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異世界土方建築無双 ~女神の加護? いらねえよ、俺にはコンクリがある~  作者: ぶらっくそーど
第三部 世界の親方

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親方、皇帝の城を見る


 帝国に来て十日。


 貧民街の家が二十軒を超えた。ヴァルターの石工たちが完全にブロック工法を覚えちまって、俺が現場に行かなくても勝手に建ててる。床暖房の煙道も自分たちで引けるようになった。


 こうなると俺の仕事は減る。


 良いことだ。俺がいなくても回る現場が、一番いい現場だ。


 だがまあ、暇になる前に次の仕事が来た。


「棟方殿。皇帝陛下が、帝国城に来てほしいとのことだ」


 ゲルハルトが朝一番で伝えにきた。


「城に何かあるのか」


「大広間の天井に問題がある。ヴァルターも手を焼いている」


 ヴァルターが手を焼いてる。あの石工の化け物が。


「行く」



    * * *



 帝国城。


 でかい。レグニカの王宮がおもちゃに見える規模だ。石壁の厚さは三メートル。塔の高さは五十メートル以上。門の鉄扉は牛十頭でも引けなさそうな重さ。


 軍事国家の城だ。装飾なんかほとんどない。ただひたすら分厚くて、高くて、硬い。


「……壁を叩いていいか」


「城の壁をか? 構わんが」


 叩いた。


 ゴッ。


 重い。みっちり詰まった石の音。ハリボテの気配はゼロ。壁の中まで全部石だ。


「いい壁だ」


「城の壁は儂の最高傑作だからな」


 ヴァルターが鼻を鳴らした。城壁の基礎で面目を潰されたが、壁の上半分には絶対の自信があるらしい。実際、この壁は文句のつけようがない。


 大広間に通された。


 天井が——すごい。


 ヴォールト天井(・・・・・・・)。アーチを奥行き方向に連続させた、樽の内側みたいな石造りの曲面天井。高さ二十メートル。幅十五メートル。奥行き四十メートル。柱が一本もない大空間を、石の天井だけで覆ってる。


「こいつは……」


 思わず立ち止まった。


 率直に言って、すげえ。


 この天井を積んだ石工は天才だ。曲面に沿って石を一つずつ噛み合わせてある。重力だけで自立してる。コンクリートも鉄筋もなしに、石だけでこの大空間を覆ってる。


「ヴァルター。これ、あんたが積んだのか」


「四十年前にな。若い頃の仕事だ」


「……四十年前にこれを積める奴は、世界中探してもそうそういねえぞ」


 ヴァルターが視線を逸らした。


 褒められ慣れてないのか、それとも俺に褒められるのが意外なのか。


 だが——問題がある。


 天井を見上げたまま、ゆっくり横に視線を動かした。壁と天井の接合部。ここだ。


「ヴァルター。あの接合部、見えるか。壁と天井の間に、隙間が開いてる」


「……ああ。十年前から広がっている。最初は髪の毛一本分だった。今は指が入る」


「原因は分かってるか」


「分からん。だから手を焼いていると言った」


 俺は大広間の端まで歩いた。外壁に手を当てた。


 ——外に膨らんでる。


 水糸がなくても手で分かる。壁の面が、上に行くほど外側に傾いてる。下は真っ直ぐだが、天井に近い部分が外に押されてる。


「原因はこれだ。ヴォールト天井のアーチは、石の重さで下に押すだけじゃなくて、横にも押す。スラスト(・・・・)っつう横向きの力だ。天井の重さが壁を外に押し広げてる。壁が少しずつ外に開いて、天井との間に隙間ができた」


「横に押す……? 天井の重さは下に向かうんじゃないのか?」


「アーチの力は真下じゃなくて斜めに落ちる。斜めの力を分解すると、下向きと横向きになる。下向きは壁が受けてるが、横向きを受ける仕組みがない。——このままだと天井が落ちる」


 ヴァルターの顔色が変わった。


「落ちる……!? この天井が!?」


「壁が開き続ければ、いつか天井のアーチが支えを失う。十年でここまで開いたなら、あと十年で限界を超える。大広間にいる人間が全員下敷きだ」


 ゲルハルトが即座に反応した。


「……ここで会議を開くことがある。大臣も将軍も集まる。皇帝陛下も」


「全員下敷きだ。——直す方法はある」



    * * *



 図面を描いた。大広間の外壁に、全員で出た。


飛梁(フライングバットレス)をかける」


「フライング……何だ?」


「壁の外側から、アーチ状の支えを飛ばす。この支えが天井のスラストを受け止めて、外の控え壁に逃がす。——壁の内側は一切触らない。外から支えるだけだ」


 図面はこうだ。


 大広間の外壁から、斜め上に向かってアーチが飛ぶ。アーチの上端は外壁の、天井のスラストがかかる高さに接する。アーチの下端は、外壁から五メートル離れた位置に立てた控え柱に繋がる。


