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異世界土方建築無双 ~女神の加護? いらねえよ、俺にはコンクリがある~  作者: ぶらっくそーど
第三部 世界の親方

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親方、貧民街に家を建てる


 床暖房の噂が広まったらしい。


 ゲルハルトの元に帝国軍の各部隊から「うちの兵舎にも入れてくれ」と要望が殺到してると聞いた。温かい床で寝た兵士が別の部隊の連中に自慢して、一晩で兵舎中に広まったそうだ。


 だが俺の頭は兵舎にない。貧民街にある。


「ヴァルター。あんたに付き合ってもらいたい」


「どこへだ」


「城壁の外。貧民街だ」


 ヴァルターの眉が寄った。


「……何をしに行く」


「家を建てる」



    * * *



 城壁の外の貧民街。


 斜面に張り付くように小屋が密集してる。城壁の石を切り出した時に出た端材——形が悪くて使えない石の破片と泥で壁を積み、木板を屋根に載せただけの家。いや、家と呼べるかも怪しい。


 道がない。小屋と小屋の間を、人ひとり通れる幅の泥道が這い回ってる。排水溝もない。雨が降れば泥水が斜面を流れ落ちる。


 上を見ると帝国の城壁がそびえてる。十五メートルの石壁。ヴァルターが五十年かけて積んだ壁。その壁の外側で、人間が泥の中に暮らしてる。


 ヴァルターは何も言わない。


 住民が出てきた。子供が数人、老人が数人。俺たちを見て警戒してる。帝国軍の制服を着た連中が貧民街に来ることは、良い知らせじゃないんだろう。


「怖がらなくていい。家を建てに来た」


 エルノが帝国語で伝えてくれた。住民の顔に困惑が浮かぶ。ここに家を建てるなんて、言われたことがないんだろう。


 まず地形を見た。


 斜面だ。傾斜は十五度くらい。上の方の小屋は地面にめり込んでて、下の方の小屋は斜面の泥で半分埋まってる。雨季には上から泥水が流れてきて、下の小屋を押し潰すこともあるだろう。


「リル。ノームにこの斜面の地盤を見てもらえるか」


「はい。——ノームが言ってます。表面は泥だけど、五十センチ下に岩盤があるって。斜面の泥は岩の上を滑ってるだけで、土が根付いてないって」


 岩盤が浅い。それは好都合だ。


「ルッカ。あの石の山、見えるか」


 貧民街のはずれに、巨大な石の山がある。城壁を積む時に出た端材の捨て場だ。使えない形の石、小さすぎる破片、割れた石。何十年分もの廃材が山になってる。


「見えます。……あの量は、すごいですね」


「あれが材料だ」


「材料?」


「コンクリートの骨材にする。砕いて砂利の代わりに入れる。石材の端切れだから品質は問題ない。——帝国が五十年間捨ててきたゴミが、家になる」


 ルッカの目がぱっと光った。


 ヴァルターが振り向いた。


「……あの端材を使うのか?」


「ああ、石灰岩はこの辺で採れるか」


「帝国中どこでも採れる」


「火山灰は?」


「東の山地に火山がある。灰は大量にある。何に使うのかと思っていたが……」


「コンクリートの材料だ。石灰岩と火山灰と砂とあんたらの端材。全部帝国で手に入る。金もほとんどかからない。——まず一軒、建てて見せる」



    * * *



 石の端材を砕く作業から始めた。


 ガルドがいないから力仕事は帝国の石工に頼んだ。こいつらは力がある。石を砕くのは慣れてる。拳大の破片が、半日で砂利サイズまで細かくなった。


 コンクリートを練った。


 石灰岩を焼いて石灰にする。火山灰と混ぜる。砂を加える。砕いた端材を骨材として入れる。水で練る。


 帝国の石工たちが、灰色の泥を見ている。


「こいつが固まると石より硬くなる。昨日の床暖房の部屋の目地に使ったやつと同じだ」


「あれが、石より硬く……!?」


「明日になりゃ分かる」


 コンクリートを型枠に流して、ブロックを作った。帝国の石工は型枠の扱いがうまい。石を切る精度でコンクリートブロックの型を作るから、ブロックの寸法が揃う。レグニカの初期のブロックより出来がいい。


「あんたら、型枠の精度がすげえな」


「石を切るのと同じだ。寸法が狂えば積めない」


「その通りだ。それが分かってるなら、もう半分覚えたようなもんだ」


 翌日。ブロックが固まった。


 石工の一人が持ち上げた。


「重い、石と変わらん!」


「叩いてみろ」


 石工がブロックを地面に叩きつけた。割れない。もう一回。割れない。


「……何だこれ。石より硬いぞ!?」


「それ、お前らが五十年間捨ててた石屑から作ったブロックだ」


 石工の顔が変わった。捨ててたゴミが、石より硬い建材になった。


 ヴァルターが黙ってブロックを手に取った。重さを確かめ、角を指で弾いた。澄んだ音が返ってきた。


「……良い材だ」


 それだけ言って、ブロックを置いた。



    * * *



 さて、家を建てる前にもう一つやることがある。


 斜面の地滑り対策だ。このまま家を建てても、雨季に上から泥が流れてきたら全部押し流される。


「斜面に擁壁(ようへき)を作る。壁で土を留める」


「控え壁のでかい版か」


 ヴァルターが訊いた。星型要塞の報告書を読んでたな。控え壁の概念は知ってるらしい。


「似てるが違う。こいつはカウンターフォート(・・・・・・・・・)擁壁っつって、壁の裏側に三角形の骨組みを入れる。控え壁は壁の表に付けるが、カウンターフォートは裏に付ける。土に埋まる側だ」


