親方、橋を上げる
要塞の壁が完成した。
五つの稜堡が星型に並び、八メートルのコンクリート壁が台地を囲む。温泉の堀が壁の外周をめぐり、白い湯気が朝もやと混じって要塞を包んでいる。
壁と堀はできた。残るは入口だ。
星型の南面に一箇所だけ開口部を設けてある。幅四メートル。ここが要塞の唯一の出入口。堀を渡る橋が要る。
だが普通の橋を架けたら、敵もそこから入ってくる。出入口が通路になったんじゃ、堀の意味がなくなっちまう。
「よし……『跳ね橋』を作るぞ!」
「ハネバシ?」
ガルドが首をかしげた。朝のコーヒーを飲みながらの打ち合わせ。もうこの時間が棟方組の日課だ。
「普段は降りてて渡れるが、敵が来たらガシャンと上げる橋だ。橋を上げたら、堀を渡れなくなる」
「なるほど。——でも親方、橋って重いだろ。コンクリートの橋を持ち上げるのは、俺でもきついぞ」
「お前でもきついもんを、普通の兵士が上げられなきゃ意味がねえ。だから——工夫する」
* * *
跳ね橋の設計。
橋の長さは堀に合わせて五メートル。幅は四メートル。荷馬車が通れるサイズだ。
材料はコンクリートと鉄筋。木の橋じゃ燃やされるし、すぐ腐る。コンクリートなら、火にも水にも強い。だがその分、重い。ざっと計算して、二トン以上ある。
「二トンの橋を、兵士が上げ下げする。普通に考えたら無理だろうな」
ヴォルフがうんうん頷いてる。
「だが、やり方がある。――『シーソー』って知ってるか?」
「シーソー……?」
「子供の遊具だ。板の真ん中を支点にして、片方に人が乗ると反対側が上がる。重い子供でも、反対側に同じくらいの重さを載せれば、ちょっとの力で動かせる」
「……それと橋に何の関係が」
「橋の根元——壁に取り付ける側に、橋と同じ重さの錘を付ける。橋が降りてる時は錘が上がってて、橋を上げると錘が下がる。錘の重さが橋を引っ張り上げてくれるから、人間がかける力はほんのちょっとで済む」
ヴォルフの目がゆっくり見開かれた。
「……重さで重さを持ち上げるのか!?」
「そういうことだ。釣り合い錘って言ってな。エレベーターとか——まあ、この世界にはねえが、同じ原理で動く仕組みがたくさんある」
エルノがノートに何か描き始めた。橋と錘の図を描いて、力の矢印を書き込んでる。
「棟方殿、これは……支点を中心に、左右のモーメントが釣り合うということですか」
「そうだ。ていうかお前、『モーメント』が分かるのか?」
「エルフの学問で、『天秤の原理』として習いました。距離と重さの積が等しければ釣り合う、と」
「その通り。お前、理屈の飲み込みが早いな」
エルノの耳が赤くなった。褒められ慣れてないのは相変わらずだ。
* * *
建設に入る。
まず橋本体。鉄筋コンクリートの板を、型枠で成型する。五メートル×四メートル×厚さ二十センチ。でかい。こいつを堀の上に渡す。
壁の開口部に、鉄の蝶番を取り付ける。ルッカの仕事だ。橋の根元と壁を繋いで、ここを支点にして橋が上下に回転する。
「ルッカ、この蝶番にかかる力は相当なもんだ。二トンの橋が回転するんだから。鉄の太さは十分か」
「大丈夫です、親方! 直径八センチの鉄軸を二本通します。軸受けにはドワーフ式の滑り止め加工を入れます。摩擦が減って、回転がなめらかになります!」
「よし、頼む!」
ルッカが鍛冶場に走っていった。
八センチもの鉄軸……こいつを叩いて作れるのは、ルッカの腕あってこそだ。
蝶番が出来上がった。
でけえ……人の手首くらいある鉄の軸が二本。壁に埋め込んだアンカーに固定する。
次に錘。
橋と同じ重さ——二トン以上の石の塊を、壁の内側に吊るす仕組みを作る。壁の上部に滑車を設けて、鉄の鎖で橋と錘を繋ぐ。橋が下がれば錘が上がり、橋を上げれば錘が下がる。
「滑車は二段にしろ、摩擦を減らす。——リル、風の精霊に滑車の動きを確認してもらえるか。引っかかってるところがないか」
「はい。——シルフが言ってます。左の滑車が少し軸がずれてるって!」
「ルッカ、左の滑車の軸を調整してくれ」
「はい!」
精霊と鍛冶師のコンビで、滑車の精度を上げていく。こういう細かい調整が、最終的な使い勝手を決める。
全部の部品が揃った。組み上げる。
