親方、灯台を建てる
嵐の翌週。
レーゲン港の名前が一気に広まった。「あの嵐で船が一隻も沈まなかった港」。近隣の港から商人や漁師が視察に来て、消波ブロックを見て驚いて帰っていく。中には「うちの港にも作ってくれ!」と頼みに来る奴もいた。
港の改修は順調だ。杭基礎の桟橋が三本完成。コンクリートの倉庫が二棟建った。セドリックが「この港は生まれ変わった!」と毎日言ってる。
だが、問題がまだある。
「棟方殿。昨夜、入港しようとした交易船が座礁しました!」
セドリックが朝一番で報告に来た。
「座礁?」
「夜間に港の入口が見えず、岩礁に乗り上げたそうです。船は大破。乗員は救助しましたが……」
夜間の入港。暗い海で、港の位置が分からない。消波ブロックのおかげで港の中は安全になったが、そこにたどり着けなきゃ意味がない。
「セドリック、この港には灯台がないのか」
「灯台?」
「夜に光を出して、船に港の位置を教える塔だ」
「……ありません。篝火を焚くことはありますが、風が強いと消えます」
篝火じゃダメだ。風で消える灯りは、嵐の夜に一番必要な時に役に立たない。
でかい塔を建てて、消えない光を灯す。それが灯台だ。
「作る」
「何をです?」
「灯台。この港に」
「……えぇっ!?」
* * *
灯台の設計。
高さは二十メートル。この世界の建物で一番高いのは王宮の塔で十五メートルくらいだから、それを超える。高ければ高いほど、遠くから光が見える。
「二十メートルのコンクリートの塔を建てるのか。それって……この世界でかなり高い建物じゃないか」
ガルドが上を見上げるふりをした。
「ああ、そうなるな」
「やべえな」
「やべえのはこれからだ」
高い塔を建てるには、下が太くて上が細い形にする。円錐形——いや、円筒を少しずつ細くしていく形。根元の直径は四メートル。てっぺんは二メートル。
問題は、二十メートルの高さにどうやってコンクリートを打つか。
足場だ。
元の世界なら鉄パイプの足場を組む。この世界にゃ鉄パイプはないが、丸太と板で足場は組める。四メートルくらいまでなら、今までもやってきた。だが二十メートルとなると、足場自体が巨大な構造物になる。
「足場を先に作るんじゃなく、塔を一段ずつ積み上げるたびに、足場も一段ずつ上げていく。塔が自分の足場になるんだ」
「自分の足場?」
「下の段が固まったら、その上に型枠を組んで次の段を打つ。足場は常に最上段の周りにだけ組めばいい。塔が高くなるにつれて、足場も一緒に上がっていく」
エルノが即座にノートに図を描いた。
「なるほど。塔自体が作業台になるわけですか。下から順に固めていけば、常に足元が安定してる」
「そうだ。高所作業の恐怖を減らすコツでもある。自分が建てた壁の上に立ってる限り、壁が自分を支えてくれる。自分の仕事を信じろ」
風の精霊が張り切ってる。高所作業は風の精霊の独壇場だ。
「シルフが言ってます。高いところ、大好きだって」
「頼もしいな。——リル、上に行くほど風が強くなる。型枠が飛ばされないようにシルフに押さえてもらってくれ」
「はい!」
* * *
建設開始。
基礎は杭基礎。岬の先端の岩場に杭を打ち、コンクリートの土台を据えた。
一段目。高さ二メートル。円筒形の型枠を組んで、鉄筋を配置して、コンクリートを打つ。二日で固まる。型枠を外すと、灰色の円筒が岬に立った。
二段目。一段目の上に型枠を組む。少し径を細くする。コンクリートを打つ。二日で固まる。外すと高さ四メートル。
三段目。六メートル。
四段目。八メートル。
この辺りから、地上から見上げるとかなりの高さだ。港の建物の屋根より高い。作業員が上で型枠を組んでるのが、下から見えて心配になる。だが風の精霊が常に上空にいて、万が一の落下を防いでくれてる。
五段目。十メートル。ここまで来ると、塔の上から港全体が見渡せる。
「おーい親方ー! 上からの景色すげえぞー!」
ガルドが塔の上から叫んでる。うるせえ。仕事しろ。
六段目。十二メートル。七段目。十四メートル。
毎日、塔が二メートルずつ伸びていく。港の住民が毎朝見に来て「また高くなってる」と騒ぐ。子供たちが「今日はどこまで伸びた?」と数えてる。
八段目。十六メートル。九段目。十八メートル。
十段目——二十メートル。
「届いた」
岬の先端に、灰色の塔がそびえ立った。
高さ二十メートル。この世界で一番高い建造物。根元は太く、上に行くほど細くなる。てっぺんに、光を置く部屋がある。ルッカが鍛冶で作った鉄の枠組みに、ガラスの窓をはめ込んだ。風が入らず、光が外に出る部屋。
中は螺旋階段。壁の中に組み込んだコンクリートの段を、ぐるぐる登っていく。
てっぺんに登った。
海が見えた。
水平線が、一段目で見た時よりずっと遠い。二十メートルの高さから見る海は、地上とは別世界だ。どこまでも青い水面が広がってる。
「……」
言葉が出なかった。この世界に来て、一番でかいもんを見た気がした。
「親方、どうした。黙ってるぞ」
