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異世界土方建築無双 ~女神の加護? いらねえよ、俺にはコンクリがある~  作者: ぶらっくそーど
第二部 王国の親方

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親方、堀に水を引く


 朝のコーヒーを飲みながら、今日の段取りを確認する。


 要塞の壁は三つ目の稜堡(りょうほ)まで進んだ。一つ完成するたびに勝ち飯を出してるから、ガルドの働きが露骨にいい。ったく、分かりやすい奴だ。


 壁と並行して、今日から堀を掘る。


 要塞の周囲を一周する堀だ。幅五メートル、深さ三メートル。星型の壁に沿って星型に掘る。堀があれば攻城兵器を壁に近づけられないし、歩兵の突撃も鈍る。


 問題は水だ。空堀でもいいが、水を張った方が防御力は上がる。水堀を渡るのは空堀を越えるより遥かに難しい。重い鎧を着た兵士は泳げないからな。


 だが、ここは山の上だ。水源が近くにない。北の谷から水路を引くことはできるが、距離がある。それに冬場はどうする。この標高だと冬は凍る。凍った堀は氷の道になって、むしろ敵に有利だ。


「凍らない堀が作れりゃ最高なんだが——」


 独り言を呟いたら、リルが反応した。


「親方さん、ノームが何か言ってます。この山の地下に、温かい水が流れてるって」


「温かい水?」


「はい。深い場所ですけど、掘れば届くかもって」


 温かい水。山の地下。


 まさか……こいつぁ……。



    * * *



 堀の掘削を始めた。コンクリートの壁に沿って、外周をぐるりと掘っていく。


 岩盤を火割りで砕きながら掘り進める。一メートル。二メートル。ガルドのチームが砕いた岩を運び出して、エルノが深さを測る。


「深さ二・五メートル。あと五十センチです!」


 予定の三メートルに近づいた時——シャベルの先から、もわっと蒸気が上がった。


「な、何だ!? 煙か!?」


 作業員が飛び退いた。


「落ち着け。煙じゃねえ、湯気だ」


 掘った穴の底から、じわじわと水が湧いてきた。透明な水だ。手を突っ込んでみる。


 ……温かい。


 いや、温かいなんてもんじゃねえ。


 熱い――風呂より少しぬるいくらいの温度がある。


「間違いねえ……こいつぁ『温泉』だ!」


「オンセン?」


「地下の熱で温められた水が湧き出てるんだ。この山、火山じゃねえが、地熱は持ってるんだな」


 全員がぽかんとしてる。ガルドが指を突っ込んで「あっつ!」と引っ込めた。カーラが目を輝かせてるのが見えた。……なんだか、嫌な予感がする。


「親方。この温かい水って、堀に使えるの?」


 カーラの質問だ。


「使える。温泉の水を堀に引けば、冬でも凍らねえ」


 ヴォルフ大尉が目を見開いた。


「凍らない堀……!?」


「温泉の水温が四十度近い。外気で冷めても、常に新しい温水が供給されるなら、真冬でも凍結しない。年中使える水堀だ」


「年中凍らない堀……そんなものは聞いたことがない!」


「この世界にはないだろうな。だが俺の知ってる世界じゃ、温泉地に凍らない池ってのはよくある。原理は同じだ」


 堀の設計を急遽変更した。


 掘削を進めて温泉の湧出点を複数確保する。堀の底面をコンクリートで防水して、温泉水が地面に染み込まないようにする。北側に排水口を設けて、古い水を流しつつ新しい温泉水で常に入れ替える。


