親方、門を建てる
国王から依頼が来た。
「棟方殿。竜降ろしの勝利を記念する建造物を、王都の入口に建ててほしい!」
「記念碑ですか?」
「ただの石碑ではない。この国が変わったことを、誰の目にも分かる形で示すものだ。王都を訪れた者が最初に目にするもの。百年後の人間が見ても『この国にはすごい技術があった』と分かるものだ」
百年後に残るもの。
王宮の会議室で、三人の建築家が案を出した。王宮付きの設計士たちだ。
一人目。「巨大な石像を建てましょう。ドラゴンを踏みつける勇者の像」
二人目。「高さ二十メートルの石柱を。頂上に王国の紋章を掲げましょう」
三人目。「城門を豪華に作り直しましょう。金箔を貼って——」
どれも——まあ、悪くはない。だが。
「俺に案を出していいか」
「もちろんだ」
「門を建てる。ただの門じゃない。コンクリートの拱門だ」
板に図を描いた。
幅十五メートル。高さ十二メートル。分厚いコンクリートのアーチが、道路を跨いで立つ。荷馬車が三台並んで通れる幅。見上げると灰色のアーチが空を切り取る。
「なぜ、アーチなのです?」
「アーチは力学的に最強の構造だ。石やコンクリートは押す力に強い。アーチの形に組むと、上からの荷重が全部『押す力』に変換されて、地面に逃げる。だから細い材料で大きな空間を跨げる。——つまり、最小限の材料で最大限の強さを出せる。無駄がない構造体だ」
「それは……橋でも使った技術ですな」
「ああ。東街道のアーチ橋と同じ原理だ。あの橋を縦にして、道路の上に立てる」
王の目が光った。
「あの橋は見た。型枠を外した瞬間、石だけで空中に立ったあの橋。——あれを、王都の門にするのか」
「はい。ただし橋よりでかい。この国で誰も見たことがないサイズのアーチを建てます」
三人の設計士が図面を見て黙り込んだ。
「これを……建てられるのですか」
「建てる。一週間で」
「一週間!?」
* * *
場所は王都の南門前。一番人が通る門だ。ここにアーチを建てる。
まず基礎。左右の脚の部分。幅三メートル、奥行き三メートル、高さ六メートルのコンクリートの塊を二本立てる。ここがアーチを支える脚だ。
基礎はもう慣れたもんだ。割栗石を突き固めて、アンカーを打って、鉄筋を組んで、コンクリートを流す。ガルドのチームが二日で両脚を仕上げた。
三日目からが本番だ。アーチ本体を作る。
アーチを作るには、まず木の型枠で曲線を作る。この型枠を支保工——仮の柱で支えて、その上にコンクリートを流す。コンクリートが固まったら、支保工を外す。型枠がなくなっても、アーチの形が自分の力で空中に立つ。
東街道の橋と同じ手順だ。だが規模が違う。橋は幅五メートルだった。この門は幅十五メートル。三倍。高さも倍以上。
「支保工を組め。南門の前に、アーチの形をした木の骨組みを立てる」
ハインツの石工チームと、ダグの大工チームが総出で支保工を組んだ。丸太を何十本も使って、半円形の骨組みを立てる。南門前の道路をまたいで、巨大な木のアーチが姿を現した。
見物人が集まってきた。
「何だあれ。でかい木の骨組みが——」
「門を建てるらしいぞ。コンクリートの門」
「あんなでかいもんが建つのか」
四日目。支保工の上にコンクリートを打ち始めた。アーチの曲線に沿って、型枠を組んで、鉄筋を配置して、コンクリートを流す。
曲線のコンクリート打設は難しい。
平らな壁と違って、型枠が曲がってるから、コンクリートが偏りやすい。
「ルッカ、型枠の曲面に沿って鉄筋を曲げてくれ。アーチの形にぴったり合わせろ」
「はい。——この曲率なら、鉄筋を炉で温めてから曲げます。冷間だと折れるので!」
ルッカが鉄筋を一本ずつ炉で温めて、型枠の曲面に合わせて曲げていく。正確な曲線。こいつの鍛冶がなかったら、この規模のアーチは作れない。
五日目、六日目。コンクリートの打設が続く。アーチが少しずつ形になっていく。灰色の曲線が空に伸びていく。
「エルノ、アーチの左右の対称を確認してくれ。ずれたら力の流れが偏る」
「はい。——左右の偏差、三ミリ以内です。問題ありません!」
「三ミリか。合格だ」
火の精霊にコンクリートの硬化を早めてもらった。風の精霊に表面の乾燥を均一にしてもらった。精霊総動員だ。
七日目の朝。
コンクリートが固まった。灰色のアーチが、支保工の上に乗ってる。まだ木の骨組みに支えられてる状態だ。
