親方、領主と交渉する
上町の屋敷ってのは、下町とは別世界だ。
石造りの壁、磨かれた大理石の床、天井には魔石のシャンデリア。廊下にでかい絵画が何枚も掛かっていて、鎧を着た兵士が突っ立っている。
場違いもいいところだ。煤だらけの作業着で来るんじゃなかった。いや、着替えなんかねえんだが。
隣を歩くガルドも似たようなもんで、獣人の大男が貴族の屋敷をきょろきょろ見回している。護衛どころか完全にお上りさんだ。貫録を出せと言った俺が悪かった。
応接間に通されると、一人の男が待っていた。
五十がらみ。痩せた体つきに、きっちり整えた白髪交じりの髭。着ているものは上等だが、派手さはない。目つきは鋭い。商人のような目だ。貴族というより、経営者に近い印象を受けた。
「棟方鉄か……話は聞いている。私がヴェルトール伯だ」
「お初にお目にかかります。下町で日雇いをやってる棟方です」
貴族相手の口の利き方なんざ知らん。とりあえず丁寧に喋っておけば、怒られることはないだろう。
「昨夜の火事の件、見事だったと聞いた。建物を壊して延焼を止めたそうだな」
「結果的に六棟失いました。褒められた話じゃありません」
「二十棟を失うところを六棟で済ませた、と私は聞いている。——だが、今日呼んだのはその話ではない」
ほう。
ヴェルトール伯は窓の方を見た。ちょうど窓の上の天井に、大きな水染みが広がっている。
「恥ずかしい話だが、この屋敷の雨漏りが止まらん。もう二年になる」
雨漏り……。
「お抱えの石工に何度も直させたが、雨が降るたびに漏る。壁も天井も傷み始めている。昨夜の火事の件で棟方殿の腕前を聞き、もしやと思って声をかけた次第だ」
つまり火事の判断力に惚れたんじゃなくて、雨漏りを直してほしかったと。正直で結構だ。
「見せてもらっていいですか。屋根を」
「好きにしてもらって構わん」
* * *
屋根に上がった。
ヴェルトール伯の屋敷は三階建ての石造りで、屋根は粘板岩のスレート葺きだ。こっちの世界の上等な建物はだいたいこの形式らしい。石の薄板を鱗みたいに重ねて雨を弾く仕組みで、原理自体は悪くない。
だが——屋根の上を歩いた瞬間、原因が分かった。
「ガルド、水筒の水をここに垂らしてみろ」
「ああ? ……こうか?」
ガルドが屋根の中央に水を垂らす。水は——壁側に流れた。
……やっぱりな。
「勾配が逆だ」
「コウバイ?」
「傾きだよ。屋根ってのは外側に向かって傾いてなきゃいけねえ。雨水を外に流すためだ。ところがこの屋根は壁側に向かって傾いてる。雨が降ると水が壁に向かって流れて、壁と屋根の隙間から中に入る。これが雨漏りの原因だ」
石工が何度塞いでも直らなかった理由がこれだ。漏ってる箇所を塞いだって、水が壁側に流れ続ける限り別の隙間から漏る。モグラ叩きだ。穴を塞ぐんじゃなく、水の流れ自体を変えなきゃ意味がない。
じゃあなんで勾配が逆になったのか。屋根のスレートをよく見ると、中央部分が沈んでいる。経年で梁が撓んだんだろう。建てた当初は正しい勾配だったのが、年月が経って中央が下がり、水の流れが変わった。
「直し方は二つある。一つは梁を持ち上げて勾配を戻す。ただしこれは屋根を一回全部剥がすから大掛かりだ。もう一つは——」
俺は屋根の端を見た。何もない。水が流れ落ちるまま、壁を伝って地面に落ちている。
「雨樋を付ける」
「アマドイ?」
「屋根の端に溝を付けて、水を集めて決まった場所に流す仕組みだ。勾配が少々おかしくても、壁に水が当たる前に樋で受けてやれば雨漏りは止まる」
この世界に雨樋の概念がないのは、最初に下町を歩いた時から気づいていた。どの建物も屋根の水を垂れ流しにしている。日本なら当たり前に付いてる部品が、ここにはない。
屋根の一部のスレートを組み替えて、壁側への水の流れを最小限にする。その上で、竹に似た中空の植物——こっちでは筒草と呼ばれてるらしい——を縦に割って、屋根の端に沿わせる。即席の雨樋だ。
