親方、海の街を開く
レーゲン港の改修が完了した。
工期三ヶ月。当初の見積もり通り。消波ブロック、灯台、杭基礎の桟橋六本、コンクリート倉庫五棟、ドライドック一基、クレーン十台、防錆コーティング済みの鉄金具。全部揃った。
そして今日は——お披露目だ。
朝のコーヒーを飲みながら港を見た。桟橋に旗が立ってる。セドリックが張り切って飾り付けたらしい。漁師の嫁さんたちが広場に屋台を出してる。焼き魚の匂いが朝からすごい。腹が鳴った。
「親方、今日は式典でしょ。もうちょっとマシな服着たら?」
カーラが俺のコンクリートまみれの上着を見て言った。
「またその話か。王宮に行った時にも言われたな」
「あの時の茶色の上着は?」
「コンクリートの染みで灰色になった」
「……新しいの買いなさいよ」
面倒くせえが、港町の布屋で一枚買った。紺色の上着。海の町っぽい色だ。ルッカが「似合います、親方」と言ってくれた。ガルドは「ふーん」しか言わなかった。何だその反応。
* * *
昼前。沖に帆影が見えた。
一隻じゃない。五隻、十隻——十五隻。大小さまざまな船が、灯台を目指して集まってくる。
「何だありゃ。船団か?」
「式典に合わせて各国に招待状を出しました」
セドリックがにこにこしてる。いつの間にそんな手配を。商人の行動力は相変わらずすさまじい。
アマディの南方商船がいる。隣国の商船もいる。見たことのない旗の船もいる。東の島国の船だとセドリックが教えてくれた。
十五隻が次々と港に入ってきた。
消波ブロックの内側に入ると、波が消える。灯台の光は昼間は消してあるが、塔自体がでかいから目印になる。
桟橋に順番に着岸していく。クレーンの腕木がずらりと並んで、船ごとに荷揚げの準備が整ってる。ヨルクが手際よく各クレーンの操作員に指示を出してる。あいつ、すっかり荷揚げ班の頭になってる。
十五隻が全て着岸するまで、二時間。
「二時間で十五隻の同時係留。以前なら三隻でも半日かかりました」
セドリックの声が震えてる。感動してるのか、商売の計算をしてるのか、たぶん両方だ。
最後に入港してきたのは、ひときわ立派な船だった。レグニカ王国の紋章が帆に描いてある。
王家の船だ。
甲板から降りてきたのは——アレクシス王子。
「棟方殿! 久しぶりだな!」
「殿下。わざわざ船で来なくてもよぉ」
「海から入港してみたかったのだ。灯台の光を見て、消波ブロックを越えて、この港に入る体験を。——素晴らしい。報告書で読むのと、体験するのでは全く違う」
王子が桟橋に降り立って、足元のコンクリートを踏んだ。
「案内してくれ。全部見たい!」
* * *
俺が直接案内した。王子と随行の役人が五人。セドリックも同行。
まず消波ブロック。
桟橋の端から、ブロック帯を見下ろした。灰色の四本足の塊が、海の中にごろごろと積み重なってる。
「あの不思議な形の塊が、嵐の波を砕くのだな」
「はい。先月の大嵐で、四メートルの波を一メートル以下に減衰させました。船の被害はゼロです」
「ゼロ。——以前は」
「この港では、嵐のたびに数隻の船が沈んでいたそうです」
王子が隣の役人を見た。役人が慌ててメモを取ってる。
灯台。
螺旋階段を登って、てっぺんの光室に入った。ルッカの曲面鏡が鈍く光ってる。
「この鏡で光を集めて、海に向かって放つんですか?」
「はい。夜間に三十キロ先から視認できます。先月、この光を追って迷子の漁船が帰ってきました」
「命を救う建築……か」
「建築は全部そうですよ。壁は人を風から守るし、屋根は雨から守るし、灯台は闇から守る。守るのが、建築の仕事です」
王子が窓から海を見た。十五隻の船が並んでる港。コンクリートの桟橋。動き回るクレーン。活気のある市場。
「三ヶ月前、ここはどんな港だった」
「桟橋は腐って、倉庫は崩れかけて、船は三隻しかいませんでした」
「それが今は、十五隻……しかも、『国際船団』だ」
王子が黙って港を眺めた。長い沈黙の後、振り返った。
「棟方殿。あなたは王都の城壁を直し、フェルゲン村を再建し、国境に要塞を建て、この港を生き返らせた。たった一年で、だ」
「一年と少し、ですね」
「この一年で、この国の地図が変わった。——次は、どこに?」