支保工を外す。これがアーチ建設の最大の瞬間。型枠を外して、コンクリートだけで空中に立つかどうか。
橋の時と同じだ。だが規模が三倍。
見物人が増えてた。何百人——いや千人以上いるんじゃねえか。南門前の広場を埋め尽くしてる。噂が広まったんだろう。
「何が起きるんだ?」
「支えを外すらしい。あのでかいコンクリートの弧が自分で立つかどうか……」
「自分で立つわけないだろ、あんなでかいもん!」
「でも親方が建てたんだろ。橋の時もそうだった。あの時も立ったぞ!」
アレクシス王子も来てた。ヴェルトール伯もいる。フェルマンがそわそわしてる。マルタさんが人混みの中にいる。
「よし。外すぞ!」
支保工の丸太を、一本ずつ抜いていく。ゆっくりと。慎重に。
下の丸太から順番に外す。一本抜くたびに、アーチにかかる荷重が変わる。コンクリートが自分の重さを自分で支え始める。
半分外した。アーチが少し軋んだ。見物人から悲鳴が上がった。
「大丈夫だ。軋むのは力が移ってる証拠だ。支保工からコンクリートに荷重が移動してる。正常だ」
さらに外す。残り三本。二本。
最後の一本。
「……外すぞ」
最後の丸太を引き抜いた。
アーチの下に——何もなくなった。空間だけが残った。十五メートルの幅。十二メートルの高さ。灰色のコンクリートの曲線が、空中に浮いてる。
支えなし。コンクリートだけで。
一秒。二秒。三秒。
落ちない。
五秒。十秒。
落ちない。微動だにしない。
コンクリートの拱門が、自分の力だけで空中に立ってる。
千人の群衆が——爆発した。
「立った!!!」
「立ってる!! 支えなしで立ってるぞ!!」
「何だあれ!! コンクリートが空に浮いてる!!」
「すげえ!!! 親方すげえ!!!」
「ありえねえ!! 石が空を跨いでる!!」
拍手。叫び声。口笛。指笛。地面を踏み鳴らす音。千人分の歓声が王都の空に響き渡った。
アーチの下を、風が吹き抜けた。十五メートルの空間を、風が通り抜けた。何もない空間。上にはコンクリートの弧。その弧が自分の力で——立ってる。
アレクシス王子が歩み寄ってきた。アーチの下に立って、見上げた。
「……これは」
「コンクリートの拱門です。この下を馬車が通れます。百年経っても崩れません」
「百年」
「ああ、この門が立ってる限り、この国が何を成し遂げたか忘れない。ドラゴンに勝ったこと。壁を建てたこと。国が一つになったこと。——全部、この門が覚えてます」
王子が目を閉じた。開けた時、笑ってた。
「棟方殿。あなたは——この国の誰よりも、いいものを残してくれた」
マルタさんが人混みからアーチを見上げてた。
「ムナカタさん……あんた、とんでもないもんを建てたねえ」
「とんでもなくはないですよ。橋と同じ原理だ。でかくしただけ」
「でかくしただけ、って。——あんたがそれを言うから面白いんだよ」
マルタさんが笑った。
カーラがアーチの脚に寄りかかって腕を組んでる。
「ねえ親方。このアーチの上に登れる?」
「登れるが、やめろ」
「いい景色が見えそうなのに」
「門は登るもんじゃねえ。くぐるもんだ」
ガルドがアーチの下に立って、天井を見上げた。
「親方。東街道の橋を思い出すな。あの時も——型枠を外した瞬間、みんな黙っただろ」
「ああ。あの時は——二十人くらいだったな、見物人」
「今日は千人だ」
「千人。——ずいぶん遠くまで来たもんだ」
「橋一本から、国を変えるとこまで来た。——親方が、だ」
「俺だけじゃねえよ。お前も、ルッカも、リルも、エルノも、カーラも。全員でだ」
「……そうだな。全員で」
夕日がアーチを照らしてた。灰色のコンクリートがオレンジ色に染まってる。王都の南門前に、巨大な弧が立ってる。
この門をくぐって、商人が来る。旅人が来る。他国の使節が来る。全員がまず、この門を見上げる。コンクリートの弧が空を切り取ってるのを見て、「この国はすごい」と思う。
いや——「この国は壊れない」と思う。
それでいい。それが一番の記念碑だ。
* * *
夜。竜の湯に入った。
湯に浸かりながら、ガルドが言った。
「親方。次は何を建てるんだ」
「さあな。依頼が来たらやる」
「依頼がなかったら」
「依頼がない日は——風呂に入って、飯食って、コーヒー飲んで寝る」
「最高じゃねえか」
「ああ。最高だ」
勝ち飯を食った。豚肉のカツ。三段の衣。卵とじ。粟飯。
冷えた麦酒で乾杯した。
「門に」
「門に」
いい夜だ。




