親方、練り機を作る
門が建って三ヶ月。季節は冬から春に変わった。
この世界に来て、二度目の春だ。
朝のコーヒーを飲んで、特に仕事の予定がない日だった。珍しい。予定がない日なんて、いつ以来だ。
ふらっと街を歩いた。
* * *
下町のメインストリートを歩く。コンクリートの道路。俺が——いや、ダグのチームが舗装した道だ。排水溝もきっちり動いてる。
角を曲がった時、目が止まった。
見慣れない建物がある。
コンクリートブロック造り。二階建て。ここまでは普通だ。だが——二階部分にバルコニーが張り出してる。コンクリートの床が壁から一メートルほど突き出して、鉄の手すりが付いてる。
バルコニー。俺は教えてない。
「おい。この建物は誰が建てた」
通りがかった職人に訊いた。
「ハインツの弟子のクルツってやつが建てました。ブロック工法を応用して、鉄筋を壁から延長して床板を支えてるそうです」
鉄筋を壁から延長。片持ち梁の原理だ。壁の中に埋まった鉄筋がてこの支点になって、突き出した床を支えてる。
俺が教えたのは壁と床の基本構造だけだ。バルコニーを作る方法は教えてない。クルツとかいう弟子が、自分で考えて、自分で作った。
「……へえ」
近づいて壁を叩いた。硬い音。ブロックの積み方も丁寧だ。鉄筋の突き出し位置を確認した。計算は合ってる。荷重分布も問題ない。
うまい仕事だ。
さらに歩いた。南区画の市場の裏に、新しい倉庫が建ってた。ダグの名前が入った看板が掛かってる。
この倉庫——屋根の形が変わってる。平らなコンクリートの陸屋根じゃなく、三角形に傾斜が付いてる。木の骨組みにコンクリートの板を載せた切妻屋根。
傾斜屋根。雨水が自然に流れ落ちる。陸屋根だと水が溜まって防水処理が必要だが、傾斜屋根なら水が溜まらない。防水の手間が省ける。
ダグが考えたのか。俺はコンクリートの陸屋根しか作ってこなかった。傾斜屋根をコンクリートでやるっていう発想は——なかった。
「……やるな、ダグ」
さらに歩いた。水道橋の近くに、見慣れない構造物がある。水車だ。水道の水流を利用した小型の水車。木と鉄で組んであって、回転力で石臼を回してる。粉挽き水車。
「これは誰が」
「ルッカ殿の弟子が作りました。水の力で鉄筋を曲げる装置を作ろうとして、まず水車を試作したら、粉挽きに使えると分かって」
水力。俺が手を付けてなかった分野だ。ルッカの弟子が、鍛冶の効率化のために水車を作って、副産物で粉挽きを自動化した。
追いつかれてる。いや——
「追い越されてるな」
呟いた。
バルコニー。傾斜屋根。水車。どれも俺が教えてない技術だ。弟子たちが——いや、もう弟子じゃない。職人たちが、自分の頭で考えて、自分の手で作った。
俺の知識を土台にして、その上に新しいものを積み上げてる。
……嬉しい。
嬉しいが——負けてられねえ。
* * *
作業場に戻った。コーヒーを二杯目、淹れた。
図面室の机に座って、紙を広げた。
水車。あれは面白い。水の力で道具を動かす。人力の代わりに水力を使う。クレーンの滑車と同じ原理の延長だ。
だがあの水車は小さい。粉を挽くので精いっぱいだ。もっとでかくすれば——もっとでかい力が出る。
でかい水車で何ができる。
鉄筋を曲げる。石を切る。木を挽く。コンクリートを練る。——全部、今まで人力でやってた作業だ。それが水の力で自動化できたら。
頭の中で歯車が回り始めた。
水車の回転を、歯車で変換する。速度を落として力を増やす。減速歯車。元の世界の産業革命の入口だ。水車から始まって、蒸気機関に繋がる道。
いや、蒸気機関はまだ早い。だが水力工場なら——今すぐ作れる。
図面を引き始めた。
