親方、地下に潜る
要塞の外殻は完成した。壁、堀、跳ね橋。外から見れば立派な砦だ。
だが、まだ足りない。
「『地下壕』を作るぞ」
朝のコーヒーを飲みながら、そう言った。
「地下?」
「ああ、壁が破られた時の最終防衛線だ。地下に退避できる空間があれば、壁が崩れても生き延びられる。食料と水を備蓄しておけば、救援が来るまで持ちこたえられる」
ヴォルフが頷いた。
「……確かに。四年前の竜降ろしでは、城壁が崩れた後に逃げ場がなくて被害が広がった。地下に避難場所があれば、あの時の三十七人は——」
「そうだ。壁は一番目の盾で、地下壕は最後の盾。両方あって初めて、砦の中の人間を守り切れる」
掘る場所は要塞の中央。壁から十分離れた位置に、深さ五メートルの地下空間を作る。天井は鉄筋コンクリート。壁面もコンクリートで固める。
まず縦穴を掘って、そこから横に広げていく。
* * *
岩盤に穴を開ける作業は、もう慣れたもんだ。火割りで岩を砕いて、ガルドのチームが掻き出す。リルの土精霊が岩盤の状態を監視して、崩落の危険がないか見張ってくれる。
二メートル。三メートル。順調に掘り進んでいく。
四メートルを超えた辺りで、ルッカが叫んだ。
「親方、止めてください!」
「どうした?」
「この先……石の感触が変わります。自然の岩盤じゃない。何か——加工された石がある」
ルッカが掘削面に手を当ててる。目を閉じて、石に耳を澄ませてるみたいだ。
「リル、ノームに確認してくれ」
「はい。——ノームが言ってます。この先に空洞があるって。自然の空洞じゃなくて……人が作った空間だって」
人が作った地下空間。この山の中に。
「慎重に掘れ。ただし壊さないように、だ」
ノミとハンマーに切り替えて、丁寧に岩を削っていく。ガルドの怪力は封印。繊細な作業だ。
三十分後。岩の壁の向こうに、暗い空間が現れた。
松明を差し入れた。
「……おお」
通路だ。
幅二メートル、高さ二メートル半の、きれいな四角い通路が、闇の奥に続いている。壁面は切り出した石が隙間なく積まれていて、天井はアーチ状に組まれている。
そして——壁の石の表面に、見覚えのある溝が刻まれていた。
「噛み合わせの溝だ」
ルッカが壁に駆け寄った。石の表面を指でなぞる。手は震えてた。
「ドワーフの……ドワーフの坑道です! 間違いないです……この溝、この石の積み方。ローデンの城壁の下にあったのと同じ工法です!」
こりゃ驚いた。
ドワーフの坑道が、この山の地下に眠ってたとはな。
王都の城壁の下にあった遺構と同じ時代のものか。
数百年前、ドワーフがこの山脈に住んでいた頃の遺産だろう。
「入るぞ」
松明を持って、坑道に踏み込んだ。ガルドとルッカとリルが続く。カーラが剣を抜いて後ろを固める。エルノは入口で測量の準備をしてる。几帳面な奴だ。
坑道は思ったより広かった。通路が枝分かれして、小部屋がいくつもある。倉庫だったのか、居住区だったのか。天井のアーチが美しい。石の一つ一つが正確に噛み合って、何百年も崩れずに立ってる。
「すげえな……何百年も前の坑道が、こんなにきれいに残ってるのか」
「噛み合わせの溝のおかげです。石が全部繋がってるから、一つも崩れない。全体で支え合ってるんです」
ルッカの声に熱がこもってるな。
奥に進むと、通路が緩やかに下っていった。方角は——北西。山の反対側に向かってる。
「リル、この通路はどこまで続いてる」
「ノームが追いかけてます。——ずっと続いてるって。山の向こう側まで」
山の向こう側。つまり——裏口だ。
「脱出路だ。ドワーフは要塞を作る時、必ず裏口を用意してたんだろう。表が破られても、地下を通って逃げられるように」
