親方、村を変える
フェルゲン村の再建が始まって六週間。
五十軒のうち四十二軒が完成した。残り八軒も壁が立ち上がっていて、あと一週間で全部揃う。
村に生活が戻ってきた。
朝は鶏が鳴く。畑に出る農夫がいる。子供が防風壁の影で遊んでる。洗濯物が干してある。鍛冶場からはルッカの弟子が鉄を叩く音が響いてる。
コンクリートブロックの灰色の家が、千鳥に並んでる。見た目は正直、あんまり可愛くねえ。灰色の箱が整列してるだけだ。だが頑丈さは折り紙つき。ガルドが壁を殴っても傷一つつかない。あいつはもう壁を殴るのをやめた。手が痛いからだ。
水道も通った。王都の時と同じ要領で、北の丘の清流から水路を引いた。距離は八百メートルと短かったから、三日で完成した。村の中央に水盤を設けて、各家に竹——じゃなくて筒草の配管で分配してる。
排水路も完備。コンクリートの溝が村全体を巡って、東の小川に流れ出る。雨が降っても道はぬかるまない。
風呂もある。小さな共同浴場を一棟建てた。避難民たちが「風呂ってのはこんなにいいもんだったのか」と毎晩感動してる。カーラが設計に口を出して、例の腰掛け縁がちゃんと付いてる。
平和な日々。
だが、平和は長くは続かない。ここはグラオス山脈の麓だ。
* * *
その日の朝は、よく晴れていた。
俺は村の南端で、最後の八軒の配筋を確認していた。ルッカが鉄筋の間隔を測ってくれてる。
「親方、この区画の鉄筋、ピッチが少しだけ広いです。二センチ詰めた方がいいと思います」
「直してくれ。——お前、もう俺より目がいいな」
「鉄のことだけは、親方にも負けませんから!」
生意気言うようになった。いいことだ。
――その時、カーラが防風壁の上から叫んだ。
「北からワイバーン! 数は一体、距離は三キロ!」
カーラの警告を聞いて、村の住民が動きを止めた。洗濯物を干してた女が空を見上げた。畑にいた男が鍬を握りしめた。子供が母親にしがみついた。
恐怖だ。前回、こいつらはワイバーンに生活の全てを奪われた。その記憶が蘇ってる。
逃げなきゃ、またやられる。全部壊される——そういう顔をしてる。
「逃げるな!!」
だから、俺は声を張って言った。
「家に入れ、窓を閉めろ! 今回はそれだけでいい!!」
住民がぽかんとした顔で俺を見た。
「に、逃げなくていいのか……!?」
「いい、お前らが建てた家だ! お前らの手で積んだブロックの壁がある、鉄筋が入ってる、コンクリートが固まってる! 外にいる方が危ねえ、家の中が一番安全だ!」
住民たちの目は泳いでいた。
信じたい、でも怖い。そういう顔だ。
農夫のおっちゃん——最初にブロックを積んだあのおっちゃんが、最初に動いた。
「親方が言うなら、俺は信じる! おい、家に入るぞ! 窓を閉めろ!!」
おっちゃんが家族を自分の家に押し込んだ。
それを見て、周りの住民も続いた。
一人、二人、五人、十人。次々と家に入っていく。
扉が閉まる。窓が閉まる。
一分で、村の外に人がいなくなった。
残ったのは俺とガルドとリルとルッカ、カーラ、それに現場にいた作業員が十数人。
「お前らも家に入れ」
「親方は?」
「俺は見届ける。防風壁の裏にいりゃ大丈夫だ」
作業員たちが家に入った。ガルドとリルとルッカは俺の隣に残りやがった。カーラは防風壁の上だ。降りる気がねえ。
「お前らも入れっつったろ」
「親方が残るなら俺も残る」
「精霊たちが見届けたいって」
「わたしも見ます」
「ならまあ……勝手にしろ」
ワイバーンが近づいてくる。北の空に影が見えた。翼を広げた巨大なトカゲ。全長十メートルくらい。大型ドラゴンに比べりゃ小さいが、前回この村を壊滅させたのはこいつらの群れだ。
今回は一体。群れじゃないが、一体でも十分に脅威だ。
防風壁の裏に身を寄せた。
そして――来た。
ワイバーンが村の上空を通過した。
バンッ!!!!