 水の精霊に温泉の湧出量を測ってもらった。


「結構な量が出てます。堀を満たすのに、三日くらいだって!」


「十分だ。勾配をつけて、堀全体に水が行き渡るようにするぞ!」


 掘削を続けた。星型に沿って堀を掘り進めると、三箇所で温泉が湧いた。北側、東側、南西側。うまい具合に分散してる。全周に温水が回る。


 一週間で堀が完成した。


 コンクリートで固めた星型の堀に、温泉水が流れ込んでいく。透明な湯気が堀の表面から立ち上る。朝もやと混じって、要塞の周囲に白い霧のような幕ができた。


「……きれいだな」


 ガルドが呟いた。


 きれいだが、軍事的にはもっと凄い。この湯気が視界を遮る。堀の幅も深さも、外からは正確に見えない。渡ろうとする敵は、足元が見えないまま熱い水に突っ込むことになる。


 ヴォルフが堀を一周して戻ってきた。


「棟方殿。この堀は三重の防御を兼ねているな」


「分かるか?」


「一つ、水堀として物理的な障害。二つ、熱い水で渡河を困難にする。三つ、湯気で視界を奪う。——しかも凍らないから、冬でも機能する」


「四つ目もあるぞ」


「四つ目?」


「兵士の士気だ。要塞に温泉がある。仕事の後に風呂に入れる。こんな砦なら、誰だって守りたくなるだろ」


 ヴォルフが吹き出した。


「……一理ある。いや、大いにあるな」



    * * *



 温泉が出たなら、やることは一つだ。


 堀の工事と並行して、要塞の内側に小さな浴場を作った。温泉から管を引いて、コンクリートの湯船に注ぐ。壁と屋根も付けて、風を防ぐ。山の上の温泉風呂。


 完成した夜、全員で入った。


 露天じゃないが、窓を開ければ山の夜景が見える。星空の下、温泉に浸かる。


 標高が高い分、星が近い。



「くぅーーーっ!」


 この声を出すのは何回目だ。だが何回出しても足りない。温泉は格別だ。コーヒーの豆を見つけた時と同じくらいの大発見だ。


 ガルドが湯に沈んでる。顔だけ出して、とろけてる。


「親方……俺、この要塞が完成したら、ここに住みてえ……」


「住むな。王都に帰るぞ」


「でもよぅ、温泉が……」


「王都にも作ってやるから、我慢しろ」


「まじか!?」


「まじだ。王都の地下にも温泉脈がないか、帰ったら精霊に調べてもらう」


 ガルドの耳がぴんと立った。期待に満ちた耳だ。


 カーラは女湯——仕切り壁の向こうで長風呂してる。出てくる気配がねえ、いつものことだ。


 リルとルッカも向こう側だ。


 仕切り壁の向こうからルッカの声が聞こえた。


「親方、この温泉の湯、鉄分が多いです。鍛冶に使えるかもしれません!」


「鍛冶に温泉?」


「焼き入れの冷却水に鉄分の多い水を使うと、独特の焼きが入るって、じいちゃんが言ってました。試してみたいです!」


「面白えな。やってみろ」


 壁の向こうで「はいっ!」って嬉しそうな声がした。


 温泉で鉄を鍛える……か。


 ドワーフの発想は、どこまでも金属に繋がるんだな。


 エルノは湯船の端で正座してる。エルフは長湯が苦手らしく、五分で出てきた。


「エルノ、もうちょい浸かれよ」


「のぼせそうです……」


「根性がねえな」


「エルフに根性を求めないでください……」


 仕切りの向こう側が賑やかだ。


 リルが精霊たちと遊んでるらしい。


 水の精霊が湯の中ではしゃぐ音、火の精霊が湯温を調整するじゅわっという音。土精霊は湯船の縁でうたた寝してるとリルが笑ってる。風の精霊が窓から山の風を送り込んでくれて、女湯から「気持ちいい」の声が重なった。



    * * *



 翌朝。


 駐屯地の兵士たちが行列を作っていた。


「棟方殿、我々も温泉に入ってよろしいですか」


「一回銅貨二枚——は冗談だ、好きに入れ。ここを守る兵士が疲れてたら意味ねえからな」


 兵士たちが次々に温泉に入った。


 全員、同じ顔になる。


 とろけた顔。こればっかりは、万国共通だ。


 ヴォルフが温泉上がりの兵士たちを見て、ぼそっと言った。


「士気が爆上がりだ。こんな砦、命懸けで守るぞあいつら」


「だろ? 飯と風呂は士気の根幹だ。殺伐とした砦で、殺伐とした飯を食って、殺伐とした顔で守るより、温泉に入ってうまい飯食って笑ってる兵士の方が、いざって時に踏ん張れる」


「あんたの要塞は、壁だけじゃなく中身も堅いな」


「壁が外の敵を防いで、風呂と飯が中の味方を守る。両方あって初めて『砦』だ」


 窓の外、星型の堀から白い霧が立ちのぼって、要塞を包んでる。


 遠くから見たら、霧の中に灰色の星が浮かんでるように見えるだろう。


 ……格好いいな。自分で言うのもなんだが。


 いや、格好いいとか悪いとかじゃねえ。


 機能的なんだ。合理性を突き詰めたら、勝手に格好よくなった。


 それが、『建築』ってもんだ。


「さて。壁の残り二つだ。仕上げるぞ」


 コーヒーを飲み干して、現場に向かった。

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