橋をおろした状態で、堀の上に渡した。五メートルのコンクリートの板が、堀を跨いでいる。頑丈だ。荷馬車が通っても大丈夫。
壁の内側に、石の錘を吊り下げた。鎖が滑車を通って、橋の根元に繋がってる。
「よし、試運転だ!」
* * *
全員が集まった。兵士たちも見物に来てる。
「今から橋を上げる。——ヴォルフ大尉、やってみてくれ!」
「私が……か?」
「ああ、そこの鎖を引け。もちろん、一人でだ」
ヴォルフが鎖を握った。二トンの橋を一人で上げろと言われて、半信半疑の顔だ。
「引くぞ……」
鎖を引いた。
ガシャン、と滑車が動いた。
錘が下がり始めた。同時に——橋が、ゆっくりと上がり始めた。
「……軽い」
ヴォルフが驚いた顔で鎖を引き続ける。二トンの橋が、目の前でゆっくりと起き上がっていく。
「軽いぞ! 片手で引ける……何だこれは!?」
兵士たちがざわめいた。
橋が四十五度まで上がった。六十度。ほぼ垂直。
そして、壁にぴたりと立てかかる形で止まった。
堀を渡る道が、完全に消えた。
「おお……!」
「橋が立った……!」
「一人で上げたぞ。あのでかい橋を、一人で!」
ヴォルフが鎖から手を離した。橋は立ったまま動かない。錘と釣り合ってるから、手を離しても倒れない。
「下ろす時は?」
「反対側の鎖を引け。錘が上がって、橋が降りる」
ヴォルフが反対の鎖を引いた。橋がゆっくり降りていく。
「……信じられん。二トンの橋を、鎖一本で……しかも一人で!」
「錘が仕事してくれるからな。人間は方向を決めるだけだ。重いもんを動かすのに力は要らねえ。要るのは仕組みだ」
ヴォルフが俺を見た。
「棟方殿! あなたの建てた要塞は——もう完成か!?」
「壁、堀、橋。これで要塞としての基本機能は揃った。あとは内部の兵舎と倉庫と——温泉の改良だな」
「温泉の改良は急務だな」
「……お前さんも温泉に毒されたか」
「ああ……あれには敵わないよ、本当に」
二人で笑った。軍人と土方が要塞の前で笑ってるったぁ、変な絵面だ。
カーラが橋の上に立って、跳ね橋を下から見上げてた。
「ねえ親方。これ、戦闘中に上げられる?」
「ああ、鎖を引くだけだから、数秒で上がるぞ」
「じゃあ、敵が橋の上にいる時に上げたら?」
「……落ちるな。堀に」
「熱い温泉の堀に?」
「……ああ」
カーラがにやっと笑った。
「最高の罠じゃない」
罠として設計したわけじゃねえが、確かにそうなるな。跳ね橋の上にいる敵を、温泉の堀に叩き落とす。斬新な防御だ。
「次に帝国の偵察兵が来たら、橋の上で歓迎してあげましょうよ」
「やめろ。国際問題になる」
* * *
日が暮れた。
完成した跳ね橋を眺めながら、冷えた麦酒を飲んだ。
星型の壁。温泉の堀。跳ね橋。この要塞は、あとは内部施設を整えれば完成だ。三ヶ月の予定が、二ヶ月半で形になった。精霊と鉄筋コンクリートの組み合わせは、やっぱり反則級だ。
ガルドが飯を食いながら言った。
「親方、この要塞が完成したら、次はどこだ」
「王都に戻って、全国展開の続きだ。南の港町の話も来てたしな」
「港か。……海は初めてだな」
「ああ、山の次は海だ。忙しくなるぞ!」
「望むところだ!」
エルノが測量ノートを閉じて、言った。
「棟方殿。この要塞の測量データ、全部記録してあります。同じ設計の要塞を他の場所に建てる時、すぐに使えるようにまとめておきました」
「気が利くな。ありがとうよ」
「あはは……精霊の声は聞こえませんが、数字の声なら聞こえますから」
いいこと言うじゃねえか、数字の声か。
こうして完成した城で平和を満喫してるのも悪くねえが……。
あと少しでこの山ともお別れだ。次は、海。
飯を食い終えて、最後のコーヒーを一杯。山の夜に飲む苦い黒い汁。
これがあれば、どこだって現場になる。
「さて、明日は兵舎の内装だ。さっさと寝るか」
「おやすみ、親方!」
「おやすみなさい、親方さん!」
「おやすみです、親方!」
「おやすみなさい、棟方殿!」
「……おう。おやすみ」
布団に入りながら、俺はふと振り返った。
一年前は一人だった。今は五人……いや精霊を入れたら九人か。
にぎやかなもんだ。
こういう土方生活も、悪くねえ。




