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異世界土方建築無双 ~女神の加護? いらねえよ、俺にはコンクリがある~  作者: ぶらっくそーど
第二部 王国の親方

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親方、型枠を動かす


 基礎の準備が終わった。グラウチングで亀裂を塞いだ岩盤の上に、いよいよコンクリートを打っていく。


 だが——問題がある。


 高さ三十メートル。底面の幅二十メートル。この巨大な台形の壁を、どうやって打つか。


 通常のやり方は、二メートルずつ型枠を組んで打設する。灯台と同じだ。一段打って、固まったら型枠を外して、上にまた型枠を組んで——。


「十五段。型枠を十五回組み直す。一回に三日かかるとして、型枠だけで四十五日。コンクリートの養生も入れたら——」


「半年じゃ終わらねえぞ、親方」


 ガルドが計算した。こいつ、いつの間にか暗算ができるようになってる。


「ああ、普通にやったら終わらない。——だから普通にやらない」


 朝のコーヒーを飲み干して、板の上に図を描いた。


「型枠を動かす」


「……動かす?」


「今まで型枠ってのは、コンクリートが固まったら外して、また別の場所に組み直してた。この手間を省く。型枠を外さずに、上にスライドさせる」


 全員がきょとんとしてる。


「いいか、まず底面に型枠を組む。コンクリートを流す。下の方が固まり始めたら——型枠を外すんじゃなく、そのまま上に持ち上げる。型枠の下からは固まったコンクリートが出てくる。型枠の上からは新しいコンクリートを流し込む。型枠がゆっくり上に動きながら、コンクリートの壁が下から生えてくる」


 少しの間、沈黙が続いた。


 エルノが最初に反応した。


「つまり……型枠は一組しか要らないんですか?」


「そうだ。一組の型枠がずっと上に移動し続ける。壁が伸びるのに合わせて型枠も上がる。組み直しの手間がゼロ」


「ゼロ!」


「組み直しに使ってた四十五日が丸ごと消える。型枠を上げるのは一日数センチずつだから、コンクリートの養生時間とぴったり合う。下が固まる頃には型枠が上に行って、固まった壁が出てくる」


 ガルドが頭を抱えた。


「待ってくれ、型枠をどうやって上に動かすんだ。三十メートル分の壁を作る型枠だぞ。でかいし重い」


「型枠自体は高さ二メートル分しかない。でかくない。こいつを丸太のジャッキで少しずつ持ち上げる。一日に三十センチ。百日で三十メートル」


「百日……三ヶ月ちょいか」


「型枠の組み直しなしで三ヶ月。普通にやったら八ヶ月以上かかる工程が、半分以下に縮まる」


 技術官たちがざわめいた。


「型枠が……上に動くのか!」


「固まったコンクリートの上を型枠が滑っていくのか!?」


「そんな工法、聞いたことがない!」


 聞いたことがなくて当然だ、この世界にはない。


 元の世界でも、ダムや高層ビルの建設にしか使わない特殊工法だ。


「百聞は一見にしかずだ。やって見せる」



    * * *



 型枠を作った。


 ダムの断面に合わせた、高さ二メートルの木の枠。壁の両面を板で挟み込む形だ。


 仕組みは単純。型枠にコンクリートを流して、下が固まったら型枠をロープで少し持ち上げる。固まったコンクリートが型枠の下から顔を出す。空いた上の方に新しいコンクリートを足す。また少し持ち上げる。これの繰り返し。