衝撃波――空気が叩きつけられる音。
防風壁がそれを正面から受けた。少し後に、ゴウ、と重い音がして、風が左右に割れた。壁の裏側にいる俺たちには、強めの風が当たっただけ。
村の中――千鳥配置の家が、防風壁を越えてきた残りの風を受け止めてる。一列目の家の隙間を抜けた風が、二列目の家にぶつかって弱まる。三列目には、ほとんど届いてねえ。
五秒で通過した。
静寂……。
防風壁の上から、カーラが報告した。
「ワイバーン、通過。被害は——」
一拍置いて。
「なし。……被害なし! 建物の損傷、確認できず!」
* * *
家の扉が開き始めた。
住民たちが、恐る恐る外に出てくる。空を見上げる。ワイバーンの影はもう南に飛び去っている。
足元を見る。
道はそのまま、壁にひびはねえ、窓も割れてねえ。
家の中を振り返る。棚の上のコップが、一つも落ちてない。
「……嘘、だろ」
農夫のおっちゃんが呟いた。
「ワイバーンが飛んだのに。上を飛んだのに。——何も、壊れてねえ!!」
隣の家から女が出てきた。赤ん坊を抱いてる。赤ん坊は寝てる。ワイバーンの通過に気づかなかったんだろう。
「赤ちゃん、起きなかったわ。あまりにも揺れなかったから……」
次々に、村がざわめき始めた。
「本当だ。家の中、全然揺れなかったぞ!?」
「コップも皿も落ちてねえ!!」
「前は家ごと吹っ飛ばされたのに——!!」
「壁だ。あの灰色の壁。俺たちが積んだ壁が——!」
おっちゃんが、自分の家の壁に手を当てた。
これは、自分で積んだブロックの壁だ。
その壁が、ワイバーンの衝撃波を跳ね返したんだ。
「守ってくれた……俺が作った壁が、家族を守ってくれた……!!」
おっちゃんが壁に額を押し当てて泣いた。
周りでも泣いてる奴がいた。笑ってる奴もいた。抱き合ってる家族がいた。
子供が走ってきて、俺の足に抱きついた。
「おじちゃん! おうち、こわれなかったよ!」
「……ああ、壊れなかったな」
「おじちゃんのつみきすごいね!」
積み木……コンクリートブロックのことか。
「すごいのは、お前らの父ちゃんと母ちゃんだよ。積んだのはあの人たちだ」
子供がきょとんとして、父親の方に走っていった。「おとうちゃんすごい!」って叫んでる。父親がまた泣いてる。泣いてばっかりだな、この村は。
ガルドが横で鼻をすすってた。
「親方……」
「おいおい、獣人が泣くなよ」
「うぐっ……泣いてねえよ」
「嘘つけ、鼻水垂れてるぞ」
「いや……コンクリートだ、これは」
「そりゃあちょっと、無理がねえか」
リルは普通に泣いてた。精霊たちがリルの涙を拭こうとして、逆にリルの顔をべちゃべちゃにしてた。何やってんだお前ら。
ルッカは壁を触って回っていた。ひびがないか確認してるんだろう。職人の習性だ。
「親方。全棟、異常なしです!」
「よし。上出来だ!」
カーラが防風壁から降りてきた。
「親方。これ、王都にも報告した方がいいんじゃない? ワイバーンが通過して被害ゼロ。この実績は、他の村にも広がるべきよ」
「ああ、報告はするつもりだ。——だが、先にやることがある」
「何?」
「残り八軒を仕上げる。五十軒全部揃わなきゃ、完成じゃねえ」
カーラがかかっと笑った。
「ほんっと、あんたらしいわ」
夕方、未完成の八軒の工事を再開した。
避難民たちが手伝いに来た。さっきまで泣いてた連中が、ブロックを担いで走ってきた。目が違う。恐怖が消えて、自信に変わってる。自分が建てた家が自分を守った。その事実が、こいつらを変えた。
「おい親方! 俺にもブロック積ませてくれ!」
「俺もだ! もっと積むぞ!」
「早く五十軒揃えようぜ!」
……ったく。さっきまで泣いてたくせに、元気なもんだ。
まあいい。手は多い方がいい。
「よし、じゃあ全員持ち場に付け! 日が暮れる前にあと一段は積むぞ!」
「「「おう!!!」」」
こいつらの声、王都の作業員よりでけえな。
だが……悪くねえ。全然、悪くねえよ。