 スラストが壁を外に押す→飛梁がその力を受ける→アーチを通して控え柱に流す→控え柱の重さで踏ん張る。


 力の流れを、建物の外に逃がす仕組みだ。


「ヴァルター。このアーチを積めるか」


 ヴァルターが図面をじっと見た。


 石造アーチ。こいつの専門ど真ん中だ。


「…………積める」


「だろうな。あんたなら積める。——設計は俺がやる。スラストの計算はエルノ。施工はあんたの石工。控え柱の基礎はコンクリートで俺が打つ。分業だ」


「分業……」


「そうだ。俺とあんたの合作だ。帝国一の石工と、レグニカの土方の合作。——文句あるか」


 ヴァルターが鼻を鳴らした。だが口の端が上がってる。


「文句はない。——だが、天井の主人は儂だ。四十年前に積んだ天井を、守るのは儂の仕事だ」


「ああ、あんたの天井を、あんたの手で守ってくれ。俺はそれを手伝う」


 石工たちがざわついた。


「ヴァルター閣下と、あのレグニカの親方が組むのか!?」


「飛梁って何だ!? 壁の外にアーチを飛ばすって、そんなこと本当にできるのか!?」


「できなきゃ天井が落ちるって話だろ!? やるしかねえじゃねえか!」


 エルノがノートを開いた。


「棟方殿。スラストの概算を出します。天井の石の総重量を推定する必要がありますが——ヴァルター殿、この天井に使った石の量と種類を教えていただけますか」


「花崗岩が八割、石灰岩が二割だ。総量は——記録がある。持ってくる」


 ヴァルターが足早に出ていった。記録を取ってあるのか。さすが五十年の石工、仕事の記録は残してるんだな。


 イレーネが外壁を見上げてる。


「棟方殿。飛梁の着地点、この位置でいいですか。天井のスプリングラインの高さは——」


「よく分かるな。そこだ。アーチの頂点から力が斜めに落ちるから、壁に当たるのはちょうどそのライン。そこに飛梁の上端を当てる」


「やはりそうですね! 私も同じ結論でした!」


 こいつもヴァルターの血だな。構造の勘がいい。


 カーラが大広間の中で天井を見上げてる。


「ねえ親方。この天井が落ちたら何人死ぬの」


「大広間が満員なら二百人は死ぬ」


「飛梁ってやつで止まるのよね」


「止まる」


「じゃあ早くやって。あたし、ここで会食する予定なの」


「……誰と」


「ゲルハルト将軍に帝国料理をご馳走してもらう約束したの。ここの肉が美味いらしいわよ」


「お前、いつの間にそんな約束を——」


「外交よ外交。風呂がなきゃ飯で攻めるしかないじゃない」


 ……こいつの外交力は侮れん。


 ルッカが外壁の石を触ってる。舌を出しかけたが、さすがに皇帝の城の壁は舐めなかった。


「親方。この石、すごく密度が高いです。帝国の花崗岩は硬い。飛梁に使えば、細い断面でも十分な強度が出ます!」


「ヴァルターの石工なら精密に積める。細くても正確なアーチが作れる。——でかくて分厚いだけが能じゃねえってことだ」


 ゲルハルトが近づいてきた。


「棟方殿。この工事、どのくらいかかる?」


「飛梁を六本かける。控え柱の基礎工事に一週間、石のアーチを積むのに二週間。合計三週間。——大広間は工事中も使える。外から支えるだけだから、中の作業はゼロだ」


「中をいじらずに直せるのか!?」


「それが飛梁の良いところだ。建物の外に答えがある」


 ゲルハルトが目を細めた。


「棟方殿。あなたは城壁の基礎を掘り、貧民街に家を建て、今度は皇帝の城の天井を救う。——いったい、あなたに直せないものはあるのか」


「腹が減ったのは直せねえ。昼飯はまだか」


「……はは。ゲルハルト、昼食を手配しろ。いや、私がする」


 ——その声は、大広間の奥から響いた。


 全員が振り返った。


 玉座の横の扉から、一人の男が歩いてきた。五十代後半。短く刈った白髪。険しい目つきだが笑ってる。飾り気のない質素な服装だが、兵士が全員背筋を伸ばしていた。


 皇帝だ。


「話は聞いていた。——棟方鉄、だな」


「棟方鉄です。土方です」


「ドカタ。ゲルハルトから聞いた。壁を壊さず、城を直し、ゴミで家を建てる男だと。——儂の城の天井を救えるか」


「救えます。三週間ください」


「三週間。——良かろう。好きに使え、この城を。必要な石工も金も出す」


「ありがとうございます。——ところで陛下」


「何だ」


「この城に風呂はありますか」


 皇帝が目を丸くした。


 ゲルハルトが咳き込んだ。カーラが吹き出した。ヴァルターが額を押さえた。エルノが耳を真っ赤にしてノートで顔を隠した。


「……風呂?」


「ええ。でかい仕事の前には風呂に入りたいんです。集中力が違うんで」


 皇帝が三秒黙って——笑った。


「面白い男だ。——風呂はない。が、作れるのだろう?」


「作れます。ついでに床暖房も入れときます」


「好きにしろ。——ゲルハルト、この男を全面的に支援しろ。帝国の城が落ちるくらいなら、風呂の一つくらい安い」


「はっ!」


 皇帝が去っていった。


 カーラが小声で言った。


「ねえ親方。皇帝の前で風呂の話するの、あんたくらいよ」


「風呂は大事だろ」


「大事だけど。大事だけどさ」


 ……何だよ。


 まあいい。三週間で飛梁を六本と風呂を一つ。忙しくなる。


 さて——またでっけえ仕事だ。

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