 型枠を壊して組み直す手間がゼロになる。一組の型枠がずっと上に動き続ける。


「よし。初打設だ」


 型枠にコンクリートを流し込んだ。鉄筋を配置して、ガルドのチームが練ったコンクリートをバケツリレーで運ぶ。農夫たちも手伝ってくれてる。


 一段目が打てた。ここまでは普通の型枠工法と同じ。


 翌朝。コーヒーを飲んでから、型枠を確認した。下部のコンクリートが固まり始めてる。まだ柔らかいが、型枠がなくても自分の形を保てるくらいにはなってる。


「上げるぞ!」


 型枠の上部に結んだロープを、滑車を通してガルドが引いた。


 型枠がわずかに上がった。五センチ。


 型枠の下端から、固まりかけのコンクリートの壁が顔を出した。灰色の、滑らかな表面。


「出てきた……!」


 作業員が目を丸くしてる。


「型枠の下からコンクリートが出てくるぞ!」


「壁が……生えてくるみたいだ」


 そうだ。壁が地面から生えてくるように見える。型枠は少しずつ上がっていく。その下から、完成した壁面が現れる。


「上がった分だけ、上からコンクリートを追加で流せ」


 型枠の上端から新しいコンクリートを足した。下が固まって出てきた分、上に足す。型枠の中には常に二メートル分のコンクリートが入ってて、下から固まり、上から足される。


 これを毎日繰り返す。



    * * *



 三日目。壁の高さ一メートル。


 七日目。二メートル。


 二週間目。四メートル。人の背丈の倍。もう壁の上から川底が見下ろせる。


 農夫たちが毎日見に来てる。壁が伸びるのを見るのが楽しいらしい。


「親方! 昨日より高くなってるぞ!」


「当たり前だ。毎日三十センチずつ伸びてんだから」


「毎日伸びるってすげえな。生きてるみたいだ」


 生きてる。言い得て妙だ。このダムは毎日成長してる。三十センチずつ、確実に。


 一ヶ月目。十メートル。


 ここまで来ると、峡谷の中に灰色の壁がそびえ立ってるのが遠くからでも見える。下流の村から見上げると、谷の間に分厚い壁が入ってるのが分かる。


 そして——変化が起きた。


「親方! 壁の裏側に水が溜まり始めてます!」


 リルの報告。


 ダムの上流側。仮の堰で迂回させてた水が、一部ダムの裏側に漏れ込んで溜まり始めてた。まだ本格的な貯水じゃない。漏れ水が溜まってるだけだ。だが——


 農夫たちが峡谷の上から覗き込んだ。


「水だ、壁の裏に水が溜まってるぞ!」


「あれが湖になるのか。あの水が、うちの畑に来るのか!」


「親方、ほんとに水が溜まるんだな。……ほんとに」


 図面の上の話が、現実になり始めてる。目の前で水が溜まってる。


「ほんとだ、あと二ヶ月で壁が完成する。春の雪解け水が全部ここに溜まって、夏にお前らの畑に届く」


 おっちゃんが、膝から崩れた。


「……ありがてえ。ありがてえよ、親方ぁ!!」


 周りの農夫たちも泣いてる。水が溜まってるのを見ただけで泣いてる。


 この辺りの農村は、何十年も水不足に苦しんできたんだ。春の洪水と夏の干ばつの繰り返し。水はたっぷりあるのに、必要な時に届かない。


 それが——変わる。


「泣くな。まだ完成してねえ。泣くのは水が畑に届いた時にしろ」


「すまねえ……でも嬉しくて……」


 ったく。この現場は泣く奴が多い。


 ……人のことは言えねえけどな。



    * * *



 二ヶ月目。ダムの高さは二十メートルに達した。


 型枠はまだ上がり続けてる。くさびを毎日叩いて、三十センチずつ。作業員たちは もう慣れた。コンクリートを練って、運んで、流して、くさびを叩く。流れ作業が板についてる。


 壁の裏側の水位も上がってきた。上流からの漏れ水だけじゃなく、雨水も溜まり始めてる。小さな湖ができつつある。


「親方、あの湖、魚が泳いでるぞ」


 ガルドが上流を指さした。


「川から上がってきたんだろ。水が深くなれば、もっと大きい魚も住み着く」


「釣りしていいか?」


「仕事が終わってからな」


「おう!」


 こいつ、ダムより魚に興味があるんじゃねえだろうな。


 カーラは壁の上から峡谷を見下ろしてる。


「ねえ親方。この壁の上を歩けるようにしてくれない? 景色がすごくいいのよ」


「ダムの天端は歩けるようにする予定だ。幅五メートルの道にする」


「五メートル! 馬車も通れるじゃない」


「通れる。ダムの上が東西を繋ぐ橋にもなる。今は峡谷を迂回しなきゃ向こう岸に行けないが、ダムが完成すれば真っ直ぐ渡れる」


「ダムが橋にもなるの?」


「一石二鳥だ。壁であり、橋であり、湖であり、水の調節装置でもある。一つのもんが四つの役割を果たす」


 カーラが感心した顔をしてる。この姐さんが感心するのは珍しい。たいてい「ふーん」で終わるのに。


 ルッカは滑車の軸を点検してる。毎日同じ距離を正確に上げるために、ロープの摩耗や滑車の緩みを見てくれてる。


「親方、ロープが一本ほつれかけてます。交換します。滑車の軸も油を差しておきます」


「頼む。——お前が管理してくれてるから、型枠が毎日正確に上がってるんだ」


「当然です。わたしの仕事ですから!」


 さらっと言いやがった。頼もしい。


 エルノが毎日の壁の高さを記録してる。グラフにしてて、右肩上がりの直線がきれいに伸びてる。


「順調です、棟方殿。このペースなら予定通り、あと一ヶ月で三十メートルに届きます!」


「よし。——予定通りってのは、一番気分がいい言葉だな」


「数字が予定通りに並ぶのは、美しいですからね」


 数字が美しい……エルフの感性だな。俺には分からんが、嫌いじゃない。



    * * *



 夜。峡谷の崖の上に腰かけて、ダムを見下ろした。


 月明かりの中、灰色の壁が峡谷を横切ってる。高さ二十メートル。あと十メートル。


 壁の裏側に、黒い水面が光ってる。湖が育ってる。毎日少しずつ水位が上がってる。


 この水が、農夫たちの畑に届く日が来る。子供たちが腹いっぱい飯を食える日が来る。


 あと一ヶ月だ。


 コーヒーを一杯飲んだ。山の夜風が冷たい。星がきれいだ。


「さて。明日も三十センチ伸ばすか」


 毎日三十センチ。地味だ。派手な一発じゃない。だが百日積み重ねたら三十メートルになる。


 土方ってのは、そういう仕事だ。


 一段ずつ。一日ずつ。積み上げていく。

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