親方、岩盤を穿つ
朝のコーヒー。一口で目が醒める。三杯目からガルドが自分で淹れるようになった。俺より雑な味だが、山の朝に飲む分には悪くねえ。
建設八日目。五つの稜堡のアンカー打設が全て完了した。百五十メートルの星形に打ち込まれた鉄の杭が、岩盤と要塞を繋ぐ根っこになる。
今日から、壁を立てる。
* * *
まず一つ目の稜堡から。南向きの先端部だ。敵が来るとしたら峠を越えて北から来るが、稜堡は全方位に向いてるから、どこから始めても同じ。そんなら、一番地盤がいい南側から着手しようか。
アンカーの上にコンクリートの基礎を打つ。ここまでは南区画の市場と同じ手順だ。基礎が固まったら、鉄筋を立てて、型枠を組んで、コンクリートを流す。
壁の高さは八メートル。一回で八メートル分のコンクリートを流すのは無理だから、二メートルずつ四段に分けて打っていく。一段打って一日養生、また一段打って一日養生。四段で八日。
「ガルド、コンクリートを回せ。型枠チームは次の区画の準備に入れ」
「おう! コンクリート班、練り始めろ!」
ガルドの声がでけえ。山に反響して二倍にでかく聞こえる。まあ、現場監督の声はでかい方がいい。
石工チームのハインツから預かった職人が五人いる。王都で鍛えた連中だから、コンクリートの扱いは慣れたもんだ。型枠もきっちり組む。
一段目のコンクリートを打ち終えた昼過ぎ、ヴォルフ大尉が駆けてきた。顔が険しい。
「棟方殿! 東の尾根に人影があるのだが……」
「人影?」
「三人、軍装。——ヴァルディア帝国の偵察兵だよ」
いつの間にか隣に立っていたカーラが言った。
双眼鏡みたいなもんはこの世界にはないが、カーラの目は遠くまで利く。
「三人……装備は軽装。弓は持ってないわ。偵察だけね、こっちを観察してるわ」
ヴォルフが剣に手をかけた。
「追い払いましょう。偵察を許せば、要塞の設計が敵に漏れます!」
「いやダメだ、追うな」
「はっ?」
「むしろ、敵に見せてやれ」
ヴォルフが目を丸くした。
「見せる? 敵に要塞の中身を?」
「向こうは、こっちの手の内を見たいんだろ? だったら、見せてやりゃいい。見れば見るほど、攻める気がなくなる。それが、本当の意味での『抑止力』ってもんだ」
ヴォルフが口を開きかけて、閉じた。考えてる顔だ。
「……もし設計を見て、弱点を探られたら?」
「弱点がねえから問題ない」
自信をもって、言い切った。
まあ、弱点がゼロってわけじゃないが、このレベルの偵察兵に見抜けるような弱点は作らない。
そこだけは、100%の自信がある。
「むしろ、あいつらが報告書に何を書くか考えてみろ。『山の上に巨大な星形の壁が建設中。材質は不明だが、石のように硬い。岩盤に直接固定されている』。この報告を受けた将軍が、攻めようと思うか?」
ヴォルフがらいらくに笑った。
「……分かりました、泳がせましょう」
* * *
さてさて。
偵察兵が見てるなら、ちょうどいい。たっぷりと、見せつけてやろうぜ。
「ガルド、あの稜堡の壁を叩いてみせろ!」
「また壁を殴るのか? 手が痛くなるんだが……」
「殴れとは言ってない、叩けばいい。あの偵察兵に聞こえるくらいの音でな」
ガルドが一段目の壁に近づいて、拳でコーンと叩いた。
硬く、重い音が台地に響いた。山に反響して、遠くまで届いたはずだ。
「次、エルノ! 測量を見せろ、派手にやれ!」
「派手に、ですか?」
「台地を歩き回って杭を打って、でかい声で数字を読み上げろ。何をやってるか向こうには分からんが、正確で組織的な作業をしてるってことは伝わる」
エルノが台地を歩き始めた。杭を打つ、水糸を張る。
「基準点からの距離、四十二・三メートル! 高低差プラス〇・八!」
大声で読み上げる。エルフの通る声が山に響いた。内容は建設データだが、向こうから見れば「敵が正確な測量技術を持ってる」と映るだろう。
