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異世界土方建築無双 ~女神の加護? いらねえよ、俺にはコンクリがある~  作者: ぶらっくそーど
第三部 世界の親方

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親方、帝国の壁を叩く


 帝国首都ヴァルゲン。


 でかい。


 城壁の高さが十五メートルはある。厚さは五メートル以上。灰色の石が隙間なく積まれて、壁面に帝国の紋章が等間隔で刻まれてる。門は鉄張り。門の前に甲冑の衛兵が二十人。


 レグニカの城壁と比べるのも馬鹿らしいくらい立派だ。


 金も技術もかかってる。石の選定、表面の仕上げ、角の面取り——一目見て分かる。この壁を積んだ石工は、相当な腕だ。


「すごい壁ですね。レグニカの城壁の三倍は分厚いんじゃないですか」


 エルノが見上げて呟いた。


「厚さだけならな」


「……厚さだけ、ですか」


 俺は何も言わず、壁に近づいた。


 手を伸ばして、壁を叩いた。


 ゴン。


 重い音。石がぎっしり詰まってる音だ。中身はハリボテじゃない。石材の質も良い。目地もしっかり入ってる。


 ——上は問題ない。


 しゃがんだ。壁の根元を見た。


 地面と壁の境目。ここに水平の亀裂が走ってる。幅は一ミリもない。だが、ある。壁全体の根元をぐるっと回るように、水平に一本、筋が入ってる。


「リル。ノームに壁の基礎を見てもらえるか」


「はい。——ノームが言ってます。基礎石の底面が地面から四十センチの深さにあるって。その下の土が、何度も凍ったり溶けたりした痕跡があるって」


 四十センチ。


 関所の門柱と同じだ。凍結深度より浅い。


「……やっぱりか」


 カーラが横から覗き込んだ。


「ねえ、何が見えるの。あたしには立派な壁にしか見えないんだけど」


「見えるところは立派だ。問題は、見えないところだ」



    * * *



 城門をくぐって帝国首都に入った。


 ゲルハルト将軍が出迎えてくれた。星型要塞の前で茶を飲んだ時より穏やかな顔だ。あの時は敵同士だったが、今は客人として迎えてくれてる。


「棟方殿、ようこそヴァルゲンへ。——皇帝陛下もお待ちだが、まずは帝国軍事建築総監に引き合わせたい。帝国の建築を預かる男だ」


 通された先は、城壁の内側にある石造りの執務棟だった。


 中に入ると、男がいた。


 でかい。身長は俺より頭一つ高い。肩幅が門みてえだ。白い髭を蓄えた六十がらみの老人。だが老人とは思えない厚みがある。腕が丸太みたいに太い。石を積み続けてきた体だ。


「ヴァルター殿。レグニカ王国より棟方鉄殿をお連れした」


 ヴァルターが俺を見た。


 品定めの目だ。


 俺が王に会った時に受けた目に似てるが、もっと硬い。職人が職人を見る目だ。


「ふん。お前がレグニカの建築家か」


「いえ、ただの土方です」


「ドカタ? 聞き慣れん肩書きだな。——ゲルハルトから報告は受けた。灰色の泥を固めて壁を作るとか」


「コンクリートです」


「泥は泥だろう。石には勝てん」


 いきなり喧嘩腰だ。まあ、分からんでもない。五十年壁を積んできた男が、よその国から来た若造——向こうから見りゃ若造だ、四十五でも、俺に技術指導されるなんざ面白くないだろう。


「石の扱いは、あんたの方が上だと思います」


「当たり前だ。儂は五十年石を積んできた」


「だが、この城壁の基礎は五十点だ」


 しんと、場が凍った。


 ゲルハルトが目を見開いた。ヴァルターの目が据わった。


「……何だと」


「外の城壁を見てきました。石材の選定、目地の精度、積み方の正確さ——全部一流です。あんたの腕は本物だ。だが、基礎が浅い。凍結深度より上に基礎がある」


「凍結深度だと!?」


「冬に地面が凍る深さのことです。この辺りだと、おそらく六十センチから八十センチ。だが城壁の基礎は四十センチ。毎年冬に地面が凍って膨張して、基礎を押し上げてる。春に溶けて戻る。この繰り返しで、壁の根元に水平亀裂が入ってる。あの壁、下から剥がれかけてるんですよ」


