親方、百人に教える
南区画の広場に、百二十人の職人が集まった。
王国中から来てる。北の国境の石工、東の農村の大工、南の港町の左官、西の城下町の瓦職人。年齢も種族もバラバラ。人間が大半だが、獣人が十数人、ドワーフが三人混じってる。
全員、アレクシス王子の号令で集められた職人たちだ。各地のギルドや領主が推薦した腕利き。こいつらに俺の技術を教えて、地元に持ち帰ってもらう。
全国展開の第一歩。
俺は、広場の中央に立った。
「棟方鉄――『土方』だ。今日から七日間、お前らに建築の新しい技術を叩き込む。覚えて帰って、地元でやれ! 質問があれば何でも訊け。出し惜しみはしねえ!」
ざわめきが起こった。
「あれが棟方か!」
「思ったよりおっさんだな……」
「城壁を直した男だろ?」
「ドラゴンの最中にコテ持って走り回ったって本当か!?」
ったく、好き勝手言いやがれ。
「初日はコンクリートだ。こっちに来い!」
* * *
七日間の研修カリキュラム。
初日。コンクリートの基礎。石灰を焼いて消石灰を作る。アシャイトと砂と砂利を混ぜる。配合比率を教える。練り方を実習。百二十人が一斉にコンクリートを練る光景は壮観だ。広場が灰色の泥だらけになった。
「おいそこ、水が多いぞ。もっと硬めに練れ!」
「は、はい!」
「砂利の粒を揃えろ。でかいのと小さいのが混じると強度が落ちる!」
「わっ、分かりました!」
声を張り上げて歩き回る。百二十人の相手は喉が持たねえ。
ガルドが助手として動いてくれた。基本の配合ならもう俺と同じレベルで教えられる。
「いいか、コンクリートは水の量が命だ。多すぎたら弱い、少なすぎたら固まらない。ちょうどいい量を手の感覚で覚えろ!」
ガルドの教え方は荒っぽいが分かりやすい。力任せの実演が説得力を持つ。練り上がったコンクリートをガルドがバケツごと持ち上げて「この重さが正解だ」って言うと、全員が納得する。
二日目。コンクリートブロックの製造。型枠の作り方を教えて、全員に十個ずつ作らせた。千二百個のブロックが広場に並んだ。壮観だが、邪魔だ。
三日目。ブロックの積み方と水糸の張り方。百二十人が十二のチームに分かれて、一メートル四方の壁を積む。水糸を張って真っ直ぐ並べる。簡単な作業だが、初めてだと手が震える。
「親方……なかなかよぅ、真っ直ぐにならねえんだが……」
「水糸をよく見ろ! 糸から離れてる方にずらせ。考えるな、糸を見ろ!」
四日目。鉄筋の配置とコンクリートの充填。ルッカが鉄筋の作り方を実演。鍛冶のできる職人が数人いて、興味津々で見てる。
「この凸凹は何のためだ?」
「コンクリートと鉄が噛み合うようにです。つるつるだと引っ張られた時に抜けます!」
ルッカが堂々と説明してる。あのおどおどした少女はどこに行ったのやら。
五日目。排水路の設計と施工。勾配の取り方。沈砂桝の作り方。リルが精霊による地下水調査のデモンストレーションをやった。
「精霊が地面の中の水の流れを教えてくれます。こうやって手を当てると——」
「す、すげえ! 水脈が見えるのか!?」
「見えるというか、精霊が感じ取ったことを教えてくれるんです!」
精霊使いは希少だから全国に配置はできないが、精霊がいなくても勾配の取り方さえ覚えれば排水路は作れる。精霊はあくまで補助だ。
六日目。控え壁の追加工法とコンクリート被覆工法。城壁を直す時に使った技術を、村や街の建物にも応用する方法を教えた。
「古い建物を壊さなくていいのか?」
「壊さなくていい。外からコンクリートを被せるだけで、強度が段違いに上がる。これなら住民が住んだまま工事ができる」
職人たちの目が変わった。自分たちの地元の建物が、壊さずに強くできる。これは帰ってすぐ使える技術だ。
* * *
七日目。最終日。
十二チームで一つの建物を建てる。コンクリートブロック造り、鉄筋入り、排水路付き。四メートル四方の小屋を一棟。
百二十人が連携して動く。ブロックを作る者、積む者、鉄筋を配置する者、コンクリートを練る者、排水路を掘る者。全工程を分業で回す。
六時間で完成した。
百二十人が作った建物。見た目は南区画の店舗と同じ、灰色のブロック造り。頑丈さも同じだ。
「これがお前らの卒業制作だ。王都の記念にでも見学コースに入れてもらおう」
ここで——研修に参加してない見慣れない顔が、広場の端に立ってるのに気づいた。
背が高い。痩せてる。長い銀色の髪。耳が長く尖っている。
エルフだ。
若い男。二十代に見えるが、エルフは長命だから見た目じゃ分からない。質素な旅装で、手にはすり減った革鞄。目の下に隈がある。長旅してきたんだろう。
俺の方を見ていた。迷ってる顔だ。声をかけるか引き返すか決めかねてる。
俺から歩いていった。
「何か用か?」
