親方、国を繋ぐ
王都に戻った。
北門をくぐった瞬間、街の匂いで安心した。
コンクリートの匂い、市場の飯の匂い、浴場の湯気――俺の街だ。
作業場に荷物を降ろして、コーヒーを淹れた。
自分の豆、自分の椀、自分の水。
やっぱりこれが一番うまい。
だが、ゆっくりしてる暇はない。王宮に向かった。
* * *
アレクシス王子の執務室。
ヴェルトール伯、レンハルト卿、バルクス隊長も同席してる。顔ぶれが豪華だな、こりゃ。
「棟方殿。状況を説明する」
王子が地図を広げた。グラオス山脈の全域に、赤い印がいくつも打ってある。
「北の斥候からの報告だ。山脈の各所で大型ドラゴンの活動が確認されている。現時点で大型が三体。中型のワイバーンが十体以上。過去五十年で最大規模の動きだ」
大型三体。
前回の竜降ろしは一体だった……三倍か。
「原因は分かってるのか?」
「山脈の北側で大規模な地殻変動があったらしい。ドラゴンの巣が崩壊して、住処を追われた個体が南下してきている」
住処が壊れて南に降りてくる。
引っ越しみたいなもんか。
だがドラゴンの引っ越しは、人間にとっちゃ天災だ。
「降下の時期は?」
「斥候の見立てでは、早ければ二週間。遅くとも一ヶ月以内」
「方角は?」
「不明だ。三体が別々の方角に降りてくる可能性がある。王都に来るかもしれないし、東の穀倉地帯かもしれないし、西の要塞方面かもしれない」
三体が別方向に来る……最悪のシナリオだ。
一箇所を守ればいいんじゃねえ、全方位を同時に守らなきゃならねえ。
「俺は一人しかいねえ、三箇所同時には行けねえぞ」
「分かっている。だからこそ——あなたが育てた人材に頼りたい」
王子が地図の上に、青い印を置いた。
王都、フェルゲン村、西部要塞、レーゲン港、穀倉地帯。
「王都の城壁はハインツとダグが守る。フェルゲン村は住民自身が守る——あなたが教えたブロック工法の家が、ワイバーン程度なら耐える。西部要塞はヴォルフ大尉の守備隊。レーゲン港はセドリックが消波ブロックと灯台で船を守る」
俺が建てたもの。俺が教えた技術。俺が育てた人間。全部が地図の上に並んでる。
「穀倉地帯はダムがある。ガルドが現場にいる。ダムは大型ドラゴンの衝撃波にも耐える設計だ」
「では棟方殿は——どこに行く」
地図を見た。全ての拠点に守り手がいる。
だが一箇所だけ、空白がある。
グラオス山脈の南麓。ドラゴンが山から降りてくる通り道。ここに防衛線がない。ドラゴンが山を降りたら、そのまま平地に出てくる。
「ここだ」
山麓を指さした。
「山の麓に防衛壁を建てる。ドラゴンが平地に出る前に、衝撃波を減衰させる。フェルゲン村の防風壁と同じ原理だ。でかい版を山の麓にぶっ建てる」
「山の麓に……何もない場所に、壁を?」
「何もないからこそ、建てる。ドラゴンの進路上に壁があれば、里に届く衝撃波が弱まる。完全には止めらんねえが、半分に減らせれば、各拠点の壁が耐えられる」
王子が黙って考えた。それから頷いた。
「棟方殿が、最前線に立つということか」
「一番やばい場所は俺が行く。後方は任せられる奴がいる。前線を任せられるのは——俺しかいねえ」
「……資材と人員は」
「コンクリートの材料は現地で調達する。人員は五十人。二週間で防衛壁を立てる」
「承知した、全面的に支援させていただく!」
* * *
王宮を出て、作業場に戻った。
リルとカーラだけが一緒だ。ガルドとルッカとエルノは東の運河の現場にいる。
寂しいか——いや、頼もしい。あいつらはあいつらの持ち場を守ってる。俺は俺の持ち場に行く。
出発前に、各地に手紙を書いた。
ガルドへ。
『竜降ろしが来る。でけえのが三体。お前は運河の現場にいろ。ダムを守れ。ダムが壊れたら穀倉地帯が全部流される。——お前なら守れる。信じてる。棟方』
ヴォルフ大尉へ。
『西にもドラゴンが来るかもしれない。要塞で持ちこたえろ。あの壁なら耐える。堀の温泉もドラゴンには効くかもしれん。——冗談だ、気をつけろ。棟方』
セドリックへ。
『港に来る可能性は低いが、念のため消波ブロック帯の裏に船を全部入れろ。灯台に見張りを立てろ。ヨルクに任せて構わねえ。——あの港は壊れねえ。棟方』
フェルゲン村の農夫のおっちゃんへ。
『ワイバーンが来るかもしれない。家に入って窓を閉めろ。お前たちが建てた壁は耐える。もう逃げなくていい。——棟方鉄』
ハインツへ。
『王都の城壁を頼む。北面と東面のドワーフ工法の区間は鉄壁だ。南面と西面の被覆区間にヒビが入ったら、コンクリートで即座に塞げ。やり方は知ってるな。——頼んだぞ。棟方』
全部書き終えて、早馬で各地に送った。
カーラが横で剣の手入れをしてた。
「ねえ親方。手紙、全部短いわね」
「長く書く暇がねえからな」
「でも全部に『信じてる』って書いてるでしょ」
「おい……読むな」
「読んでないわよ。顔見れば分かるわ」
この姐さん、妙に鋭い時がある。
* * *
翌朝。出発の前に、作業場の風呂に入った。最後の風呂になるかもしれん——いや、そんなことはない。戻ってくる。必ず戻ってくる。
風呂から出たら、カーラが待ってた。
「順番」
「……行ってこい」
いつも通りだ。いつも通りがいい。
仕切りの向こうでカーラが湯に浸かりながら言った。
「親方。あたし、壁の上で戦うから。あんたは壁を守って。役割分担さね」
「ああ、いつも通りだ」
「いつも通りね。——帰ってきたら、港の温泉に連れてってよ」
「生きて帰ったらな」
「死なないわよ、あんたは。コンクリートより頑丈なんだから」
コンクリートより頑丈。
褒め言葉なのか何なのか分からんが、悪い気はしない。
リルは精霊たちと話してた。
「みんな準備できた? ——ノームは地盤の監視。水の精霊は水路の管理。サラマンダーはコンクリートの硬化。シルフは高所の安全。いつも通りだよ」
いつも通り。精霊も、人間も、やることは変わらない。
コーヒーを最後の一杯。
「さあ。行くか」
北へ向かう。グラオス山脈の麓へ。ドラゴンの通り道に壁を建てに。
コテを腰に差した。金槌を手に取った。
俺は棟方鉄。四四歳。異世界土方。
これまでで最も苛烈な現場が、待ってる。