「ダムを作ろうと思ってます。東部の穀倉地帯に灌漑用のダム。運河で王都と港を繋げば、物流が劇的に変わる」
「ダム。——あなたの話を聞いていると、何でもできる気がしてくるから怖いな」
「何でもはできませんよ。コンクリートと鉄筋で作れるもんだけです」
「この国のほぼ全てが、コンクリートと鉄筋で変わるではないか」
ううむ……案外、否定できなかった。
* * *
午後。港の広場で式典が行われた。
王子の挨拶。セドリックの報告。各国の商人の祝辞。俺は端っこに立ってた。壇上に上がれと言われたが断った。
だが最後に、セドリックが俺を名指しした。
「この港を生まれ変わらせた男、棟方鉄殿に、港を代表して感謝を申し上げます。——親方、一言だけ」
クソぅ、逃げ場がなくなった。
壇上に上がった。
港中の人間が見てる。
漁師、商人、作業員、船員。各国の客もいる。
五百人以上だ。
「……棟方鉄です。『土方』です」
笑いが起きた。もう「ドカタ」がこの港でも通じるようになったらしい。
「俺がやったのは、杭を打って、コンクリートを流して、変な形の石を海に放り込んだだけです。この港を動かしてるのは、ここにいる皆さんだ。漁師が魚を捕って、商人が物を運んで、作業員が荷を揚げて。俺は器を作っただけです。中身を満たしてるのは、あんたらだ」
拍手が起きた。
最初はぱらぱらと。
すぐにどんどん大きくなった。
「親方!!」
「親方ーーー!!」
「ありがとう、親方!!」
「今の俺たちがいるのは、全部親方のおかげだぁ!!」
五百人分の声が港に響いた。
……くすぐってえ。
壇上から降りたら、ガルドが待ってた。
「親方、スピーチうまくなったな」
「うるせえ。二度とやりたくねえよ」
「でも、いい顔してたぞ」
「どんな顔だよ?」
「嬉しそうな顔」
「……うるせえって」
カーラが横からにやにやしてる。リルが拍手してる。ルッカが小さく「かっこよかったです」と言った。エルノが「棟方殿のスピーチ、記録しておきました」とノートを見せてきた。いらねえよ、そんな記録。
* * *
夜。最後の宴。
港の広場に長テーブルが並んで、漁師も商人も船員も、みんなで飯を食ってる。銀尾鯛の刺身、海老の塩焼き、蟹の蒸し物。冷やした米酒。南方の果実酒。
勝ち飯も作った。
今回は魚のカツだ。
白身魚に三段の衣をつけて揚げて、卵でとじた。魚のカツ丼もどき。
ガルドが三皿食った。カーラが四皿食った。新記録だ。
老漁師が隣に来た。
「親方。明日、発つんだってな」
「ああ、次の現場がある」
「寂しくなるな。——でもこの港は大丈夫だ。あんたが作ってくれた港は、壊れない。嵐が来ても、船は沈まない!」
「ああ、消波ブロックとクレーンの保守はセドリックに任せてある。ヨルクがクレーンを見る。困ったことがあったら、王都に手紙をよこしてくれ」
「手紙なんか出さねえよ。自分でなんとかする。——あんたにそう教わったからな」
爺さんが笑った。
いい言葉だ。自分でなんとかする。俺が教えたのは技術じゃなく、それだ。
夜。灯台に登った。一人で。
てっぺんから海を見下ろした。港の灯りが水面に映ってる。十五隻の船のマストが月明かりに光ってる。広場から笑い声が聞こえてくる。
三ヶ月前、ここは死にかけた港だった。
今は——生きてる。
灯台の光が回ってる。
ぐるり、ぐるり。
暗い海に光の帯を投げかけてる。
この光を見て、どこかの船が「あそこに港がある」と思ってくれてる。
嵐の夜に、霧の朝に。
帰る場所がある、って教えてくれる光。
俺が建てた灯台が、誰かを帰してくれてる。
……もう十分だ。この港は大丈夫だ。
階段を降りた。
「さて。明日は出発だ。——次は川だな」
海の次は川。ダム。運河。王国の血管を作る仕事。
でかい仕事が待ってる。
だが今夜は——もう一杯だけ。この港で最後の酒を。
「ガルド。最後の一杯だ」
「おう。……親方」
「なんだ」
「いい港だったな」
「ああ、いい港だった」
杯を合わせた。
悪くねえ。
土方ってのは、全然悪くねえ。
いつもご愛読いただきありがとうございます!
親方の物語はまだまだ続きます。
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