親方、王都に帰る
フェルゲン村、全五十軒完成。
防風壁、千鳥配置、鉄筋コンクリートのブロック造り。排水路、水道、共同浴場、鍛冶場。王国初の『耐ドラゴン要塞村』が、グラオス山脈の麓に立った。
最後の一軒の屋根にコンクリートを流し終えた時、村中から拍手が上がった。
「親方! 本当にありがとう!」
「今までありがとうございます!」
「この村は、俺たちの宝です!!」
「礼を言うのはこっちだ。積んだのはお前らだ。俺は図面を引いただけだよ」
嘘だけどな。図面も引いたし、基礎も打ったし、鉄筋も配置したし、防風壁も建てた。だが村の大半のブロックを積んだのは、確かにこの村の住民たちなんだ。
ルッカが鍛冶場を地元の弟子に引き継いだ。ドワーフの少年が一人と、人間の青年が二人。三人ともルッカに鉄筋の作り方を叩き込まれて、もう一人で量産できるようになってる。
「親方、この子たちなら大丈夫です。鉄の扱いは仕込みました」
「ルッカが太鼓判を押すなら心配はねえな」
ルッカは少し照れてた。
王都に帰る日。村の入口で住民たちが見送ってくれた。子供たちが手を振ってる。農夫のおっちゃんが目を赤くしてる。またかよ。
「おっちゃん、泣くなよ。俺たちはまた来るからさ」
「泣いてねえ。——親方、いつでも帰ってこい。風呂、沸かして待ってるからな!」
「ああ、そん時はうまい飯も頼むぜ」
馬車が走り出した。
* * *
王都ローデンに着いた。二ヶ月ぶりだ。
北門をくぐった瞬間、違和感があった。
道が違う。
下町のメインストリートが、コンクリートで舗装されてる。俺が出発する前は、南区画の市場だけがコンクリート道路だった。それが下町の主要道路にまで広がってる。
「誰がやったんだ、これ」
ガルドが周りをきょろきょろ見てる。
「ハインツかダグか……?」
歩いていくと、さらに驚いた。
下町の長屋の何軒かが、ブロック造りに建て替わってる。灰色のコンクリートブロックの壁。見覚えのある——俺がフェルゲン村で作ったのと同じ形のブロックだ。
「おい、ちょっと待て。ブロックの作り方、王都に教えたか?」
「教えてないですけど……」
リルが首を傾げてる。
作業場に着いた。門を開けると、中が変わっていた。
作業場の横に、でかいブロック製造場ができてる。型枠が二十個並んで、作業員が黙々とブロックを量産してる。
奥からハインツが出てきた。
「おう、棟方! 帰ってきたか!」
「ハインツ、これは何だ?」
「見りゃ分かるだろ。ブロック工場だ」
「誰が作ったんだ?」
「俺とダグで作った。お前がフェルゲン村でやってた話を聞いてな。こっちでも同じことができるんじゃねえかと思って」
聞いて……か。
俺は教えてねえ。こいつらが自分で情報を集めて、再現したのか。
「型枠のサイズはどうした」
「フェルゲン村から戻ってきた作業員に聞いた。寸法と穴の位置を教えてもらって、こっちで型枠を作り直した」
「コンクリートの配合は?」
「南区画の市場を作った時の配合を基準にした。ちょっと砂利の割合を変えて、ブロック向きに硬めに調整してる」
配合を自分で調整してる。しかも「ブロック向き」に最適化までしてやがる。
「……ハインツ、お前いつの間にそんなに育ったんだ」
「親方の背中を見てたからな!」
にやっと笑った。憎たらしい顔だ。
ダグも来た。
「棟方、帰ったか。留守中に色々やらせてもらったぞ」
「道路のコンクリート舗装もお前らか」
「ああ、ヴェルトール伯に掛け合って予算を出してもらった。下町の主要道路六本を舗装した。排水溝も入れてある」
