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異世界土方建築無双 ~女神の加護? いらねえよ、俺にはコンクリがある~  作者: ぶらっくそーど
第二部 王国の親方

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親方、谷を歩く


 王都から東へ四日。


 穀倉地帯を抜けて、丘陵地帯に入った。緑の畑が広がってる——はずなのだが、緑が薄い。


 黄色く枯れかけてる畑があちこちにある。


「親方、畑がやばくねえか?」


「水が足りてねえんだろうなぁ」


 街道沿いの村で馬車を止めて、農夫に訊いた。


「この辺り、雨が少ないのか?」


「春先にどばっと降って、それっきりです。夏場は川が干上がって、畑に水を引けなくなります。今年はもう三週間、まともに降ってません」


 農夫の顔が土色だ。


 日焼けじゃない、疲労と不安でまともに眠れてない顔色だ。


「毎年こうなのか?」


「はい。春は水が多すぎて洪水になって、夏は少なすぎて干ばつ。ちょうどいい時がないんです」


 春に多くて夏に少ない。雨の量は年間で見れば足りてるかもしれないが、時期が偏ってる。


 降る時に一気に降って、全部流れ去って、必要な時に残ってない。


 これだ。ダムが必要な理由は、これだ。


「おっちゃん。来年の夏は、畑に水が届くようにする」


「……へ?」


「川の上流にでかい壁を作って、春の水を溜めておく。夏になったら少しずつ流す。一年中、畑に水が届くようになる」


 農夫がぽかんとした。


「壁で……水を溜める?」


「ああ。——信じてくれ。俺は『土方』だ。水の流れを変えるのは得意なんだ」


 農夫は半信半疑の顔だったが、「王宮から来た人ですか」と訊いてきたから、『王国建築総監』だと答えたら、急に表情が変わった。


「あんたが棟方殿! 王都の城壁を直した……フェルゲン村を建てた、あの!?」


 噂は穀倉地帯にも届いてるらしい。


「あんたなら本当にやってくれるかもしれねえ! 頼みます……親方。このままじゃこの辺りの村は全部枯れちまう!」


 農夫が頭を下げた。後ろから別の農夫が出てきて、また頭を下げた。そのまた後ろから。気がついたら十人以上が頭を下げてた。


「……顔を上げてくれよ、やるから。ただし時間はかかる。半年は見てくれ」


「半年! 半年で水が来るなら、何年でも待ちます!」


 半年と言ったら何年でもって返ってきた。それだけ切羽詰まってんのか。



    * * *



 ミュール峡谷に着いた。


 川が山から流れ出て、峡谷を削って穀倉地帯に注いでる。今は水量が少なくて、川底の石がごろごろ見えてる。春にはここが満水になって、下流で氾濫するらしい。


 峡谷の入口に立って、見上げた。


 両岸の崖が切り立ってる。高さは三十メートル以上。幅は——狭い場所で五十メートル、広い場所で百メートルくらい。


「でけえな……」


 ガルドが崖を見上げて唸ってる。


「これを塞ぐのか、親方」


「ああ、一番狭い場所を見つけて、そこに壁を立てる。狭ければ狭いほど、壁が短くて済む」


 峡谷を歩いた。全員で。


 朝のコーヒーを水筒に入れて、飲みながら歩く。川沿いの岩場を、足を滑らせないように進む。エルノが測量器具を担いで付いてくる。リルが精霊と話しながら地盤を調べてくれてる。


