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異世界土方建築無双 ~女神の加護? いらねえよ、俺にはコンクリがある~  作者: ぶらっくそーど
第二部 王国の親方

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親方、岩の傷を埋める


 ダム建設の第一歩は、川を退かすことだ。


 流れてる川の中にコンクリートは打てない。固まる前に流されちまう。だから川を一時的に別の道に逃がして、建設予定地を干上がらせる。


「川を迂回させる。峡谷の西側の山裾に、仮の水路を掘って、そっちに水を流す。建設予定地の上流に仮の堰を作って川を塞ぎ、水を仮水路に誘導する」


「川を……動かすのか」


 ガルドが川を見た。今は水量が少ないとはいえ、それでも川だ。ざぶざぶ流れてる。


「動かすんじゃねえ、迂回路(うかいろ)を作るだけだ。ダムが完成したら元に戻す」


 仮水路の掘削にガルドのチームを投入した。地元の農夫たちも手伝ってくれた。水が来るなら、何でも手伝うって勢いだ。気合が違うな。


 山裾を百五十メートルにわたって溝を掘り、コンクリートで内壁を固めた。勾配をつけて、水が自然に流れるようにする。南区画の排水路とやってることは同じだ。規模がでかいだけ。


 上流に仮の堰を築いた。丸太と石とコンクリートで川を塞ぐ。水が仮水路に流れ込み始めた。


 半日かけて、建設予定地の水が引いた。川底が露出した。濡れた岩盤がぬるぬると光ってる。


「よし。ここからが本番だ」



    * * *



 川底の岩盤を掃除する。泥と砂利と苔を全部取り除いて、素の岩肌を出す。コンクリートは岩盤に直接くっつかないと意味がない。間に泥が挟まってたら、そこが弱点になる。


 作業員たちが総出で川底をゴシゴシ磨いてる。金属のヘラで苔を削り、水で洗い流す。地味な作業だが大事な仕事だ。


 岩肌が出てきた。灰色の花崗岩。硬くて緻密で、いい岩だ。ダムの基礎にはうってつけ——


「親方さん!」


 リルの声は緊張してた。


「ノームが……怯えてます。この岩盤の中に、何かあるって」


「何かって、何だ?」


「大きな……割れ目。岩の中を走ってる割れ目が、すごく深いって」


 背筋が冷えた。


「場所を教えてくれ。正確にだ」


 リルが精霊と交信しながら川底を歩いた。立ち止まった場所は——ダムの中央部分だ。壁を立てる予定地のど真ん中。


「ここです。地表には見えませんけど、岩盤の中に亀裂が走ってます。幅は……手を入れるくらい。深さは——十メートル以上」


 十メートル以上の亀裂。ダムの真下に。


 これは——まずい。


 岩盤に亀裂があると、ダムの底から水が漏れる。何万トンもの水圧がかかる場所で水漏れが起きたら、亀裂がどんどん広がって、最悪の場合ダム自体が崩壊する。


「ルッカ。この辺りの岩を叩いてみてくれ」


 ルッカがノミで岩盤を叩いた。コンコン。コンコン。——ポコ。


「ここ。音が軽い。中が空いてます」


 やっぱりだ。表面は一枚岩に見えるが、中に隙間がある。


 王宮の技術官が顔を青くした。


「棟方殿……これは建設地を変更すべきでは。この亀裂の上にダムなんか作ったら——」


「変更しない」


「しかし——!」


「変更したら半年遅れる。農夫たちがもう一度冬を越すのに、水がない。——変更はしねえ、亀裂を塞ぐ」


「塞ぐ? 十メートルの亀裂を!?」


「ああ!」



    * * *



 方法はある。


 元の世界じゃ「グラウチング」って呼ばれる技術だ。岩盤にドリルで穴を開けて、セメントミルク——水で薄く溶いたセメントを圧力をかけて注入する。セメントが亀裂に入り込んで、固まって、亀裂を塞ぐ。


 だがこの世界にドリルはねえし、圧力ポンプもねえ。


 ないなら作る。ないからって諦めるのは、『土方』じゃねえ。


「ルッカ、鉄の管を作ってくれ! 直径三センチ、長さ二メートル、先端を尖らせて。十本だ!」


「はい!!」


「ガルド。でかい木槌を用意しろ。杭打ち用のやつだ!」


「おう!!」


 鉄の管を岩盤の亀裂の真上に立てて、木槌で叩き込む。火割りで表面を弱くしてから打つ。硬い花崗岩でも、鉄の管の先端は食い込んでいく。


 一メートル。一メートル半。二メートル——管の先端が亀裂に到達した。ガスッ、と手応えが変わった。空間に突き当たった感触。


「届いた。亀裂に繋がったぞ!」


 管の上端から、水で溶いたセメントミルクを流し込む。薄い灰色の液体が管を通って、岩盤の中に消えていく。


 だが、重力だけじゃ足りねえ。亀裂の奥まで届かない。


「圧力がいるな。——ルッカ、この管の中にぴったりはまる木の棒を削ってくれ。押し棒だ!」


「押し棒?」


「でかい注射器だと思え。管の中にセメントを入れて、上から棒で押す。棒が押した分だけ、セメントが亀裂の奥に押し出される!」


 ルッカがすぐに丸太を削って、管の内径にぴったり合う棒を作ってくれた。先端に革を巻いて隙間を塞ぐ。即席のピストンだ。


「ガルド。この棒を管に突っ込んで、木槌で叩き込め。全力でだ!」


「おう! こういうのは得意だ!」


 管にセメントミルクを流し込んでから、押し棒を差し込む。ガルドが木槌で押し棒の頭を叩いた。


 ドスン!


