親方、王宮を直す
帰還の翌日。王宮で祝賀の宴が開かれた。
正装しろと言われたが正装がない。カーラが市場で買ってきた紺色の上着を着た。前に買ったやつはコンクリートで灰色になったので二着目だ。
「親方、少しはましになったわね」
「ましって何だよ」
「普段が酷すぎるのよ」
王宮の大広間。天井が高い。シャンデリアが何十個もぶら下がってる。壁に金の装飾。床は磨かれた大理石。
来賓がずらりと並んでる。貴族、大臣、将軍、各国の使節。アマディ船長もいる。南方の派手な服で目立ってる。帝国からの使節もいる——ゲルハルト将軍が送ってきた代理人らしい。
アレクシス王子が壇上で挨拶してる。棟方組の功績を称える演説。長い。ガルドが隣で欠伸を噛み殺してる。カーラは酒を先に飲み始めてる。ルッカは緊張して固まってる。エルノは天井の装飾を観察してる。リルは精霊を隠すのに必死だ。王宮の中で精霊を出すのは礼儀的にまずいらしい。
俺は——天井を見てた。
何かおかしい。
シャンデリアの付け根の辺り。天井の漆喰に——線が入ってる。うっすらとした線。ひび割れ。
目を凝らした。一本じゃない。三本。放射状に走ってる。シャンデリアの重みで天井が引っ張られて、ひびが入ってるんだ。
いや——シャンデリアだけじゃない。天井そのものが撓んでる。中央部が周辺部より低い。ほんの数センチだが、俺の目には分かる。
天井を支えてる梁が弱ってる。
竜降ろしの衝撃波だ。王都を大型ドラゴンが通過した時の振動で、天井の梁にダメージが入ったんだ。ハインツは城壁を見てくれたが、王宮の天井までは見てない。
嫌な予感がした。もっとよく見たい。
「エルノ」
「はい!」
「あの天井の中央、何センチ下がってる?」
エルノが目を細めた。数秒。
「約四センチです。周辺部との差が……」
「……四センチか」
四センチの撓み。大広間の天井。幅は十五メートル以上ある。この広さで四センチ撓んでるってことは、梁がかなり弱ってる。
シャンデリアが何十個もぶら下がってる。加えて今夜、天井の下に百人以上の人間がいる。
もし梁が折れたら。天井が落ちたら。
「——殿下」
演説中の王子に声をかけた。無礼だが構ってられない。
「棟方殿? どうした」
「全員、この部屋から出してください。今すぐ」
広間が静まり返った。百人の目が俺に集まった。
「何を言っている、宴の最中だぞ!?」
「天井が落ちます」
シン、と空気が凍った。
「天井の中央が四センチ撓んでます。梁が竜降ろしの振動で損傷してる。シャンデリアの重みと、この部屋の人間の振動で、梁にかかる負荷が限界に近い。——今すぐ出てください」
王子の顔色が変わった。天井を見上げた。素人目には分からない。だが俺が言うなら——
「全員退出! 今すぐこの部屋を出ろ!」
王子が即断してくれた。ありがてえ。こういう時に動ける王族は頼りになる。
百人以上の来賓がざわめきながら広間を出ていく。
「静かに歩け! 走るな! 床を揺らすな!」
俺の声が響いた。走ると振動が増える。振動が増えると天井の梁に追加の力がかかる。
全員が出た。
最後に俺が出ようとした時——背後でミシッ、と音がした。
振り返った。
天井の中央、シャンデリアの付け根から、ひびが一気に走った。
パキパキパキと連続した破裂音。漆喰の破片がぱらぱら落ちてくる。
バキィン!!