 三十分ほど歩いたところで、峡谷がぐっと狭まった。


 両岸の崖が迫り出して、川幅が三十メートルまで縮まってる。崖の高さは四十メートル。ほぼ垂直の岩壁が左右にそびえてる。


「ここだ」


「ここ?」


「幅三十メートル。ここに壁を立てる。両岸の岩壁にアンカーで接続すれば、壁は峡谷と一体化する。水圧を岩壁に逃がせる」


 リルに精霊で岩盤を調べてもらった。


「ノームが言ってます。両側の岩、硬いです。花崗岩。亀裂もほとんどないって。西の要塞の岩盤と同じくらい硬いって!」


「上々だ。硬い岩盤がダムの土台になる。——エルノ、ここの断面を測量してくれ。崖の高さ、川幅、川底の形状。全部」


「はい。——崖の高さ、左岸四十二メートル、右岸三十八メートル。川幅、最狭部三十・四メートル。川底は——V字型で、最深部は現在の水面から二メートル下です!」


 即答。こいつの測量はもう俺より正確だ。


「高さ三十メートルのダムを作る。川底から堤頂まで三十メートル。幅は三十メートル。裏側——上流側に水が溜まって、湖ができる」


「三十メートルの壁……!?」


 ガルドが声を失ってる。城壁は八メートルだった。要塞も八メートルだった。灯台は二十メートルだった。三十メートルは——全部を超える。


「おそらく、この世界で一番でけえ建物になるな」


「はい、なります。……怖いですか?」


「怖えよ。でも、わくわくする方がでけえ」


 いい答えだ。


 カーラが峡谷を見回して言った。


「ねえ親方。ここにダムを作ったら、上流は全部水に沈むのよね」


「ああ。上流に数キロの湖ができる。春の雨水を全部ここに溜めて、夏に少しずつ放流する」


「すごい規模ね。——湖に魚はいる?」


「いるだろうな」


「釣りしたいわね」


「仕事しろ」



    * * *



 峡谷の調査を二日かけてやった。


 エルノが峡谷全域の地形図を作成。リルの精霊が岩盤の状態を走査。ルッカが岩の質を手触りと舌で鑑定した。舐めるのは相変わらずだ。


「親方、この岩は上質の花崗岩です。砕けばコンクリートの骨材に使えます。わざわざよそから石を持ってくる必要がありません!」


「現地調達か。助かる。運搬コストがゼロだ」


「石灰岩の露頭も上流に見つけました。セメント用の石灰も現地で焼けます!」


 材料が全部現地にある。理想的だ。


 三日目の夜。焚き火の前で設計図を描いた。


 ダムの断面。下が太くて上が細い台形。重力式(じゅうりょくしき)コンクリートダム。自分の重さで水を支える構造だ。水が壁を押す力に対して、コンクリートの重さで踏ん張る。


「これがダムの断面です!」


 全員に見せた。峡谷に残ってた王宮の技術官も数人いる。


「底面の幅が二十メートル。頂部の幅が五メートル。高さ三十メートル。この台形の壁が、何万トンもの水を支えます」


「何万トン……!?」


 技術官の一人が呟いた。顔が青い。


「大丈夫ですか、それ。水の力は——」


「水圧は深さに比例する。底面が一番強い圧力を受けるから、底が一番太い。上に行くほど圧力が減るから、壁も薄くなる。力に合わせて壁の厚さを変えてある。無駄がない」


「無駄がない……」


「ダムってのは力の計算が全てだ。水がどれだけ押すか、コンクリートがどれだけ踏ん張るか。この二つが釣り合えば、壁は立つ。釣り合わなきゃ倒れる。——計算は合ってるから安心しろ」


「計算は——エルノ殿が?」


「ああ、こいつの計算は信用していい。精霊の声は聞こえないが、数字の声が聞こえる男だ」


 技術官たちが図面を食い入るように見てる。


 この世界にダムの概念はない。


 川は流れるもの、溜めるものじゃない——そういう常識の中で育ってきた連中だ。川を塞ぐって発想自体が、こいつらにとっては天地がひっくり返る話だろう。


「質問があるなら何でも訊け。出し惜しみはしねえぞ!」


「な、ならお言葉に甘えて……!」


 それから質問攻めにあった、二時間。


 技術的な質問から「本当にできるのか!?」って感情的な質問まで、全部に答えた。


 最後に技術官の長が言った。


「棟方殿……正直に申し上げます。我々はこのダムという構造物の概念を、理解はしました。ですが——想像が追いつきません」


「追いつかなくていい。想像は完成した時に現物を見ればいい。今は手を動かす段階だ」


「……その自信は、どこから来るのですか?」


「二十五年の経験。それと、元の世界にはこれよりでかいダムがいくらでもある。できると分かってるもんを作るのに、不安はねえよ」



    * * *



 四日目の朝。


 下流の村から農夫たちが見に来てた。噂を聞いて集まったらしい。五十人以上。


 峡谷の入口に立って、俺が描いた完成予想図を見せた。板に炭で描いた絵だ。


 下手くそだが、ダムの形と湖の広がりは分かる。


「ここにダムを作る。春の水を溜めて、夏に流す。灌漑用の水路を穀倉地帯まで引く。畑が枯れなくなる」


 農夫たちが黙って聞いてる。


「工期は半年。夏の終わりには完成させる。来年の春から溜水を始めて、来年の夏には畑に水が届く」


 沈黙。


 それから——拍手が起きた。


 最初は一人。


 農夫のおばちゃんだ。


 パン、パンと手を叩いた。


 隣のおっちゃんが続いた。


 その隣も。


 五十人の拍手が峡谷に響いた。岩壁に反射して、何倍にもなって返ってくる。


「親方! 頼みます!」


「畑に水をください!!」


「子供たちに、ちゃんとした飯を食わせてやりてえんです!!」


 泣いてる奴がいる。笑ってる奴もいる。


 まだ何も建ててない。図面を見せただけだ。


 それでもこの反応……どんだけ水に飢えてたんだ。


「……任せろ。必ず水を届ける!」


 言い切った。


 言い切ったからには——やるしかねえ。


 峡谷を見上げた。


 三十メートルの崖が両側にそびえてる。


 ここに、この世界で一番でかい壁を立てる。


「ガルド」


「おう!」


「コーヒーをもう一杯くれ。——ここからが本番だ!」


「おう。濃いめでいいか」


「濃いめで頼む」


 苦いコーヒーを飲んだ。腹に力が入った。


 さあ。谷を塞ぐぞ。

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