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異世界土方建築無双 ~女神の加護? いらねえよ、俺にはコンクリがある~  作者: ぶらっくそーど
第一部 王都の親方

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親方、風呂を作る


 アーチ橋の完成から三日。


 報酬として金貨一枚が転がり込んできた。銅貨に換算すると一万枚。マルタさんの壁修繕二百五十回分だ。笑えるくらいの額だが、資材を差し引くとそこまで残らない。丸太も石灰も筒草もタダじゃねえし、農村の手伝い連中にも日当を払った。


 残った金は作業場の設備に回す。工具の追加、資材の買い置き、それからガルドの食費。こいつ、飯の量がおかしい。獣人ってのは皆こんなに食うのか。


 さて、設備投資と言えば——やることがある。


 俺はこの世界に来てから、ずっと我慢していたことが一つある。


 風呂だ。


 この世界には「湯に浸かる」文化がない。身体を濡れた布で拭くか、夏場に川で水浴びするか。上町の貴族は温めた湯で身体を洗うらしいが、それでも「浸かる」習慣はないと聞いた。


 半年以上、湯船なしで生きてきた。限界だ。


「ガルド、今日は風呂を作る」


「フロ?」


「でかい桶に湯を張って、身体ごと沈む。日本の文化だ」


「……何のためにだ?」


「気持ちいいからだ」


 ガルドの顔に「この人は何を言ってるんだ」と書いてあった。



    * * *



 まずはレンガ作りからだ。


 風呂の浴槽と、湯を沸かす(かまど)を作るにはレンガがいる。この世界にもレンガはあるが、質がひどい。形はバラバラ、焼きムラだらけ。まともな窯がないから、そうなる。


 だったら、自分で焼く。


 作業場の裏手に、簡易の窯を築いた。地面を掘って火床を作り、石と粘土で覆いを組む。要は粘土を高温で均一に焼ける空間があればいい。日本の瓦職人に比べりゃ雑な窯だが、この世界の基準なら十分だ。


「ガルド、川の南岸に赤い粘土の層がある。あそこの土を掘ってこい。籠四杯分」


「おう」


 ガルドが粘土を運んでくる間に、俺は木型を作った。レンガの型枠だ。決まったサイズの木箱に粘土を詰めて押し固め、型から抜く。これを乾燥させて窯で焼く。


 型枠に粘土をぎゅっと詰める。ぎゅっ。ぎゅっ。ぎゅっ。


 地味な作業だが、こういうのが好きなんだ。同じ形のもんがどんどん並んでいく。整然と揃ったレンガを見ると気分がいい。現場人間の性みてえなもんだ。


 半日で百個の生レンガが並んだ。一日天日干しにしてから、窯に入れる。


 火入れはリルに頼んだ。


火の精霊(サラマンダー)に、窯の中を均一に熱してもらいてえんだが。外側だけ焼けて中が生焼け、ってのが一番困る」


「やってみます!」


 リルが目を閉じて、火の精霊を呼ぶ。橋の工事で初めて来てくれた小さな赤い光が、ふわっと現れて窯の中に潜り込んだ。


 窯の温度がじわじわ上がる。精霊が熱を均一に回してくれているのか、窯全体がむらなく赤く染まっていく。


 これは普通に焚き火でやったら丸一日はかかる工程だ。精霊のおかげで半日に縮まった。


 焼き上がったレンガを窯から出す。コンコン、と指で弾くと、乾いた高い音が返ってきた。


「いい音だ。芯まで焼けてる」


 均一な形、均一な焼き。この世界で見た中じゃ一番まともなレンガだ。たぶんこの国で一番質のいいレンガが、風呂を作るために生まれた。贅沢な話だ。



    * * *



 風呂の設計。


 五右衛門風呂方式で行く。鉄の釜があればそのまま湯を沸かせるが、鉄の大釜なんて手に入らない。代わりに、レンガで浴槽を組み、下に火床を設けて直火で温める。


 浴槽の大きさは大人一人がゆったり浸かれるサイズ。深さは膝上くらい。レンガを積んで内側に石灰モルタルを塗り、防水処理をする。底面のレンガは厚めにして、火の熱が均等に伝わるようにした。


