕を振り回しながら、砦に向かって突進してくる。
先頭のオーガが城壁にぶち当たった。
ドゴォン、と鈍い衝撃音。
城壁が——揺れない。
衝撃は感じた。地面に振動が伝わってきた。だが壁自体はびくともしていない。控え壁が衝撃を分散して、本壁が持ちこたえている。
二体目、三体目が続けてぶつかる。壁は揺れない。
城壁の上でカーラが剣を振っていた。オーガの腕を切り落とし、もう一体の顔面を蹴り飛ばす。Bランクは伊達じゃない。
と、ひときわでかいオーガが助走をつけて城壁に激突した。
ずん、と重い振動。
だが、揺れない。
城壁の上にいたカーラが叫んだ。
「この壁、全然揺れないわね! 前に来た時はオーガ一体で壁が震えたのに!」
「控え壁の効果だ!」
下から怒鳴り返した。伝わってるかは知らん。
戦闘は二時間続いた。
守備隊とカーラの奮戦で、オーガの群れは撤退していった。城壁は最後まで持ちこたえた。ヒビの一つも入っていない。
夜明け。
バルクス隊長が城壁の裏側に回って、控え壁を見つめていた。
「これか。この出っ張りのおかげで、壁が持ったのか」
「そうです。地味でしょう」
「……地味だが、今夜の戦いで一人も死んでいない。壁が崩れていたら、確実に何人か死んでいた」
隊長が頭を下げた。
「棟方殿!! あんたには、命を救われた。――軍に来る気はないか?」
「勘弁してくれ。俺は土方だ」
同じことを何回言わせるんだ。
カーラが城壁から降りてきた。返り血で真っ赤だが、怪我はないらしい。
「親方、あんたの壁、最高だったわよ。あたし壁の上で戦うの好きなんだけど、いつもは揺れるから足元が不安でね。今日は剣を振ることだけに集中できた」
「そりゃあどうも」
「今度からあたしが戦う場所は全部あんたに作ってほしいわ」
「無茶言うな」
カーラがけらけら笑った。
* * *
帰りの馬車の中で、ガルドが隣で爆睡していた。三日間の疲れが一気に出たんだろう。リルも向かいの席で舟を漕いでいる。カーラは荷台の上で大の字に寝ている。自由な姐さんだ。
俺だけが起きていた。
馬車の窓から、北の山脈が見えた。グラオス山脈。あの向こうにドラゴンがいる。
今回はオーガだった。控え壁で何とかなった。だがドラゴンが来たらどうなる。あの砦の壁で足りるのか。
……足りねえだろうな。
ドラゴンの着地衝撃は局所地震みてえなもんだと聞いた。オーガの体当たりとは桁が違う。控え壁だけじゃ持たない。もっと根本的に、揺れを逃がす構造が要る。
免震。制震。
俺の故郷、日本の十八番だ。この世界でどこまでできるか分からないが——考える価値はある。
それは明日の話だ。今日はとりあえず寝る。
王都の門が見えてきた頃、ガルドが目を覚ました。
「親方、帰ってきたな」
「ああ」
「腹減ったな」
「……お前は寝ても覚めても腹の話だな」
作業場に着いた。
門の前に、誰かがうずくまっていた。
小さい。子供だ。ボロボロの服を着た、小さな影。
近づくと、顔を上げた。丸い顔に大きな目。人間じゃない。耳が尖っていて、手が分厚い。ドワーフだ。
首筋に、古い刻印が見えた。奴隷の焼印。
その子は俺を見上げて、かすれた声で言った。
「あなたが……橋を作った人ですか」
アーチ橋。
東街道に架けた、あの橋を見てきたのか。
「……ああ。そうだ」
「わたしを——わたしを、ここで働かせてください」
ドワーフの少女は、泥だらけの手で地面を握りしめていた。
……面倒なことになりそうだ。
だが、この手を見て「帰れ」とは言えなかった。




