親方、錆と戦う
灯台ができて一週間。
夜ごとに光が回って、船を呼んでる。噂を聞いた交易船が、ぽつぽつと入港するようになった。消波ブロックで波が静かな港、杭基礎で安定した桟橋、灯台の光。三拍子揃った港はこの海域にここだけらしく、遠方の船まで寄るようになった。
ある朝。
港の見張りが叫んだ。
「南方より大型船接近! でかい、見たことねえサイズだ!」
全員が港に出た。
水平線の上に、でかい影が見えた。帆が何枚も立ってる。近づいてくるにつれて、そのとんでもないサイズが分かってきた。レーゲン港にいる漁船の十倍はある。
「ありゃ何だ?」
「南方大陸の交易船だ――『大ガレオン級』。この海域には滅多に来ねえ!」
セドリックが目を見張ってる。
交易船が港の沖合に停泊した。小舟が降ろされて、船長らしい男が乗ってきた。浅黒い肌に、派手な服。南方の商人だ。
「私はアマディ。南方アシュラント王国の交易商です。灯台の光を見て参りました。この港に停泊させていただきたいのですが」
「もちろんだ。——ただし」
セドリックが言いにくそうに続けた。
「あの船のサイズだと、うちの桟橋では係留できません。水深も足りないかと」
アマディ船長が困った顔をした。
「そうですか。では、別の港を——」
「待て」
俺は思わず口を挟んだ。
「あの船が接岸するには、水深何メートルいる?」
「満載時の喫水が三メートルです。水深四メートルは必要かと……」
「今の桟橋の前は満潮時で四メートル。干潮だと三メートルを切る。——沖に出れば五メートルはある。そこに、桟橋を延長する」
セドリックが振り向いた。
「延長って、どのくらいで……」
「三日」
「さ、三日!?」
「杭基礎の桟橋は手順が確立してる。杭を打って、板を渡して、コンクリートの天板を載せる。大型船が着けるだけの幅と強度は——やれる」
アマディ船長が目を丸くした。
「三日で桟橋を作るのですか。我々の国では半年かかりますが」
「あんたの国にはコンクリートがねえからだ。——セドリック、杭の在庫は?」
「ガルドさんが毎日打ってくれてたので、百本以上のストックがあります!」
「足りる。——ガルド!」
「おう!」
「聞いてたな。三日で桟橋を沖に延ばす。でかい船が着けるやつを。できるか」
「親方が『やる』つったら『できるか』じゃなくて『やる』だろ。——やるぞ!」
いつの間にかガルドが、俺みたいなことを言うようになったな。
成長したのか、俺に毒されたのか。
* * *
突貫工事開始。
初日。杭打ち。既存の桟橋の先端から沖に向かって、五十メートルの延長。杭を二メートル間隔で二列、合計五十本。
ガルドが先頭に立って杭を打つ。ドスン、ドスン、ドスン。海水が跳ねる。潮を被びながら、でかい木槌を振り下ろし続ける。漁師たちも手伝って、二列目を同時に打っていく。
干潮を狙って作業する。水が浅い時間帯に杭を打って、満潮になったら引き上げる。潮との勝負だ。
初日の夕方。五十本中三十五本完了。
二日目。朝。残りの杭を打つ。
ここで問題が出た。
昨日打った杭の頭を確認すると、鉄の金具——杭同士を繋ぐ留め金——が、もう赤く錆び始めてた。
一日で錆びた。海水の塩分が鉄をあっという間に腐食してる。
「……まずいな」
桟橋の金具が錆びて朽ちたら、杭がバラバラになる。コンクリートの天板が落ちる。せっかく作った桟橋が数ヶ月で崩壊する。
鉄筋コンクリートの鉄筋も同じだ。コンクリートの中に埋まってれば多少は守られるが、海水が染み込んだら鉄筋が膨張して、コンクリートを中から壊す。
塩と鉄の戦い。海の建築の最大の敵だ。
「ルッカ!」
「はい、親方。見ました、この錆……一日でここまで進むのは異常です。海の塩は山の水より何倍も鉄を食います」
「対策はあるか?」
ルッカが錆びた金具を手に取って、しばらく睨んでた。
「……あります。じいちゃんの知恵です!」
「聞かせろ」
「ドワーフの海沿いの鍛冶場では、鉄を打った後に松脂と獣脂を混ぜたもんを塗り込んでたって聞きました。脂の膜が鉄と水の間に入って、錆を防ぐ。それと——鉄に錫を少し混ぜると、錆びにくくなります」
「錫を混ぜる――『合金』か」
「はい、純鉄より少し柔らかくなりますが、海の仕事なら強度より耐食性の方が大事です!」
ドワーフの冶金知識。またしてもルッカの家系の知恵が活きる。
「すぐ作れるか!」
「松脂と獣脂のコーティングなら今日中に。錫入りの合金は、鍛冶場に戻れば半日で!」
「コーティングを先にやれ。今ある金具に全部塗れ。合金の金具は後から交換する!」
「はい、親方!」
ルッカが走った。港の周辺で松脂を集めて、獣脂と混ぜて、黒い粘っこい液体を作った。こいつを金具に塗り込んでいく。鉄の表面に黒い膜ができる。
