親方、帝国の職人を黙らせる
飛梁の工事は順調に進んでる。
ヴァルターの石工が、外壁に石造アーチを架けていく。こいつらの石積みは本当にすげえ。飛梁の曲面を、型枠なしで積み上げやがる。石の噛み合わせだけで曲面を維持する技術は、俺には真似できない。
設計は俺とエルノ。施工はヴァルター。控え柱の基礎はコンクリートで俺が打った。
合作ってのは、こういう形が理想だ。
だが、飛梁をかけてる間に別の仕事が回ってきた。
「棟方殿。皇帝陛下の命で、帝国各地から職人を三百人集めた。技術研修を行ってほしい」
ゲルハルトが言う。
「三百人か。レグニカでもやったな」
「ただし——レグニカの時と事情が違うとは思う」
「何が違うんだ?」
「帝国の職人は軍の命令で来ている。自分から学びに来たわけではない者が多い。中には『よそ者に教わることなどない』と公言している者もいる」
なるほどね。
レグニカの研修は、テツの仕事を見て「学びたい」と志願した連中が来た。帝国は「行け」と命令されて来た連中。モチベーションが違う。
「場所は?」
「城の前の大広場を用意した。材料も揃えてある」
「じゃあ明日やる。——ヴァルター、飛梁は石工に任せて、研修に付き合ってくれ」
「儂がか? 何をすればいい」
「助手だ」
「…………儂が、助手?」
「嫌か」
「嫌ではない。——ないが、儂は帝国軍事建築総監だぞ」
「だから効くんだろ。帝国最高の石工が助手をやってる姿を見せりゃ、どんな偏屈な職人でも『何事だ』って思う」
ヴァルターが渋い顔をした。だが断らなかった。
「……好きにしろ」
「ありがとよ、爺さん」
「爺さんって言うな」
* * *
翌朝。大広場。
三百人の職人が整列してる。石工、大工、左官、鍛冶、瓦職人——帝国中から集められた専門家たち。
だが目が死んでる奴が多い。
腕組みして壁に寄りかかってる奴。あくびしてる奴。「さっさと終わらせて帰りてえ」って顔の奴。
まあ、そうだろうな。軍に「行け」って言われて来ただけだもんな。
俺は広場の中央に立った。
「俺は棟方鉄。レグニカ王国から来た土方だ。建築家でも魔法使いでもねえ。——今日は一日で、この広場にでかいもんを建てる。見ててくれ」
反応が薄い。「何を建てるんだ」って顔はしてるが、期待はしてない。
「ヴァルター。材料を」
ヴァルターが後ろから歩いてきた。
三百人がざわついた。
「ヴァ、ヴァルター閣下!?」
「帝国の壁が何でここに!?」
「嘘だろ!? 閣下が手伝いをしてるのか!?」
ヴァルターが平然と石材を運んでる。帝国軍事建築総監が、よそ者の横で荷運びしてる。
「閣下……! 何をなさってるんですか……!」
石工の一人が駆け寄った。
「見りゃ分かるだろう。手伝いだ」
「な、何故!?」
「この男から学べることが、儂の五十年より多いからだ。——黙って見ていろ」
三百人が凍りついた。
帝国最高の石工が、五十年の経験より多いと言った。
全員の目の色が変わった。
* * *
さて、本番だ。
建てるのは連続アーケード。アーチを連続で並べて、屋根付きの通路を作る。長さ三十メートル、幅五メートル、高さ四メートル。アーチが六連。
「これは要塞の技術じゃない。街の技術だ」
石材を並べた。帝国の花崗岩。切り出し済みの迫石がずらっと並ぶ。
「アーチってのは、石を楔形に切って、上から順に噛み合わせる。全部の石が互いに押し合って、最後に頂上の要石を入れた瞬間、全体が一つになってロックされる。——型枠を外しても、石だけで立つ」
説明しながら、最初のアーチを積み始めた。木の型枠を組んで、その上に迫石を並べていく。
「おい、手伝え。見てるだけじゃ覚えられねえぞ」
最初は誰も動かなかった。
ヴァルターが黙って石を持ち上げた。俺の横に据えた。噛み合わせを確認して、コテで目地を入れた。
それを見て——石工の一人が動いた。
「……俺も、やらせてくれ」
「来い。この石をそこに据えろ。向きに気をつけろ、楔の広い方が外だ」
「こ、こうか?」
「そうだ。うめえじゃねえか」
二人目が動いた。三人目。十人。二十人。
気がつけば、三百人全員が何かしらの作業をしてた。石を運ぶ奴、目地を入れる奴、型枠を支える奴。大工は木の型枠を組んでる。鍛冶が金具を叩いてる。瓦職人が排水を考えてる。
全員、自分の専門で参加してる。
命令されたからじゃない。手が動いたからだ。職人ってのはそういう生き物だ。目の前で物ができていくのを見たら、手を出さずにいられない。
