親方、船を迎える
レーゲン港に来て二ヶ月。
港が変わった。朝のコーヒーを飲みながら桟橋を見ると、船が十隻以上繋がれてる。二ヶ月前は三、四隻がいいところだった。消波ブロックと灯台の噂が広がって、近隣の港から船が流れてきてる。
嬉しい悲鳴ってやつだ。だが、嬉しいだけじゃ済まない問題が出てきた。
「棟方殿。また修理待ちの船が増えまして」
セドリックが困った顔で報告に来た。
「修理?」
「長い航海で船底に貝や海草がこびり付いた船が、船底掃除をしたがってるんです。それと、嵐で船底に傷ができた船が二隻。でも、この港には船底を修理する設備がなく……」
船底の修理。船を水から引き揚げないと、船底には触れない。普通は砂浜に引きずり上げるんだが、大きい船だとそれが難しい。無理に引っ張ると船体が歪む。
「この港に渠を作る」
「ドック?」
「船を丸ごと中に入れて、水を抜いて、船底を露出させる施設だ。水がなくなれば船底の修理も掃除もやりたい放題だ」
「水を抜く? どうやって!?」
「そいつは、潮が教えてくれる」
* * *
干満差一メートル。レーゲン港の潮の満ち引きだ。
満潮の時に海面が一メートル上がって、干潮で一メートル下がる。この差を利用する。
港の東側に入江がある。三方を岩に囲まれた、幅十五メートル、奥行き三十メートルの小さな窪み。ここを改造してドックにする。
仕組みはこうだ。入江の口に水門を付ける。満潮の時に水門を開けて、船を中に入れる。水門を閉じる。干潮になると、入江の中の水位が下がる——が、水門が閉まってるから外の海と同じようには下がらない。
じゃあ水はどうやって抜くか。水門の下に排水口を設けて、干潮時に栓を抜く。入江の水が外に流れ出て、水位が下がる。船底が露出する。
「潮の力で水を入れて、潮の力で水を抜く。動力はゼロだ。自然がやってくれる」
エルノが目を輝かせた。
「満潮と干潮の水位差を利用するんですね。排水口の位置を干潮時の水面以下に設ければ、水は勝手に外に流れる……と」
「その通りだ、計算してくれ。排水口の高さと径を」
「はい、入江の容積が……排水に必要な時間は干潮時間の六時間以内……排水口の径は——三十センチで足ります」
即答。こいつの計算速度は本当に化け物だ。
水門の建造はルッカに任せた。コンクリートの門柱と、鉄の扉。
「ルッカ、この水門は海水に浸かりっぱなしだ。錆止めは万全にしてくれ!」
「松脂コーティングの上に、錫合金の板を貼ります。二重防御なら十年は持ちます!」
「それで頼む!」
入江の底面と側面をコンクリートで固めた。船が載る場所には木のブロックを並べて、船底が直接コンクリートに当たらないようにする。
一週間でドックが完成した。
* * *
完成した翌日。試す間もなく、本番が来やがった。
「緊急です! 南から船が一隻、傾きながらこっちに向かってます!」
見張りの報告。
港の外に目を凝らすと、中型の交易船がゆっくりこっちに近づいてきた。右に大きく傾いてる。マストが斜めだ。甲板で船員たちが水を掻き出してる。浸水してる。
「船底に穴が開いてやがる!」
カーラが桟橋から見て言った。さすが、目がいい。
船が港に入ってきた。消波ブロックの内側で、なんとか桟橋に寄せた。船長が飛び降りてきた。ずぶ濡れだ。
「助けてくれ! 岩礁にぶつかって船底に穴が開いた! 水が止まらない! このままじゃ沈む!」
桟橋に寄せてるが、浸水が止まらない。このままだと港の中で沈む。かといって砂浜に引き上げようにも、浸水した船は重すぎて動かせない。
「ドックに入れろ!」
セドリックが振り返った。
「ドック!? まだ試運転もしてませんよね!?」
「今が試運転だ。——満潮まであと何分だ!」
「三十分です!」