「……あの、棟方鉄殿……ですか」
「ああ、俺が棟方鉄だ」
「私はエルノ。エルフです。——建築を、学びたくて来ました」
エルフが建築たぁ、珍しい組み合わせだ。
エルフは知力と精霊親和が高い種族で、肉体労働は嫌う文化だと聞いてる。
「で、お前はどこから来たんだ?」
「西の森のエルフの集落からです。三週間歩きました」
「三週間。——ギルドの推薦は?」
「ありません。エルフにはギルドがないので、個人で来ました」
推薦なしの飛び込み。
ほぅ、なかなか根性はあるらしい。
「なんでまた、建築を?」
エルノが少し俯いた。
「私は……精霊の声が聞こえないんです」
「聞こえない?」
「はい。エルフは皆、精霊と話せます。でも私だけ、聞こえない。生まれつきです。エルフの社会では、精霊と話せない者は——役立たずです」
精霊が聞こえないエルフ。エルフの社会じゃ異端者だろう。肉体労働は嫌う文化で、精霊魔法も使えないなら、居場所がない。
「建築なら精霊が聞こえなくてもできると聞きました。棟方殿のところで学べば、私にもできることがあるかもしれないと——」
「一つ訊くぞ」
「はい」
「手を見せてみろ」
エルノが戸惑いながら手を差し出した。白い、細い手。豆の一つもない。
「力仕事の経験は?」
「ありません」
「道具を使ったことは?」
「ありません」
「……まあ、ガルドも最初は何もできなかったしな」
「え?」
「来い――明日から働け。ただし、俺の現場じゃ種族は関係ねえ。エルフだろうがドワーフだろうが獣人だろうが、手を動かす奴が偉い。精霊の声が聞こえるかどうかなんざ、コテの持ち方には関係ねえ」
エルノの目が見開かれた。
「……いいんですか、本当に」
「ダメだったら最初から訊かねえよ。——お前、名前はエルノだったな。コテの持ち方から教えてやるから覚悟しろ!」
「は、はい! よろしくお願いします!」
深々と頭を下げた。エルフがこんなに頭を下げるのは珍しいんじゃないか。知らんが。
リルが寄ってきた。
「親方さん。精霊が聞こえないエルフ……珍しいですね」
「珍しいのか?」
「すごく。でも、精霊が聞こえなくても建築はできますよね」
「当たり前だ。俺だって精霊の声なんか聞こえねえ」
「あ、そうでしたね」
そうだよ。精霊の声が聞こえるのはリルの能力であって、俺の能力じゃない。俺はただの土方だ。聞こえないもんは聞こえない。その代わり、手が動く。土方なんだ、これでいいだろうよ。
* * *
研修が終わった。
職人たちが、それぞれの地元に帰っていく。馬車に乗る者、歩いて帰る者。みんな、手にブロックの型枠を一つずつ持ってる。卒業記念に渡した。これさえあれば、地元でブロックが作れる。
「棟方殿、ありがとうございました! うちの村でもやってみます!」
「分からないことがあったら手紙をよこせ。返事を書く」
「はい!」
北の国境の石工が手を振った。東の農村の大工が頭を下げた。南の港町の左官が型枠を大事そうに抱えてる。
百二十人。こいつらが地元で技術を広めれば、その先にもっと多くの人間が覚える。百二十人が十人ずつ教えれば千二百人。千二百人が十人ずつ教えれば一万二千人。
数年後には、この国の建物が全部変わってる。
ガルドが隣に立った。
「親方。今の気分はどうだ」
「どうって」
「百二十人の職人に、全部教えちまった。出し惜しみなしで。もったいなくなかったのか」
「もったいない?」
「だって、全部教えたら、親方の価値が下がるんじゃ——」
「はっ……逆だよ、逆」
「逆?」
「俺の技術が広まるほど、次に俺が求められるのは『もっと先』の技術だ。追いつかれたら、また新しいもんを考える。追いつけ追い越せで全体のレベルが上がる。それが、一番いいんだよ」
ガルドが「ほへー」と間の抜けた声を出した。
理解したのかしてないのか分からんが、まあいい。
エルノは荷物を抱えて、おどおど立ってる。
「おいエルノ、突っ立ってないで荷物を作業場に置いてこい。ルッカに場所を聞け」
「は、はい!」
走っていった。ルッカに案内されて作業場に入っていく。ルッカの方が年下なのに先輩面してるのがちょっと面白い。
カーラが欠伸しながら言った。
「また弟子が増えたわね。何人目?」
「数えてねえよ」
「ガルド、ルッカ、リル、エルノ……で、あたし」
「お前は弟子じゃねえだろ」
「用心棒兼風呂番兼味見係よ」
「肩書き増えてんじゃねえか」
まあいい。
夕暮れの広場に、百二十人分のコンクリートの粉が残ってる。明日掃除しなきゃな。
俺が直接建てられる家には限りがある。だが、やり方を教えることに限りはない。
棟方組の仕事は、建物を作ることだ。だが本当に作ってるのは——建物じゃなく、未来だ。
……なんてな、くさいこと考えちまった。風呂入って寝よう。