「……いや。景色がいいなと思って」
「親方が景色で黙るの、珍しいな」
「うるせえ」
* * *
灯台の心臓部。光だ。
篝火じゃ風で消える。この世界に電気はない。だが——精霊がいる。
「リル。火の精霊に、安定した炎を出し続けてもらうことはできるか」
「サラマンダーに訊いてみます。——やれるそうです。ただ、ずっと燃え続けるのは疲れるから、交代が要るって」
「交代。——火の精霊が何体かいれば回せるのか」
「この港町にも火の精霊はいるそうです。サラマンダーが呼んできてくれるって」
精霊のシフト制。まさか灯台の運用に精霊の交代勤務を組むことになるとは。
だが、炎だけじゃ光が弱い。遠くまで届かない。
「ルッカ」
「はい、親方」
「鏡を作ってくれ。鉄じゃなく、できるだけ光を反射する金属で。曲面の鏡だ。炎の後ろに置いて、光を海の方に集める」
「曲面……お椀みたいな形ですか」
「そうだ。お椀の底に炎を置けば、光が全部前に飛ぶ。ばらばらの光が、一本の太い光線になる」
ルッカが目を輝かせた。
「やります。銅と錫の合金なら、磨けばかなり光ります。お椀の曲面を叩き出すのは……腕が鳴ります!」
三日後。ルッカが鏡を持ってきた。直径六十センチの曲面鏡。磨き上げた表面が、太陽を映してまぶしいくらいに光ってる。
「親方、試しに光を当ててみてください」
炎の後ろに鏡を置いた。
光が集まった。ぼんやりした炎の光が、鏡に反射して、一方向に強く飛んだ。壁に映った光の円が、くっきりと明るい。
「これを塔のてっぺんに据える」
灯台の光室に、火の精霊の炎とルッカの曲面鏡を設置した。
夜を待った。
* * *
日が暮れた。
港の住民が岬に集まってきた。噂を聞いたのか、百人以上。
「灯台に火を入れる」
リルが精霊に合図した。
塔のてっぺんで、炎が灯った。
曲面鏡が光を集めて、海に向かって放った。
一筋の光が、夜の海を切り裂いた。
暗い水面の上を、金色の光の帯がまっすぐ伸びていく。どこまでも、どこまでも。水平線の向こうまで届くんじゃないかってくらいの、強い光。
港の住民が息を呑んだ。
「光が……海の上を走ってる……!」
「あんな遠くまで届くのか!?」
「きれいだ……」
きれいだ。確かにきれいだ。だがこれは飾りじゃない。あの光を見た船は、ここに港があると分かる。暗い海で迷っても、あの光を目指せば帰ってこられる。
灯台ってのは、そういうもんだ。
光が回り始めた。ルッカが作った回転台に鏡を載せてある。ゆっくり回すことで、光が全方向を照らす。一周十秒。光の帯が夜の海をぐるりと撫でていく。
その時——沖の暗闇の中に、小さな影が見えた。
船だ。
「船が来るぞ! 沖から!」
カーラが叫んだ。目がいいやつだ。
小さな漁船が、灯台の光を追うように港に向かってきた。ゆっくりと、だが真っ直ぐに。
港の入口を通って、消波ブロックの裏側に入って、桟橋に近づいてくる。
桟橋で、女が立っていた。子供を二人連れてる。
「あれは——ホルストの船だ!」
セドリックが叫んだ。
「ホルストは三日前に漁に出て戻ってこなかった! 嵐に巻き込まれたと思って——」
船が桟橋に着いた。ぼろぼろの漁船から、痩せた男がふらふらと降りてきた。
女が走った。子供が走った。男に抱きついた。
「あなた! あなた!」
「おとうちゃん!」
男が妻と子供を抱きしめた。ぼろぼろの声で言った。
「光が見えたんだ……暗い海で、どっちに行けばいいか分からなくて……そしたら光が見えた。あの光を追ったら、港に着いた」
灯台の光が、迷子の船を連れ帰った。
桟橋が静かになった。百人以上がいるのに、誰も声を出さない。泣いてる奴が何人もいる。
「……」
俺も何も言えなかった。
コンクリートの塔と、鉄の鏡と、精霊の炎。それだけのもんだ。大した材料じゃない。だが——人を帰してくれた。
セドリックが俺の横に来て、何も言わずに頭を下げた。深く、長く。
言葉は要らなかった。
灯台の光がぐるりと回って、夜の海を照らしてる。
あの光がある限り、この港で迷う船はいない。嵐の夜でも、霧の朝でも、あの光が「ここに港がある。帰ってこい」と呼んでくれる。
「……よし」
振り返って言った。
「飯にするか」
「……親方、いいのか? この灯台を作ったのは、親方なのに」
「だから、感謝されにいけってか? バカを言え、そんな水くさいことできるか」
「でもよ、誰がやったかは知っておくべきじゃねえか」
「『土方』ってのは、裏方なんだよ。出しゃばる必要はねえ。むしろ……見ろ。帰ってこれて良かったって泣いてるんだ。……あの嬉し涙が見れただけで、満足ってもんよ」
「そうか……ああ、そうだな、親方」
ガルドが嬉しそうな顔で笑った。リルが泣きながら笑った。ルッカが鏡の調整をまだやってる。エルノが灯台の構造データを書き込んでる。カーラが「あたし、先に飯頼んでるから」と走っていった。
灯台が光ってる。
俺が建てたもんが、人を帰してくれた。
土方の仕事としちゃあ、上出来だ。