筒草の樋を、ゆるい勾配を付けて屋根の端に固定していく。水は樋に集まり、樋を伝って端まで流れ、壁から離れた場所に落ちる。壁を濡らさない。
ガルドに筒草の切り出しを手伝わせて、半日で作業が終わった。
「水を流して確認しますんで、誰か下に行って壁の内側を見ててくれませんか」
使用人が中に入り、俺が屋根に水を撒いた。
しばらくして、下から声が上がった。
「漏ってません! 一滴も漏ってません!」
* * *
応接間に戻ると、ヴェルトール伯の顔つきが変わっていた。
「二年だ。二年間、何人もの石工に直させて止まらなかった雨漏りが……半日か!」
「原因が分かれば大した作業じゃありませんよ。穴を塞いでた石工さんの気持ちも分かりますがね、水の流れを見てなかっただけです」
伯の後ろに、一人の男が立っていた。がっしりした体格に、分厚い手。石工だ。こいつが今まで雨漏り修繕を担当していたんだろう。
グリュンドと名乗ったその男は、一言も発しなかった。ただ、俺を見る目が冷たかった。
二年かけて直せなかったものを、よそ者に半日で直された。面白くないのは分かる。だが俺はこの男の面子を潰すために来たわけじゃない。雨漏りを直しに来ただけだ。
ヴェルトール伯が本題を切り出した。
「棟方殿、専属で雇いたい! 報酬は応相談。屋敷だけでなく、領内の建築全般を任せたい!!」
来た。こうなると思ってた。
「申し訳ねえが、それは断ります」
「なにっ……理由を聞いても!?」
「俺は誰かの下で動くのが性に合わねえんです。現場は自分で選びたい。やり方も自分で決めたい。専属になったら、伯のお望みの順番でしか仕事ができなくなる」
ヴェルトール伯は黙った。怒るかと思ったが、意外にも口元が緩んだ。
「ははっ……職人というのは、どこの世界でも頑固だな」
「……その代わりと言っちゃなんですが、一つお願いがあります」
「なんだ? なんでも聞こう!」
「下町の空き地を一つ、俺に自由に使わせてください。作業場を建てたい。そこを拠点にして、領内の依頼も受けます。伯からの依頼も、他の仕事の合間にはなりますが受ける。ただし束縛はなしです」
伯が考え込んだ。
「専属は断るが、依頼は受ける。その条件が空き地一つ、か」
「なにせ、土地を買う金がねえもんで」
「……ふっ。いいだろう。南六区画の空き地を使え。三年前の『竜降ろし』で焼けたまま放置されている場所がある。どうせ手つかずだ、好きに使うがいい」
竜降ろし……ドラゴン災害か。三年前に焼けたまま放置されてるってことは、復興が追いついてねえんだな。
「ありがとうございます。きっちり使わせてもらいます」
伯の屋敷を出た。
グリュンドが廊下の奥からこっちを見ていたのに気づいたが、構わず通り過ぎた。あの手の反感は、今どうこうしても仕方がねえ。仕事で示すしかない。
* * *
南六区画の空き地に、ガルドと二人で立った。
広い。だが荒れ放題だ。焼け焦げた木材の残骸、雑草、瓦礫。三年間放置された跡がそのまま残っている。
「……ここに作業場を建てるのか、親方」
「ああ」
「本当にここに建つのか?」
「建つ。俺が建てるんだからな」
後ろから足音がして、振り向くとリルが立っていた。息を切らしている。走ってきたらしい。
「あの……聞きました。ここに作業場を建てるって。私もここに通っていいですか? 精霊たちが、あなたの仕事をもっと見たいって」
「好きにしろ。ただし現場では、俺の指示に従え」
「は、はい!」
ガルドが腕を組んで空き地を見渡している。リルの足元で土精霊がふわふわ光っている。
二人と一匹か。いや、精霊を匹で数えていいのか分からんが。
「さて」
煤だらけの作業着の袖をまくった。
「まずはここに、まともな作業小屋を建てるか」
棟方組、創業初日。社員二名、精霊一匹。
前途多難——ってほどでもない。日本で最初に工務店を開いた時も、こんなもんだった。
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