「リル、精霊を飛ばしてくれ。上空で光らせろ!」
「え? 何のためにですか?」
「威嚇だ。精霊が味方してるってのを見せつける。あいつらには精霊の正体は分からねえ。『あの要塞には魔法が使われてる』と思わせりゃ十分だ」
リルが四体の精霊を上空に飛ばした。土、水、火、風。四色の光が台地の上空をふわふわ飛び回る。下から見たら、ただの光の玉だ。だが遠くから見れば、正体不明の光る何かが要塞の上を旋回してるように見える。
カーラが尾根の偵察兵を監視してる。
「あ、一人が何か書いてるわ。報告書ね。——もう一人が望遠の魔道具みたいなのを使ってる。こっちの壁をじっくり見てる」
「見せつけてやれ。たっぷりな」
一時間ほどで、偵察兵たちが尾根から消えた。見るもんは見た、って判断だろう。
ヴォルフが腕を組んだ。
「……棟方殿。あんたは建築家であると同時に、策士だな」
「策士じゃねえよ、現場監督だ。現場ってのは、見てる人間の目も管理するもんだ。施主にも、通行人にも、今回は敵にも。見せたいものを見せて、安心させたり、諦めさせたりする」
「なるほど。それは——軍事でも使える考え方だな」
「使ってくれ。俺は壁を建てることしかできねえが、お前さんはその壁を使って国を守ってくれ」
ヴォルフが敬礼した、軍人の礼だ。
あんまり敬意を持たれると、ちょっとばっかりくすぐってえ。
* * *
夕方。二段目のコンクリートを打ち終えた。壁の高さが四メートルになった。半分だ。あと二段で八メートル。
飯の時間。
今夜は少し気合を入れた。
山で狩った猪の肉を、ルッカが鍛冶場の端で薄く叩いて伸ばしてくれた。こいつに小麦粉をまぶして、溶き卵にくぐらせて、硬いパンを砕いた粉をまぶす。三段の衣だ。
鉄鍋に油を張って、揚げた。
じゅわっ。
いい音と、いい匂い。黄金色の衣が膨らんでいく。
揚がった肉を、甘辛い木の実の汁で煮て、卵でとじた。この世界に米はないが、粟に似た穀物を炊いたもんの上に載せた。
「……これは何だ、親方!?」
ガルドが皿を覗き込んでる。
「カツ丼……いいや、『勝ち飯』だ。でかい仕事の前に食うと、勝てるってジンクスがある」
「ジンクス?」
「げん担ぎだ、理屈はねえ。だが、とんでもなくうまいのは保証するぜ」
全員に配った。一口食ったガルドの顔が、風呂に入った時と同じになった。
「っっっうまい……何だこれ……肉がさくさくで、卵がとろとろで、甘辛い汁が穀物に染みて……!!」
「うまいだろぉ?」
「うまい! めちゃくちゃうまい! ……これ、明日も食っていいか!?」
「明日はでかい仕事の日じゃねえ。勝ち飯はここぞって時だけだ。毎日食ったらありがたみがなくなる」
「けちだ」
「けちじゃねえ。ジンクスだって言っただろ」
カーラが二皿目をおかわりしてる。こいつは遠慮って言葉を知らないのか。ルッカが「おいしいです」と頬を緩めてる。エルノが「エルフの食文化にはない味です。衝撃的です」と真顔で感動してる。リルは精霊に一口あげようとしたけど「精霊は食べられないよ」と突っ込んでた。
ヴォルフ大尉にも一皿渡した。
一口食って、目を閉じた。
「……これは、兵士に食わせたら士気が三倍になるな」
「三倍は言い過ぎだろ。——でもまあ、腹が満ちると気合が入るのは確かだ」
飯ってのは大事だ。うまい飯を食える現場は、いい仕事をする。腹が減ってちゃ力が出ないし、まずい飯じゃ気力が続かない。飯に手を抜く現場は、仕事にも手を抜く。元の世界でもそうだった。
うまいカツ丼を食って、冷えた麦酒を一杯だけ飲んで、星空を見上げた。
明日は壁の三段目と四段目だ。明後日には一つ目の稜堡の壁が完成する。残り四つ。
星型要塞が、少しずつ形になっていく。
「さて。寝るか」
「親方、明日の勝ち飯は——」
「ねえって言っただろガルド」
「……」
耳が垂れた。分かりやすい奴。
まあ、稜堡が一つ完成した日には、作ってやるか。
内緒だけどな。