 浴槽の横に竈を組み、薪を焚べるスペースを確保する。煙は煙突——これも筒草を組んで作った——で外に逃がす。


 で、問題は水の供給と排水だ。


 井戸から毎回桶で運ぶのは面倒すぎる。何か方法は——


「親方さん、水の精霊が来てます!」


 リルが突然言った。


「水の?」


「はい。火の精霊が楽しそうにしてるのを見て、寄ってきたみたいで……」


 見ると、浴槽の縁に青白い光がちょこんと座っていた。土精霊より少し大きくて、しずくみたいな形をしている。


「こいつ、水を運べるのか」


「聞いてみます。……運べるそうです。近くに水脈があれば、そこから水を引き上げられると」


 作業場の地下には、元々この辺りを流れていた地下水脈がある。井戸を直した時に、この一帯の水の流れは把握している。


「じゃあ頼む。浴槽に水を溜めてくれ」


 水の精霊が浴槽の中にぽちゃんと飛び込んだ。


 しばらくすると——底面のレンガの隙間から、じわじわと水が湧き上がってきた。清潔な地下水だ。ゆっくりだが、確実に水位が上がっていく。


 ……お前ら、本当に何なんだ。水道工事が一匹で済んだぞ。


 水が溜まったら、火の精霊が底面を加熱する。水温がじわじわ上がっていく。


「リル、熱すぎないように調整してくれ。人間が入れるくらいの温度だ。手を突っ込んで確かめてくれ」


「はい。……あ、ちょっと熱い。もう少しぬるくして——うん、これくらい」


 最後に排水だ。浴槽の底に抜き栓を設けて、使用後の湯を排水溝に流す。排水溝は勾配をつけたレンガの溝で、作業場の外まで引いて、道の端の側溝に接続した。


 汚れた水をそのまま地面に捨てると、湿気で建物の基礎が傷む。排水をきちんと処理するってのは、建築の基本中の基本だ。地味だが、ここを手抜きすると後で泣く。


 全工程、二日。


 完成した。


    * * *


 湯が張られた浴槽を前に、俺は服を脱いだ。


 湯気が立ちのぼっている。レンガの浴槽から、いい温度の蒸気が。この匂い。この空気。半年以上ぶりだ。


 足を入れる。


 じわっと、熱い湯が足首を包む。


 腰まで沈む。肩まで浸かる。


「…………くぅーーっ」


 声が出た。勝手に出た。四三年生きてきて、風呂がこんなにうまいと思ったことはない。全身の筋肉がほどけていく。橋の工事で蓄まった疲れが、湯に溶けて消えていく。


 五分ほど浸かっていると、外からガルドの声がした。


「親方、終わったか?」


「入れ」


「え?」


「お前も入れっつってんだ。弟子の特権だぞ」


 ガルドが恐る恐る入ってきて、浴槽を覗き込んだ。


「……本当に湯の中に座ってるのか」


「いいから入れ。騙されたと思って」


 ガルドが服を脱いで、片足を突っ込んだ。


「あ……あぁ……」


 目が一気にとろんとした。膝まで浸かった時点で、既に表情が緩みきっている。全身浸かった瞬間、獣人の耳がぺたんと伏せた。


「な、なんだこれ……身体が溶ける……」


「だろ」


「親方、これは……すげえ……」


「だから言っただろ。気持ちいいからだ、って」


 ガルドがとろけた顔で湯に沈んでいる。狼の獣人がこの顔をしてると、でかい犬が風呂に入れられてるみてえだ。


 しばらく二人で黙って湯に浸かっていると、外から別の声が聞こえた。


「あの、親方さん」


 リルだ。


「なんだ」


「……私も、入りたいです」


「……」


「精霊たちが、すごくいい匂いがするって言ってて、どんなものか確かめたくて」


「待ってろ。仕切りを作る」


 風呂から上がって、急きょ板壁で仕切りを増設した。男湯と女湯。まさか異世界で最初にやる増築工事がこれだとは思わなかった。



    * * *



 翌日から、風呂の噂が広まった。


 下町の住民が「湯に浸かれるらしい」と聞きつけて、次々にやってくる。最初は怖がっていた連中も、一度入ると全員同じ顔になる。とろけた顔。人種も性別も関係なく、湯に浸かった人間はみんなああいう顔になるらしい。万国共通だ。いや、異世界共通か。


