親方、作業小屋を建てる
朝一番。南六区画の空き地に立つ。
改めて見ると、ひでえもんだ。焼け焦げた木材が転がり、雑草がそこら中から生えている。地面は凸凹で、瓦礫が半分土に埋まっている。三年間放置された土地ってのは、こうなるのか。
「親方、本当にここに建つのか……?」
ガルドが三回目の同じ質問をした。
「建つっつってんだろ。まずは片付けからだ。草を刈れ、瓦礫を端に寄せろ。使えそうな石は分けとけ。基礎に使う」
「おう、分かった」
ガルドが草をむしり始める。こいつの力で草を引っ張ると、根っこごとごそっと抜ける。効率はいいが、穴だらけになるのが問題だ。まあ、あとで埋めりゃいい。
俺はその間に地面を踏んで回る。足の裏の感覚で地盤を確かめる作業だ。どこが硬くてどこが柔らかいか。水が溜まりやすい場所はどこか。これは機械じゃ分からない。二十五年やってきた足の裏が教えてくれる。
「ここは硬い。ここは少し柔らかい。……この辺は地中に大きい石が埋まってるな、足裏にゴツっと来る」
と言ったところで、足元の土精霊がぴょこんと跳ねた。地面に潜って、しばらくしてから戻ってくる。
リルが通訳してくれた。
「大きな岩が二つ埋まってるそうです。深さはこのくらい……」
リルが手で示した高さは、だいたい膝の深さ。掘り出すか、避けて基礎を打つか。
「場所を教えてくれ」
精霊がふわふわ移動して、地面の二箇所で光った。なるほど、ちょうど建物を建てたい場所の端にかかってる。掘り出すのは手間だが、逆にこの岩を基礎の一部として利用できるかもしれない。
「……便利だな、お前」
精霊が嬉しそうに跳ねた。地中の探査ができるとか、元の世界なら何百万もする地盤調査の機械が要る仕事だぞ。それをこいつは一瞬でやりやがる。
まあ、機械の代わりに精霊。異世界ならではだ。悪くない。
* * *
整地が終わったら、縄張りに入る。
建物を建てる位置を地面に描く作業だ。元の世界なら測量機器を使うが、ここにはそんなもんはない。代わりに、水糸を使う。
杭を四本打って、杭の間に糸をピンと張る。これが建物の外周線になる。
ガルドが首を傾げている。
「糸を張るだけで何が分かるんだ?」
「見てろ。——この糸は、真っ直ぐ水平に張ってある。ここを基準にして高さを測れば、地面のどこが高くてどこが低いかが一目で分かる」
糸から地面までの距離を何箇所か測って、ガルドに数字を読ませた。
「ここが二十三、ここが二十七、ここが……二十一」
「つまり、こっちの角が六センチ低い。この差を基礎で吸収する」
「……糸一本でそんなことまで分かるのか」
ガルドが、本気で感動していた。
大げさだと思うだろうが、「水平を取る」って概念がこの世界にはないんだ。建物は目分量で建てる。だから傾く。傾くから壁が割れる。マルタさんの長屋と同じだ。
水糸一本で、その全部が解決する。
「いいか、建物ってのは基礎が全てだ。ここで一寸狂うと、上に行くほどズレが広がる。焦るな。基礎に一番時間をかけろ」
「……はい、親方」
素直な返事。こいつは筋がいい。不器用だが、言ったことをちゃんと聞く。
* * *
基礎工事。
掘り出した岩の上面を平らに均して、基礎石の一部にした。精霊の探査がなかったら、この岩を掘り当てるまでに半日は余計にかかっていただろう。残りの部分には割栗石を敷き詰めて突き固め、その上に石灰モルタルで平らな基礎面を作る。
前にやった工程と同じだが、今回は規模が違う。作業小屋一棟分。縦八メートル、横五メートル。一人で住む家ならもっと小さくていいが、これは作業場だ。木材を置く場所、工具を並べる棚、作業台——それだけのスペースが要る。
基礎ができたら、土台と柱だ。
ここで俺の本領を見せる。
木材を加工して、ほぞを切った。ほぞってのは、木材の端っこを凸型に削って、相手の木材に空けた凹型の穴にはめ込む接合方法だ。日本の伝統建築の基本で、釘を一本も使わずに木と木を組み合わせられる。