「間に合う。水門を開けろ。船をドックに誘導しろ!」
水門が開いた。入江に海水が流れ込む。満潮で水位が上がり、入江の中が海と同じ高さになった。
「船を入れろ! ゆっくりだ!」
ガルドと漁師たちがロープで船を引っ張って、入江の中に誘導した。傾いた船がゆっくりとドックに入っていく。
「入った! 水門を閉めろ!」
ルッカが水門の鉄の扉を閉じた。ドックと外の海が遮断された。
「次。排水口の栓を抜け」
排水口の栓を引き抜いた。ドックの底から、水が外に流れ始めた。干潮に向かって海面が下がってるから、ドックの水は勝手に外に出ていく。
水位がじわじわ下がっていく。船が少しずつ沈んでいく——いや、水が減ってるだけだ。船は木のブロックの上に降りていく。
一時間後。水がほぼ全部抜けた。
船が木のブロックの上に座ってる。船底が完全に露出してる。
右舷の船底に、でかい穴が開いてた。拳二つ分くらいの穴。ここから水が入ってたんだ。
「見えた。穴はここだ。——セドリック、板と槌と釘を持ってこい。防水用の填隙材もだ」
「はい!」
船大工が駆けつけてきた。穴を板で塞ぎ、防水の詰め物を押し込んで、釘で固定する。船底の修理は船大工の仕事だ。俺は場所を提供しただけ。
三十分で穴が塞がった。
「よし。水を入れろ!」
排水口を塞いで、水門を少しだけ開けた。海水がドックに流れ込む。次の満潮を待って、水位が上がっていく。船が浮き始めた。
浸水は——ない。穴は完全に塞がってる。
水門を全開にした。船がゆっくりとドックから出てきた。もう傾いてない。真っ直ぐ浮いてる。
桟橋で見てた住民たちが沸いた。
「浮いた! 真っ直ぐだ!」
「あの沈みかけてた船が——!」
「ドックに入れて水を抜いて、直して、また浮かべた!」
「何だあの施設! すげえぞ!?」
船長が桟橋に降りてきた。まだ震えてる。
「助かった……船と、積荷と、乗組員の命が助かった。あんたがいなけりゃ、この船は港の底に沈んでた」
「俺がやったのは水を抜いただけだ。直したのは船大工だ」
「水を抜くだけ? あんなことができる港がどこにある! いや——あんなことを思いつく人間がどこにいるんだ!?」
船長が俺の手を握って離さなかった。ぶるぶる震える手だ。船が沈むかもしれないって恐怖と、助かったって安堵が、まだ混じってる。
「……あんたの港に入れてよかった。灯台の光が見えた時、ここなら助かると思ったんだ!」
灯台が呼んで、消波ブロックが守って、ドックが救った。
自分で作ったもんで誰かの命が救われるのなら、土方冥利に尽きるってもんだ。
「セドリック」
「はい!」
「このドック、今後は有料で貸し出せ。船底修理と掃除のサービスも始めろ。需要はあるはずだ」
「実は……すでに五隻からも予約が入ってます」
「仕事が早いな、あんたも」
「へへっ、商人ですから」
セドリックがにやりと笑った。こいつ、フェルマンと同じ匂いがする。商売の嗅覚が鋭い男だ。
* * *
夜。港の酒場。
助かった船の船長が、乗組員全員で宴会を開いてた。俺たちも招待された。
銀尾鯛の塩焼き、大海老の姿焼き、貝の酒蒸し。冷やした酒。
船長が立ち上がって、杯を掲げた。
「親方に乾杯! この港を作った男に! 俺たちの船と命を救ってくれた男に!」
「「「親方にーーー!!!」」」
二十人の船員の声が酒場に響いた。
……くすぐってえな。
「親方、照れてるだろ」
「照れてねえ」
「耳赤いぞ」
「……うるせえ、ガルド」
杯を空けた。
窓の外で、灯台の光が回ってる。ドックの水門がしっかり閉まってる。消波ブロックの向こうで、波が静かに砕けてる。
いい港になった。
あと少し仕上げたら、ここは王都に負けない設備を持つ港になる。
もう一杯だけ飲んで、寝よう。明日も仕事だ。