 押し棒が沈む。管の中のセメントミルクが、圧力で亀裂の奥に押し込まれていく。


「効いてるぞ! ノームが言ってます。灰色の液体が亀裂の中を広がっていってるって!」


 リルが叫んだ。


「もっと押せ! 全部埋まるまで!」


 ガルドが木槌を振り下ろし続ける。


 ドスン、ドスン、ドスン!!


 STR:Sの全力打撃が押し棒を通じてセメントに伝わって、亀裂の隅々まで浸透していく。


 一本目の管が飽和した。


 押し棒が動かなくなった、もう入らない。この位置の亀裂は埋まった。


「次。隣に二本目を打つ」


 同じ手順を繰り返した。管を打ち込んで、セメントを流して、押し棒で叩き込む。


 二本目。三本目。四本目。


 十本の管を、亀裂に沿って等間隔に打ち込んだ。全部にセメントミルクを注入した。


「リル、亀裂の状態は?」


「ノームが確認してます。——亀裂の中が全部灰色になってるって。空間がなくなったって。岩と岩の間がセメントで満たされてて、もう隙間がないって!」


「全部、塞がったか?」


「はい。ノームが驚いてます! 亀裂が消えたって、岩盤が一枚の塊に戻ったみたいだって」


 一枚の塊に戻った。亀裂があった場所にセメントが入り込んで、岩と一体化した。天然の岩盤より、セメントで補修した岩盤の方が均質で隙間がない。


「弱点が——消えた」


 技術官が呟いた。


「亀裂があった場所が、もう大丈夫になったのか……」


「セメントが岩の隙間を全部埋めた。もう水は通さない。この上にダムを建てても、一滴も漏れない」


 技術官たちが顔を見合わせた。


「……棟方殿。あなたはまた弱みを強みに変えた」


「好きでやってるわけじゃねえよ。弱点があったから塞いだだけだ」


「それを『だけ』と言えるのが、あなたです」


 大げさだ。だが——まあ、うまくいったのは確かだ。



    * * *



 夜。焚き火の前で勝ち飯を作った。


 今回は川魚のカツだ。峡谷の上流で獲れた山女(やまめ)みたいな魚に衣をつけて揚げた。骨まで食える小ぶりな魚で、カリカリに揚がって香ばしい。卵でとじる代わりに、地元の農夫がくれた山菜を添えた。


 ガルドが三皿食った。


「親方、山の魚もうまいな。海とは違う味だ」


「川魚は泥臭いのが多いが、こいつは上流の清流にいたから臭みがない。うまい魚は水がきれいな証拠だ」


「このダムができたら、湖にも魚がいるのかな」


「いるだろうな。湖の魚ってのは大きくなるから、もっとうまいかもしれんぞ」


「マジか。早く作ろうぜダム!」


 動機が不純だが、士気が高いのはいいことだ。


 カーラが仕切りのない焚き火の横で米酒を飲んでる。山の中だから仕切り壁はない。風呂もまだ作ってない。


「ねえ親方。この峡谷に温泉はないの」


「ないだろ。ここは火山帯じゃないからな」


「つまんない」


「お前の旅の基準は温泉かよ」


「温泉と魚と酒があれば、どこでも天国よ」


 ある意味、正しい人生観だ。


 エルノが亀裂の補修記録をまとめてる。グラウチングの手順を詳細に書き出してくれてる。


「棟方殿。このグラウチングという技術、他のダム建設でも使えますね。岩盤に亀裂がある場所は珍しくないでしょうから」


「たぶん、今後ダムを作るたびに必要になる。マニュアルにしておいてくれ」


「——棟方殿の技術は、一つ一つが『初めて』ですね。毎回、この世界にないものを生み出してる」


「俺の故郷にはあるんだよ。俺はそれを思い出してるだけだ。発明じゃない、移植だ」


「移植でも、この今にとっては発明と同じです」


 ……まあ、そう言われると否定はできねえが。


 焚き火が爆ぜた。火の粉が夜空に舞い上がる。


 さて……いよいよこの崖の間に、三十メートルの壁を立てる。


 亀裂は塞いだ。基礎は固まった。明日からコンクリートを打つ。


「さて。明日から山場だ。——ガルド、コーヒー豆の在庫は?」


「まだ四袋ある」


「よし、足りるな!」


「足りるかは工期次第だろ」


「……追加を頼んでおくか」


 コーヒーが切れたら現場が止まる、冗談じゃなく本気で。


 朝の一杯がなかったら、俺のエンジンがかからない。


 四四歳の身体は、コーヒーで動いてるようなもんだ。

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