水力で動くコンクリート練り機。大きな樽型の容器に砂利と砕石とセメントと水を入れて、水車の回転で攪拌する。人が練るより均一に混ざる。品質が安定する。しかも休まず回り続けるから、一日の生産量が何倍にもなる。
一時間で図面ができた。
「ガルド!」
「おう!」
「面白いもん作るぞ。ルッカも呼んでくれ」
「何を作るんだ」
「コンクリートを勝手に練る機械だ!」
「勝手に!? 俺が毎日汗だくで練ってるあのコンクリートを!?」
「ああ、水の力で勝手に回る。お前の腕は杭打ちに回せ」
「マジか。腕が楽になるのか。——最高じゃねえか!」
ルッカが来た。図面を見せた。
「これは……歯車と水車の組み合わせですね。鍛冶場の鋳造で歯車は作れます。——面白い。やらせてください」
「頼む」
エルノも覗き込んだ。
「棟方殿、水車の回転数と歯車の減速比から攪拌速度を計算しますか」
「頼む。一分間に何回転が最適か出してくれ」
「はい。容器のサイズとコンクリートの粘度から逆算します」
三日で完成した。
水道の分岐から水を引いて、木と鉄の水車を回す。水車の軸に歯車を付けて、回転を減速して、攪拌棒に伝える。樽の中でコンクリートがぐるぐる回る。
人の手を使わずに。
「入れるぞ。砂利、砂、セメント、水。——回せ」
水門を開いた。水車が回り始めた。歯車が噛み合って、攪拌棒が動いた。
樽の中でコンクリートが練られていく。灰色の泥がぐるぐる回って、均一に混ざっていく。
五分後。完璧に練り上がったコンクリートが樽から出てきた。
ガルドが手ですくって確認した。
「……均一だ。俺が三十分かけて練るのと同じ品質が、五分で出てきやがった」
「六倍速。しかも疲れない。水が勝手にやってくれる」
「俺の仕事がなくなるんじゃ——」
「なくならねえよ。練る仕事がなくなった分、積む仕事と運ぶ仕事に回れ。お前の腕は杭打ちと荷揚げに使う方がいい」
「……確かに。練るのは腰に来るからな」
港のヨルクと同じだ。腰を壊す仕事を機械に任せて、人間は人間にしかできない仕事をする。
見物人が集まってきた。水車が回って、コンクリートが勝手に出てくるのを見て、目を丸くしてる。
「何だあれ! コンクリートが勝手に練られてるぞ!」
「人がいねえのに! 水だけで!」
「親方、また何か作りやがったな!」
「親方すげえ!」
ハインツが走ってきた。水力練り機を見て、固まった。
「棟方……お前、また常識をぶっ壊したな」
「壊してねえよ。ルッカの弟子の水車を見て、ヒントをもらっただけだ」
「弟子の発明をヒントにして、さらに上を行くのか。——敵わねえな」
「敵わなくていい。追いつけ。追い越せ。そうやって全体のレベルが上がるんだ」
ハインツが笑った。
「……あんたがそれを言うから、俺たちは走り続けるんだよ」
* * *
夜。新しい家の中庭で、コーヒーを飲んだ。
弟子たちが俺を追い越し始めてる。バルコニー、傾斜屋根、水車。どれも俺が教えなかったもの。俺の技術を土台にして、次の一歩を踏み出してる。
追い越されたら、その上を行く。水車を見て水力練り機を作った。次は水力で何ができるか考える。弟子がまた何か作る。俺がまたその上を行く。
終わらない追いかけっこだ。だがそれでいい。技術ってのは、そうやって進んでいくもんだ。
「さて。明日は水力練り機の二号機を作るか。今度はもっとでかいやつ」
「親方、もう寝たら」
「もう少しだけ。図面を——」
「寝なさい。明日があるんだから」
カーラに叱られた。こいつに叱られるのは何回目だ。
「……はいはい」
「はいは一回」
「はい」
部屋に戻った。東向きの窓から月が見えた。
明日も仕事だ。明日も新しいことを考える。追い越されたら、また走る。走り続ける限り、この仕事に飽きる日は来ない。
四四歳。まだまだ走れる。