 図面を描いた。


 正面から見るとただの壁。だが裏側——土に接する面に、等間隔で三角形のリブが付いてる。三角形の斜辺が壁と底盤を繋いで、土の圧力を底盤に逃がす。


「三角形は潰れない。土がどんだけ押してきても、三角形の骨組みが力を分散させる。——あとは底盤を岩盤にアンカーで固定すれば、この斜面は動かなくなる」


「岩盤に固定……星型要塞と同じ手法か!」


「ああ、あの要塞で帝国軍二百人を止めた技術で、今度は泥を止めるのに使う」


 ヴァルターの目が感心したように動いた。


 岩盤まで五十センチ。掘って、アンカーを打つ。ルッカが鉄のアンカーを鍛造してくれた。リルのノームが岩盤の状態を確認して、打ち込む位置を指示する。


 擁壁の施工に二日。乾燥に一日。


 その間にブロックを量産して、四日目から家を建て始めた。


 ブロック工法だ。型枠は要らない。ブロックを積むだけ。水糸を張って水平を出して、コンクリートの目地で接着して、一段ずつ積み上げる。


 帝国の石工が積んだ。


 こいつらは石積みのプロだ。


 ブロックの積み方を一回見せたら、二段目からは俺より正確に積みやがった。


「……おい、うめえな。俺より真っ直ぐだぞ」


「石を積むのは五十年やってますからね」


「五十年は俺の先輩だ。参った」


 石工が照れた顔をした。帝国の石工に褒められるのは珍しいらしい。よそ者の親方に「参った」と言われて、悪い気はしないだろう。


 一日で壁が立った。屋根を載せた。窓を開けた。床にはもちろん煙道を仕込んだ。床暖房付きの、コンクリートブロックの家。


 帝国の端材から作ったブロック。帝国の石工が積んだ壁。帝国の煉瓦で作った床暖房。


 全部、帝国の材料と帝国の人間で建てた家だ。俺がやったのは設計と指示だけ。


 住民が集まってきた。


 最初に入ったのは、あの老夫婦だった。孫の手を引いて、扉をくぐった。


 中は温かい。朝に炉に火を入れておいた。床が温まっている。


 老人が床に手を当てた。


「……温かい!」


 孫が床に座った。寝転がった。


「おじいちゃん、床があったかい!」


「ああ……温かいな」


「風が来ない! 隙間がない!」


 コンクリートブロックの壁は隙間がない。風が入らない。泥壁とは別の世界だ。


 老人がテツを見た。


「あんた。これは……わしらの家なのか」


「ああ。あんたの家だ」


「……金は」


「ただだ。材料は城壁の端材だ。捨てるもんで作った。金はかかってねえ」


 老人の目から涙がこぼれた。


 孫が温かい床の上で、もう眠りかけている。


 貧民街の住民が家の外に集まってる。百人近い。一軒の家を囲んで、中を覗いてる。


「あんな家がここに建つのか」


「床が温かいって本当か」


「城壁の捨て石で作ったって?」


「俺の家も建ててくれ!」


「私のも!」


 声が重なった。


 イレーネがノートを抱えて走り回ってる。ブロックの積み方、床暖房の煙道の配置、擁壁の構造——全部記録してる。エルノと二人で、もう標準仕様書の草案を書き始めてるらしい。


 ヴァルターが、完成した家の前に立っていた。


 壁を叩いた。


 硬い音が返ってきた。


「……儂は、五十年間壁を積んできた」


 独り言のように呟いた。


「帝国の城壁、要塞、砦。全部積んだ。帝国一の石工だと言われてきた。——だが、この街は見なかった。城壁の外に人が住んでいることは知っていた。石屑を捨てていることも知っていた。だが、その石屑で家が建つとは考えもしなかった」


 俺を見た。


「棟方。お前は何を見ている。儂が見ていないものを見ている」


「別に特別なもんは見てねえよ。壊れてる場所と、使える材料と、困ってる人間だけだ」


「それだけ、か」


「それだけだ。——で、あんたはどうする。見なかったことにするか」


 ヴァルターが俺を睨んだ。睨んだが、怒りじゃない。


「……教えてくれ。このブロックの作り方を!」


「最初からそのつもりで来てる」


 ヴァルターが初めて、頭を下げた。六十年の老石工が、四五歳の異世界土方に。


 ……勘弁してくれ。頭を下げるな。俺はただの土方だ。


「頭上げてくれ。こっちが居心地悪い。——さて、二軒目だ。手伝ってくれるか」


 ヴァルターが顔を上げた。


「当たり前だ。儂は石工だぞ」


 良い顔してやがる。腕に覚えのある男が、新しい仕事を前にした時の顔だ。


 さて——仕事だ。

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