昼過ぎ。アーチが三連立った。型枠を外す。
「……おい。立ってるぞ」
「石だけで立ってる……!」
「型枠を外しても崩れねえ! 何だこれ!」
「アーチの力学だ。全部の石が互いに押し合って、全体で支えてる。一つの石が抜けない限り崩れない。——これがアーチの強さだ」
夕方。六連全部が立った。
三十メートルの連続アーケード。石のアーチが六つ並んで、屋根付きの通路を作ってる。
一日で建った。三百人の帝国職人が、一日で。
* * *
完成した瞬間、誰かが拍手した。
続いて別の誰か。また一人、また一人と続いていく。
気づけば三百人の拍手が広場に響いていた。自分たちで建てたものに、自分たちで拍手してやがる。
だが、俺が見てたのは別のものだ。
アーケードの下を、帝国の子供たちが走り回ってる。
いつの間にか広場の周りに住民が集まってた。貧民街の子供が、アーケードの下に飛び込んできた。石の天井の下を走り回って、笑ってる。
「雨が降っても濡れないぞ!」
「すげえ! 屋根がある! 外なのに屋根がある!」
「ここでかくれんぼしようぜ!」
職人たちが、その子供たちを見ている。
さっきまで「命令だから来た」って顔をしてた連中が、子供の笑い声を聞いて——黙った。
帝国の建築は軍事だ。要塞、城壁、砦。全部、敵を防ぐためのもの。子供が走り回るためのものじゃない。
だがアーケードは違う。雨の日も雪の日も、この通路の下なら商売ができる。子供が遊べる。婆さんが日向ぼっこできる。
——こういう場所を作るのが、建築ってもんだ。
「ねえ、おっちゃんたち! これ作ったの!?」
子供が石工の一人に駆け寄った。
「あ、ああ……俺たちが作った」
「すっげー!! ありがとう!!」
石工が——泣いた。
いい歳した帝国の石工が、子供に「ありがとう」と言われて、顔をくしゃくしゃにして泣いた。
「おい……泣くなよ……」
隣の石工も目を擦ってる。
「うるせえ……目にゴミが入ったんだ……」
——おい、それは俺のセリフだぞ。
ヴァルターがアーケードの柱に手を当てて、じっと見上げていた。
「棟方」
「何だ」
「儂は五十年、壁を積んできた。敵を防ぐ壁だ。一度も、子供に『ありがとう』と言われたことはなかった」
「……そうか」
「今日、初めて分かった。お前が作っているものは、壁じゃない。——場所だ」
場所。
……悪くねえ言い方だな。
「ヴァルター。こういう場所を、帝国中に作れ。あんたの石工の腕なら、俺よりきれいなアーケードが建つ」
「……ああ。作る。作ってみせる」
カーラがアーケードの下で帝国の菓子を買ってる。いつの間にか露店が出てやがる。
「親方! この菓子おいしい! 帝国の蜂蜜パン!」
「お前はどこの国でも真っ先に屋台を見つけるな……」
「だって、屋根ができたら店ができるのよ。あんたが作ったのよこれ」
リルが精霊と話してる。
「親方さん! シルフが言ってます! このアーチの中、風が心地いいって! 通り抜ける風がちょうどいい速さになるんですって!」
「アーチのトンネル効果だな。風を加速させる。夏は涼しくなる」
「精霊もアーケードが気に入ったみたいです!」
精霊にまで気に入られてるのか。
ルッカがアーチの金具を点検してる。
「親方。金具の噛み合わせ、帝国の石工が自分で調整してました。わたしが指示する前に」
「覚えが速いな、帝国の連中は」
「はい。……嬉しいです。わたしの金具の使い方を、自分で考えて応用してくれるの」
ルッカが小さく笑った。こいつが笑うと、現場の空気が柔らかくなる。
エルノとイレーネが、三百人の職人名簿にチェックを入れてる。
「棟方殿。三百人全員が何らかの工程に参加しました。不参加者ゼロです」
「帝国語の技術マニュアル、初稿が完成しました! アーケードの施工手順、ブロック工法、床暖房、すべり支承——四種類です!」
「四種類を何日で書いた」
「三日です!」
「……お前ら、化け物だな」
「「ありがとうございます!」」
声が揃った。もう息ぴったりだ。記録魔コンビ、完全に出来上がってやがる。
三百人の職人が帰っていく。朝とは目の色が違う。
最後に出ていった石工が、振り返って叫んだ。
「親方! 明日もやるのか!?」
「明日は飛梁の仕上げだ。見学したけりゃ来い」
「行く! 絶対行く!!」
……親方って呼ぶな。土方だっつってんだろ。
まあ、もう慣れたけどな。
空を見上げた。帝国の灰色の空に、六連のアーチが並んでる。一日で建った、帝国初のアーケード。
悪くねえ。
全然、悪くねえ。