梁が折れた。天井の漆喰と木材が、大広間の中央に崩落した。テーブルが潰れた。椅子が砕けた。さっきまで百人が座ってた場所に、天井が降ってきた。
粉塵が舞い上がった。白い煙の中に、折れた梁の断面が見えた。
「……」
広間の外で、全員が固まってた。
今の崩落を見てた。さっきまで自分が座ってた場所に、天井が落ちたのを見てた。
「死ぬところだった……」
誰かが呟いた。
「棟方殿が気づかなかったら——」
「全員あの下にいたのか——」
国王が廊下に立ってた。白い顔で崩落した広間を見てる。
「棟方殿」
「はい」
「……命を救われた。百人分の命を」
「壁を見るのが仕事ですから。天井も壁の一種です」
王が俺を見た。前に謁見した時と同じ目——いや、違う。あの時より深い目だ。
「直せるか。この広間を」
「直せます。——半日ください」
「半日?」
「梁を入れ替えて、天井を張り直す。鉄筋コンクリートの梁にすれば、もう落ちません」
* * *
「ガルド! 丸太と鉄筋持ってこい! ハインツ! コンクリートを練れ! ルッカ! 梁を支える鉄の金具! でかいやつ!」
王宮の庭が突貫工事の現場に変わった。正装のまま上着を脱いで腕まくりした。紺色の上着は一日でコンクリート色になるだろう。
来賓たちが庭から見てる。各国の使節が目を丸くしてる。アマディが興奮して前のめりだ。帝国の使節は呆然としてる。
崩落した天井を撤去した。折れた木の梁を引きずり出す。ガルドが丸太を担いで走り回ってる。正装がぐちゃぐちゃだが気にしてない。
「支保工を入れろ! 天井が追加で落ちねえように支える!」
丸太の支保工で残りの天井を支えた。一番最初の技術だ。井戸を直した時から使ってる。王宮でも同じ。基本は変わらない。
新しい梁を作る。鉄筋コンクリートの梁。ルッカが鉄筋を即座に用意してくれた。常に予備を持ち歩いてるんだ。
型枠を組んだ。コンクリートを流した。火の精霊に硬化を早めてもらった。
三時間後。鉄筋コンクリートの梁が出来上がった。木の梁より重いが、折れない。撓まない。
「梁を上げるぞ! ガルド!」
「おう!」
ガルドが新しい梁を持ち上げた。こいつの怪力がなきゃ、クレーンを持ってこなきゃいけないところだ。
梁を天井の位置に据えた。ルッカの鉄金具で壁に固定。ボルトを締める。
天井板を張り直した。漆喰を塗った。シャンデリアは——三分の一に減らした。重すぎる。残りは壁付けの燭台に替える。
「殿下。何個もシャンデリアをぶら下げるのはやめてください。天井に負担がかかります」
「……分かった。以後気をつける」
王子が素直に頷いた。
五時間後。日が暮れる頃。
「終わりました」
広間に来賓を招き入れた。
天井が新しくなってる。漆喰は塗りたてで少し湿ってるが、梁は鉄筋コンクリート。もう落ちない。
ガルドが天井を見上げて言った。
「親方、あの梁に俺が乗っても大丈夫か」
「乗っても踊っても壊れねえよ」
「よし。——皆さん、安全です! 親方が直した天井は、ドラゴンが乗っても壊れません!」
笑いと拍手が広間に響いた。
宴が再開された。今度は安心して座れる。天井を気にする奴はもういない。
アマディ船長が寄ってきた。
「棟方殿。宴会の最中に天井の崩落を見抜いて、百人を救って、半日で天井を直した。——あなたという人間を、どう形容すればいいか分かりません」
「土方って形容してくれりゃいい」
「もう降参です。あなたには敵いません」
帝国の使節も来た。
「棟方殿。今日の一部始終をゲルハルト将軍に報告します。将軍は……たぶん頭を抱えるでしょう。この男を敵に回さなくてよかったと」
「敵じゃねえっつったろ。壁を作る男が敵になるわけねえ」
使節が苦笑した。
王が杯を掲げた。
「改めて。棟方鉄と棟方組に。——この国を救い、この王宮をも救った男たちに」
「「「棟方殿に!」」」
百人の声が広間に響いた。新しい天井に反響して、前より響きがいい。コンクリートの梁のおかげだ。
カーラが横で杯を傾けながら言った。
「ねえ親方。王様の城を直すって、なかなかできない経験よね」
「できないっつーか、やりたくなかった。祝賀会で天井が落ちるなんて聞いてねえよ」
「でもあんたが気づかなかったら、百人死んでたわよ」
「……まあな」
「だから、偉いのよ。あんたは」
「偉くねえよ。壁を見るのが癖なだけだ」
「その癖が百人を救ったの。——偉いの」
珍しく真顔で言いやがった。こいつに真顔で褒められると、照れる。
「……うるせえ。飯食わせろ」
「はいはい」
勝ち飯が出てきた。王宮の料理人に作り方を教えたらしい。豚肉のカツ。三段の衣。卵とじ。この世界の米に近い穀物の飯に載せてある。
王宮の勝ち飯。一番豪華な勝ち飯だ。
うまい。やっぱり、うまい。
今日は——五杯まで許す。自分に。