「一回銅貨二枚だ。タダはなし。薪代がかかる」


 気がつけば行列ができていた。商売にするつもりはなかったが、薪代くらいは回収しないとやってられない。


 三日目。行列に、明らかに毛色の違う客が混じっていた。


 赤い髪を一つにまとめた女。革鎧に長剣。身体のあちこちに切り傷と、何かの体液っぽい汚れがこびりついている。背丈は女にしちゃ高い方で、目つきが鋭い。一目で冒険者だと分かった。


 行列の先頭まで来ると、銅貨二枚を叩きつけるように置いた。


「風呂、入る。早く」


「……どうぞ」


 女湯に消えていった。


 しばらくして——


「っはぁーーーー……」


 板壁の向こうから、でかい溜息が聞こえた。声色がさっきと全然違う。殺気立ってた冒険者が、一瞬でふやけてる。



「何よこれ……ダンジョン三日分の疲れが全部飛んだわ……」


 板壁越しに声をかけた。


「気に入ったか」


「あんた、これ作ったの?」


「ああ、これくらいならささっと作れる」


「天才じゃない!」


「天才じゃない、ただの土方だ」


「ドカタ? 何それ。——あたしはカーラ。Bランク冒険者。ダンジョン帰りにここの噂を聞いて来たんだけど、あんたの名前は?」


「棟方鉄。そこの作業場の親方だ」


 板壁の向こうで湯がちゃぷんと鳴った。


「ふうん、親方ね。——あたし、明日も来るわよ」


「銅貨二枚な」


「分かってるわよ」


 カーラと名乗ったその冒険者は、風呂から上がるとガルドが差し出した干し布で髪を拭いて、すっきりした顔で帰っていった。さっきまでの殺気はどこにもない。風呂の力ってのは偉大だ。



 翌日、本当に来た。


 その翌日も来た。


 完全に常連だ。毎回ダンジョン帰りで、毎回ボロボロで、毎回風呂から上がると別人みてえにすっきりした顔になる。


「ガルド、あの姐さん、毎日来てねえか」


「来てますね。昨日は飯も食って帰りました」


「飯まで食ってんのか」


 リルが横から「カーラさん、いい人ですよ」とフォローしたが、フォローの意味がよく分からなかった。いい人かどうかと、毎日うちで風呂に入って飯を食うのは別の話だろう。


 まあいい。銅貨二枚は払ってもらってるし、飯の分は……払ってないな。今度請求するか。



    * * *



 風呂の売り上げが、日雇い修繕より安定して稼げるようになった。


 笑えない話だ。俺の本業は建築だぞ。風呂屋じゃねえ。


 だが、この風呂がきっかけで面白いことが起き始めた。風呂に来る住民たちが、ついでに修繕の相談をしていくようになった。「親方、うちの壁がさ」「屋根の具合が悪いんだけど」。風呂が営業窓口になってる。予想外だが、ありがてえ。


 俺がそんなことを考えていた夕方、ヴェルトール伯の使者が駆け込んできた。


 今度は走ってきた。息が切れている。


「棟方殿、至急のお願いです。北の国境砦が魔物の襲撃を受け、城壁の一部が崩壊しました。守備隊から修繕の要請が——」


「砦?」


「はい。グラオス山脈の麓にある国境砦です。次の襲撃が三日後と予測されており——」


「三日?」


「三日で城壁を直せる者を、と……」


 三日で城壁の修繕。まともに考えたら無茶な話だ。


 だが——


「場所と規模を教えてくれ。話はそれからだ」


 風呂の湯を抜きながら、俺は頭の中で段取りを組み始めていた。


「ガルド、リル。支度しろ。遠出だ」


「はい、親方!」


「了解だ、親方」


 風呂桶の縁で、カーラが頬杖をついていた。いつの間にいたんだこの姐さん。


「面白そうじゃない。あたしも行くわ」


「……頼んでねえぞ」


「護衛は要るでしょ。北の砦なら魔物も出るわよ」


 反論できなかった。確かに護衛は要る。


「好きにしろ」


「ふふん」


 こうして棟方組は四人——いや、精霊を入れたら七人か?——で北に向かうことになった。

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