 ヴァルターが立ち上がった。椅子が倒れた。


「儂の壁が剥がれかけている、だと? 五十年間一度も崩れたことはないぞ!」


「崩れてないのは、上の積み方が良いからです。あんたの腕のおかげで五十年持った。だが基礎が毎年ダメージを受けてる。——証拠を見せましょうか」



    * * *



 城壁の外に出た。


 ヴァルターが付いてきた。ゲルハルトも。


 帝国の石工が十人ほど。護衛の兵士、それからうちの連中。


 俺は壁の根元の前にしゃがんだ。


「ここを掘る。一メートル掘れば分かる」


「掘れ」


 ヴァルターが石工たちに命じた。


 石工が鶴嘴を振るって壁の根元を掘り始めた。


 硬い土だ。


 帝国の石工は力がある。ざくざく掘り進む。


 三十センチ。基礎石の底面が見えた。


 そこから先の土を、俺は自分の手で掘った。コテで慎重に土を削っていく。


 四十センチ。基礎石の下に隙間がある。


 土が押し固められて、また緩んで、を繰り返した痕跡。指が入る。


「ここです。基礎石の底面が地面に密着してない。冬に凍結膨張で持ち上がって、春に戻る。だが完全には戻らない。毎年少しずつ隙間が広がる」


 ヴァルターが穴を覗き込んだ。


「……隙間がある」


「次。もう少し深く掘ります」


 六十センチ。ここから土の質が変わった。凍結痕のない、安定した土。


「ここが凍結深度の下限です。ここより下の土は凍らない。基礎石がここにあれば、冬の膨張の影響を受けない。——触ってみてください」


 ヴァルターが穴に手を突っ込んだ。四十センチの土と、六十センチの土を、交互に握った。


「……違う。上は砕けるが、下はしっかりしている」


「そうです。たった二十センチの差です。基礎を二十センチ深く据えるだけで、あんたの壁は永遠に持つ。あんたの石工技術に、正しい基礎が加われば、この壁は百年どころか二百年持つ」


 ヴァルターが穴の前で動かなくなった。


 六十年の石工が、自分の壁の足元を、初めて見ている。


 周りの石工たちが顔を見合わせている。帝国最高の石工の壁に、欠陥があった。その事実の重さが、全員の顔に出ている。


 ゲルハルトが低い声で言った。


「……ヴァルター。棟方殿の言う通りか」


「……通りだ。儂の目で確認した。基礎の下に隙間がある。——五十年、気づかなかった」


 ヴァルターが穴から手を引き抜いた。土まみれの手を見つめている。


「よそ者に言われるまで、自分の壁の足元を掘ったことがなかった。壁の上ばかり見ていた。積み方、目地、石の噛み合い——全部、上の話だ。下を見なかった」


 石工の一人が口を開いた。


「ヴァルター閣下、しかし五十年持っているのですから——」


「五十年持っているのは結果論だ。たまたま大地震が来なかっただけだろう。ドラゴンの衝撃波がこの壁に当たったら、根元から折れる」


 ヴァルターが俺を見た。さっきの品定めの目じゃない。


「棟方。——直せるのか。この壁を」


「直せます。基礎を掘り直して、凍結深度の下に据え直す。壁を全部壊す必要はない。区画ごとに根継(ねつ)ぎすればいい。既存の壁を活かしたまま、足元だけ入れ替える」


「根継ぎ?」


「壁の下に潜って、基礎だけ入れ替える工法です。上の壁を仮の支えで持ち上げてる間に、下を掘って新しい基礎を据える。——支保工は得意なんでね」


 ヴァルターの眉が動いた。初めて、職人としての興味が顔に出た。


「壁を壊さずに基礎を入れ替える……そんなことが可能なのか」


「可能です。王都で城壁を改修した時もやりました。あっちは八キロの壁でしたが」


「八キロ……」


 ゲルハルトが横で腕を組んでいる。この男の勘は鋭い。ヴァルターの表情が変わったのを見逃してない。


 ルッカが穴の土を指で擦って、舌の上に載せた。


「……親方。この土、粘土質が強いです。凍結膨張が余計に大きくなるタイプです。石灰を混ぜて改良すれば、凍結しにくくなります」


「いい判断だ。基礎を深くするのと土質改良の二段構えでいこう」


 ヴァルターがルッカを見た。


「お前……今、土を舐めたか」


「はい。舌で粒度が分かるので」


「……儂も石を舐めて産地を当てる」


 ルッカの目がぱっと光った。ヴァルターの目も、ほんの一瞬だが、和らいだ。


 舐める者同士、何か通じるものがあるらしい。


「エルノ。城壁の全長と基礎の深さ、測量を始めてくれ」


「はい、棟方殿。——帝国の城壁の全周は何キロほどですか」


 ゲルハルトが答えた。


「約十二キロだ」


 エルノがノートに書き込んだ。耳の先が赤い。でかい仕事の予感に興奮してるんだろう。


「十二キロの城壁の基礎を、全部やり直すのか」


 ヴァルターが訊いた。


「全部やる。——出し惜しみはしねえよ」


 ヴァルターが鼻を鳴らした。


 だが、さっきまでの敵意はもうない。


 代わりにあるのは——職人が新しい技術を前にした時の、抑えきれない好奇心だ。


 その顔は知ってる。ハインツも最初はそうだった。ガルドも。ルッカも。


 職人ってのは世界のどこに行っても同じだ。腕に覚えがある奴ほど、自分の知らない技術に飢えてる。


「さて、帝国の城壁十二キロ。——仕事だ」

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