塗った金具を海水に浸けて、半日置いた。引き上げると——錆びてない。黒い膜が鉄を守ってる。
「効いてる。まったく錆びてない!」
「松脂が海水を弾いてるんです。脂は水と混じらないから」
セドリックが見に来て叫んだ。
「嘘だろ! この港じゃ鉄物は一ヶ月で真っ赤に錆びるのが常識だぞ! それを、黒いもんを塗っただけで!?」
「塗っただけだ。だがこの黒いもんを塗るかどうかで、鉄の寿命が十倍変わる」
「十倍……!?」
「港の鉄物、全部にこれを塗れ。鎖も錨も金具も全部だ。錆びて使い物にならなくなる前にな!」
セドリックが港の鍛冶屋に走っていった。コーティング剤の作り方を教えに行くんだろう。
* * *
三日目。桟橋が完成した。
杭基礎の上にコンクリートの天板を載せた、幅四メートル、長さ五十メートルの延長桟橋。突端の水深は五メートル以上。大型船が余裕で着ける。
全ての金具にルッカの松脂コーティングが施してある。黒光りする鉄が、海水に負けない。
「アマディ船長。桟橋ができた。着けてくれ!」
沖に停泊してた大ガレオン船が、ゆっくりと港に入ってきた。消波ブロックの内側を通って、灯台の光に導かれて、新しい桟橋に近づいてくる。
でかい。近くで見ると圧倒される。漁船が子供に見える。帆柱が空を突いてる。
船が桟橋に横付けになった。ロープが投げられ、杭に巻きつけられた。
桟橋が——びくともしない。大型船の重量を、杭基礎がしっかり受け止めてる。
アマディ船長が渡り板を降りてきた。桟橋のコンクリートの天板を踏んで、感嘆した。
「三日でこれを作ったのですか……信じられない。我々の国に、ぜひこの技術を持ち帰りたい!」
「持ち帰ってくれ、作り方は教える。出し惜しみはしねえ」
「なっ!? ……あなたは、本気で言っているのですか?」
「本気だ。港が良くなれば、あんたの船が安全に停まれる場所が増える。商人にとっちゃ悪い話じゃねえだろ」
アマディが気さくに笑った。
「素晴らしい。では、我々からもお礼を。——積荷を降ろせ!」
船から荷が降ろされ始めた。南方の香辛料。染料。絹。宝石。この海域では手に入らない品々が、次々と桟橋に並んでいく。
港の商人たちが目の色を変えた。
「南方の香辛料だぞ! こんなもん、この港で見たのは初めてだ!」
「絹! 本物の絹だ!」
セドリックが涙目だ。
「棟方殿……この港に大ガレオン船が着いたのは、港の歴史で初めてです。初めてなんです」
「最初の一隻だ。これからもっと来る。灯台があって、波が静かで、大型船が着ける。商人がこの港を選ばない理由がねえ」
セドリックが深々と頭を下げた。
港の住民が集まってきた。船を見上げて、荷を見て、歓声を上げてる。
「親方、すげえ!」
「なんだって、こんなことを……」
「あんたこそ、俺たちの救世主だ!!」
また始まった。
ったく、この声は何回聞いてもくすぐってえ。
* * *
夜。港の酒場で祝いの飯。
アマディ船長が南方の酒を振る舞ってくれた。果実を発酵させた甘い酒。俺は米酒の方が好きだが、こいつもまあ悪くねえ。
ガルドが南方の香辛料をかけた焼き魚を食って悶絶してる。
「辛っっっ! 何だこれ! 口が火事だ!」
「それ香辛料だぞ。かけすぎだ」
「水! 水くれ!」
カーラが平然と食ってる。「私は辛いの好きなの」だそうだ。この姐さん、胃袋も鉄か。
ルッカが錫の入った試作合金をいじりながら飯を食ってる。
「親方、錫入りの合金、いい感じにできそうです。明日から金具を順次交換します!」
「頼む。コーティングと合金の二重防御で、塩害は抑えられるはずだ」
「はい。海の鉄は、山の鉄とは別物ですね。勉強になります!」
鍛冶師が海で学ぶ。山のドワーフが海の鉄を知る。
新しい場所に来ると、新しい課題がある。
課題があると、成長がある。
エルノが港の拡張計画図を広げて、アマディ船長に見せてる。
「この先、大型船用の桟橋をあと三本増設する予定です。停泊可能な船数は——」
「こちらの商会に報告しましょう。この港を定期航路に組み込めるかもしれない」
定期航路。レーゲン港が国際貿易の拠点になる。半年前はぼろぼろの桟橋しかなかった港が。
窓の外に灯台の光が回ってる。消波ブロックの向こうに、大ガレオン船の影が浮かんでる。
いい港になったな。
この港の仕事は、まだ続く。だが形は見えてきた。杭基礎、消波ブロック、灯台、防錆コーティング。海の建築の基本が揃った。あとは量を増やしていくだけだ。
「さて。明日は何をやるかな」
「まだやるのか、親方」
「当たり前だ。桟橋はあと三本いるし、倉庫も足りねえし、港の道路もコンクリートで敷き直したいし——」
「……一生終わんねえな」
「土方ってのはそういう仕事だ」
冷えた麦酒を最後の一杯。
明日も、仕事だ。