ノミと金槌で、慎重にほぞを刻んでいく。これは力じゃなく、精度の仕事だ。一ミリ狂えば噛み合わない。元の世界のDEX——いや、ステータスなんかどうでもいいが、二十五年の手が覚えてる。
柱と土台をほぞで組む。かちり、と音がして、木材同士がぴったり噛み合った。
「ガルド、この柱を支えてろ。離すなよ」
「おう」
二本目の柱を組む。三本目。四本目。梁を渡す。桁を載せる。
骨組みが立ち上がっていく。
気づくと、周りに人が集まっていた。下町の住民が十人、二十人と増えていく。
「おい見ろ、釘を使ってねえぞ!」
「木と木が組み合ってる……あれ、どうなってんだ!?」
「引っ張っても抜けねえのか!?」
見物人の大工らしい男が、組み上がった柱と梁の接合部をじっと見つめて、首をひねっていた。
「釘なしで木が組み合うなんて……どういう仕組みだ、これ!?」
「ほぞ組みだよ。凸と凹を噛み合わせてる。釘で留めるより強い。木材が乾いて縮むと、むしろ接合部がきつくなるから、年を経るほど頑丈になる」
大工の男が絶句している。
まあ、この世界の木造建築は釘と縄で木を繋ぐだけらしいからな。釘がなければ建てられない、という常識がそもそも違う。釘ってのは便利だが、木が腐れば効かなくなる。ほぞは木が生きてる限り持つ。
屋根を張り、壁を立てる。壁材は周囲で集めた板材と、足りない分は編んだ枝に泥を塗った小舞壁で補った。見た目はそこまでよくないが、防風と防水は十分だ。見栄えは後からいくらでも改良できる。
一日目が終わる頃には骨組みが完成し、二日目の昼過ぎには屋根と壁が仕上がった。
* * *
作業小屋、完成。
見物人が最大で三十人くらいに膨れ上がっていた。完成した小屋の前で、ざわざわと感想を言い合っている。
「二日で建ったぞ。二日だ!」
「しかもありゃ頑丈だ。柱を蹴ってみたがびくともしねえ!!」
「おいおい、蹴るなよ!」
「加護なしの転生者だって聞いてたけど……とんでもねえな、あの親方!」
加護なし。
半年前にそう聞いた時は、同情の目だったっけな。
ガルドが疲れた顔で隣に立っていた。二日間、丸太を担ぎ、壁板を支え、泥を運び続けた。全身泥だらけだ。
「お疲れさん」
「親方こそ」
「初仕事にしちゃ上出来だ。——ああ、一つ言い忘れてた」
「なんだ?」
「水平の測り方、明日もう一回教えるからな。さっき梁を載せる時、お前ちょっと左に傾けただろ」
「……バレてたのか」
「当たり前だ。一寸の狂いも見逃すなって言っただろ」
「分かった……すまない、修正する」
こいつは力仕事は完璧だが、精密な作業はまだまだだ。だが嫌がらない。教えれば覚える。時間はかかるが、筋はいい。
リルが作業小屋の入口から中を覗いている。精霊が先に入って、ふわふわ飛び回っていた。
「広い……ここが親方の作業場なんですね」
「ここで工具を作る。図面を引く。材料を加工する。全部ここが起点だ」
「私も手伝えることがあったら言ってください。精霊たちも、やる気みたいです」
精霊がぴょんぴょん跳ねている。やる気は結構だが、具体的に何ができるのかはこれから探っていくしかねえな。
作業小屋の中に入って、工具を棚に並べた。ノミ、金槌、鉋、鋸、墨壺。この世界に来てから少しずつ集めた道具と、自分で作った道具。どれも日本の現場で使ってたものとは精度が違うが、ないよりはましだ。
入口の前に立って、夕日に照らされた下町を眺めた。
半年前。俺は加護なしの転生者で、誰にも期待されてなかった。
今、俺の手で建てた小屋がここにある。弟子が一人いる。精霊がいる。精霊使いの嬢ちゃんがいる。領主にも一応名前を覚えてもらった。
……悪くねえ。全然悪くねえ。
翌朝、ヴェルトール伯の使者がやってきた。
「棟方殿。東街道の橋が老朽化で通行止めになっております。修繕の件、ご相談したいと伯が仰せです」
使者の手には依頼書が握られていた。
橋か。
「——いいぜ。見に行こう」
俺はにやりと笑った。
橋は、土方の花形だ。
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