ヴォルフが後ろから付いてきて、通路を見回した。
「棟方殿。この通路が山の反対側に繋がっているなら——」
「ああ、包囲されても補給を受けられる。援軍を呼べる。最悪の場合は兵を退避させられる。要塞の生存率が跳ね上がる」
「こんなものが、足元に眠っていたとは……」
「ドワーフってのは、地下を作らせたら天才だ。地上は俺の領分だが、地下はあいつらに敵わねえ」
ルッカがまた壁を撫でていた。
「じいちゃんたちが作ったのかな……」
「かもしれねえな」
「……ここを、使ってくれますか。壊さないで」
「壊すわけねえだろ。こんないいもんを壊すのは、馬鹿のすることだ。――このまま使う。足りない部分だけ俺たちが足す。ドワーフが作った骨組みに、コンクリートの肉を付ける。百年前の技術と今の技術の合作だ」
ルッカが目を赤くした。泣くかと思ったが、こらえた。代わりに、ぎゅっと拳を握った。
「わたしが、この坑道の整備をやります。ドワーフの石を一番よく分かるのは、わたしです!」
「任せる。これはお前のルーツで、お前がやるべき仕事だ」
* * *
坑道の全容が明らかになった。
エルノが測量して地図を作った。本線の通路が三百メートル。山の北西斜面に出口がある。出口は岩陰に隠れていて、外からは見えない。枝分かれした小部屋が八つ。一番大きい部屋は五十人が収容できる広さ。
「この大部屋を避難所にする。壁と天井をコンクリートで補強。食料と水の備蓄庫も設ける。入口は要塞の中央から階段で降りる」
「出口は隠しておくんですね」
「ああ、外から見えないように、岩と草で偽装する。いざという時だけ使うんだ」
坑道の整備はルッカが指揮した。ドワーフの石組みを傷つけないように、必要な箇所だけコンクリートで補強する。ルッカが石の状態を見極めて、「ここは補強が要る」「ここはそのままで大丈夫」と判断する。
俺よりルッカの方が的確だ。地下の石に関しちゃ、こいつが一番だ。
「ルッカ、ここの天井は?」
「大丈夫です。噛み合わせが生きてます。触らない方がいい。下手に補強すると、元のバランスが崩れます」
「……お前に任せてよかった」
「はい!」
いい返事だ。自信が出てきた。
三日で坑道の整備が完了した。地下避難所、備蓄庫、そして山の裏側への脱出路。要塞の地下に、もう一つの砦ができた。
* * *
夜。温泉に浸かった。
仕切りの向こうから、ルッカの声が聞こえた。
「カーラさん。今日、すごく嬉しかったです!」
「坑道のこと?」
「はい。じいちゃんたちが作ったものが、まだ残ってて。それを親方が『使う』って言ってくれて。壊さないで、活かしてくれて……」
「親方らしいわよね。古いものも新しいものも、使えるものは全部使う。もったいない精神ってやつ?」
「『もったいない』?」
「親方の国の言葉みたいよ。前に聞いたことあるの。物を大事にするって意味だって」
もったいない精神……か。
まあ、そうかもしれん。
使えるもんを壊すのは性に合わない。ドワーフの坑道が残ってるなら使う。古い城壁が残ってるなら、被覆する。壊して作り直すんじゃなく、あるものを活かして、足りないものを足す。
それが、『土方』ってもんだ。
「さて。明日で要塞の最終仕上げだ」
湯から上がって、星空を見上げた。
星型の要塞――壁の下に温泉の堀、正面に跳ね橋、地下にドワーフの坑道。
これだけの防衛策が何重にも備わっていれば、国の兵士も安心して戦えるだろう。
兵士が安心できる、ひとりも死なねえようきちんと建てる。
これも、『土方』の流儀なのさ。