「排水溝の勾配は?」
「百メートルで三十センチ。お前が南区画でやってた通りだ」
勾配まで正確に覚えてやがった。
上町の方も見に行った。メーリング卿の屋敷の改修は完了してる。隣の屋敷も、その隣も。ハインツの石工チームが巡回して、鉄筋コンクリートの改修を進めてたらしい。
「メーリング卿が『棟方殿がいない間も工事を止めるな』と予算を出し続けてくれたんだ。おかげで上町の二十軒が改修済みだ」
二十軒。俺がいない間に。
こいつらも成長してやがる……ああ、こういうのも悪くねえな。
* * *
市場に行った。
繁盛してる。前より客が増えてる気がする。
浴場も行列だ。入口に「一回銅貨三枚」の看板が出てる。変わってねえ。
広場の水盤に水が流れてる。水道も正常。
フェルマンが帳簿を持って走ってきた。
「棟方殿、お帰りなさい! 早速ですが、報告がございます!」
「報告たぁ何だ?」
「市場の月間売上が、開場時の三倍になっております! テナントも全区画が埋まりまして、拡張の要望が——!」
「拡張は帰ってから考える。今、帰ってきたとこだぞ」
「あ、申し訳ございません。では、また改めてお願いします!」
商人は相変わらず前のめりだ。まあ、そういうのも嫌いじゃないが。
作業場に戻って、荷物を降ろした。
変わってないのはここだけだ。工具棚、作業台、図面板。ルッカの鍛冶場。ガルドの飯場。リルの精霊たちがくつろぐ角。カーラが占領してる風呂。
……ああ。帰ってきたな。
「おーい親方ー! 風呂沸いてるぞー!」
ガルドの声。こいつ、帰ってきてまず風呂を沸かしたのか。分かってるじゃねえか。
風呂に浸かった。
……くぅーーっ。
やっぱりうちの風呂が一番だ。フェルゲン村の共同浴場も悪くなかったが、ここは格別。壁も湯船も俺が自分で作ったもんだ。手前味噌だが、出来がいい。
湯船に浸かりながら、考えた。
俺がいない二ヶ月で、ハインツとダグがブロック工場を作り、道路を舗装し、排水溝を通し、上町の改修を二十軒進めた。俺が教えた技術を自分たちで応用して、街を変えていってる。
嬉しい。
素直に嬉しい。
親方の仕事ってのは、自分がいなくても現場が回るようにすることだ。自分がいなきゃ何もできない現場は、親方が悪い。自分がいなくても回る現場を作れたら、それが一番の仕事だ。
元の世界で工務店をやってた時は、そこまでできなかった。結局、俺がいなきゃ回らない会社だった。
今回は違う。
俺がいなくても、街は良くなっていく。ハインツがいて、ダグがいて、ガルドがいて、ルッカがいて、リルがいて。それぞれが自分の持ち場で腕を振るって、街を変えていく。
俺がやったのは、最初の一歩を踏み出しただけだ。あとは勝手に広がっていった。
……柄にもなく感慨に浸っちまった。湯が長すぎるとのぼせる。上がるか。
風呂から出ると、カーラが待ち構えてた。
「順番。早く出て」
「……お前、帰ってきた人間に対する態度がそれか」
「お帰りなさい。順番、早く出て」
「一言足しただけじゃねえか」
カーラが風呂に消えていった。
ガルドが飯を作ってる。ルッカが工具の手入れをしてる。リルが精霊と明日の天気を確認してる。
いつもの夕方だ。
明日からまた仕事が始まる。フェルゲン村の成功報告をアレクシス王子に上げて、次の展開を相談する。ブロック工法の全国展開。新しい村の設計。城壁の第三段階改修。やることは山ほどある。
だが今夜は——飯食って寝る。
「ガルド、飯できたか」
「もうちょいだ。——なあ、親方」
「なんだ」
「お帰り」
「……ああ、ただいま」




