親方、村を設計する
王都を出た。
棟方組の全員を連れて北へ向かう。馬車二台。俺とリルとルッカが一台目、ガルドとカーラと資材が二台目。カーラは護衛名目だが、「遠出って楽しいわね」と遠足気分だ。
目的地はフェルゲン村——の跡地。ワイバーンの群れに壊滅させられた開拓村だ。避難民を百軒の家に収容したあの村。
ここに、王国初の『耐ドラゴン要塞村』を建てる。
* * *
二日後。現地に着いた。
何もなかった。
本当に何もない。家の跡も、畑の跡も、道の跡すらない。ワイバーンの群れが通過した衝撃波で、全てが吹き飛ばされて更地になっている。地面には黒い焼け跡だけが残っている。
「こりゃあ……ひでえな」
ガルドが絶句している。
リルは精霊と話してる。
「ノームが言ってます。この辺りの土は、焼けた灰が混じって養分が豊かになってるって。畑にするには、むしろいい土だって」
「焼き畑みてえなもんか。……皮肉な話だな」
だが悪い話じゃない。村を作るなら農地も必要だ。
土が肥えてるなら、食料の自給が早い段階でできる。
ルッカは地面を掘り返してる。
「親方、この辺の土は粘土質です。レンガの材料になります。石灰岩は……北の方の丘に露頭がありそうです」
「いい目だ。現地で建材が調達できれば、輸送コストが浮く」
さて、まずは歩こう。
* * *
丸一日かけて、跡地とその周辺を歩き回った。
地形を頭に入れる。北側に丘陵地帯。グラオス山脈がその向こうに聳えてる。ドラゴンが来るとしたら北からだ。南は緩やかな平地で、東に小川が流れてる。西は森。
風の通り道を確認する。
「リル、シルフに頼んでくれ。この辺の風の流れを教えてほしい」
「はい。——シルフが言ってます。北風が丘を越えて南に吹き下ろすのが基本の流れだって。丘と丘の間の谷間は、風が集中して強くなるって」
谷間に風が集中する。ドラゴンが北から来た場合、翼の衝撃波も同じルートで流れ込んでくるはずだ。谷間が一番危ない。
「ガルド、あの丘の上に登って、周りの地形を教えてくれ。どっちの方角が低くて、どっちが高いか」
「おう!」
ガルドが丘を駆け上がっていった。獣人の脚力だと丘の一つや二つは散歩みたいなもんだ。
戻ってきたガルドの報告と、精霊の情報と、自分の足で歩いた感覚。全部を合わせて、頭の中に地形の立体図を描いた。
夜、焚き火の前で図面を引き始めた。
「見てろ。これがフェルゲン村の設計図だ」
全員が覗き込んできた。
まず村全体の配置。
「村は丘の南斜面に作る。北側に丘があることで、ドラゴンのブレスや衝撃波の直撃を避ける。丘が天然の盾になるってわけだ」
「丘を盾にするんですか!?」
リルが目を丸くした。
「そうだ。だが、丘だけじゃ足りない。衝撃波は丘を越えて吹き下ろしてくる。そこで——」
図面に建物の配置を描き込んだ。普通の村は、家を好き勝手な場所に建てる。道も曲がりくねって、計画性がない。
俺が描いたのは違う。
村の北端に、分厚い鉄筋コンクリートの防風壁を二枚、ハの字型に配置する。北から来た風は、この壁にぶつかって左右に分かれる。
「防風壁で衝撃波を左右に割る。村の中心には、風が直撃しない」
「おお……!!」
防風壁の後ろ——つまり村の本体。家は横一列に並べるんじゃなく、互い違いに配置する。一列目の家と家の隙間を、二列目の家が塞ぐ。風が隙間を通り抜けようとしても、次の列の建物にぶつかって弱まる。
「これ、千鳥配置って言ってな。風の通り道を建物でジグザグに塞いでいく。一直線に抜ける隙間を作らないことで、風圧がどんどん減衰していく」
ガルドが首をかしげてる。
「えーと……つまり、家の並べ方で風を弱くするってことか?」
「そうだ。家一軒一軒は風を受ける。だが村全体で見ると、手前の家が風を弱めて、次の家がさらに弱めて、奥に行くほど風が弱くなる。最後列の家には、ほとんど風が届かない」
「家が、風の盾になるのか!」
「いい理解だな。一軒一軒が盾であり、同時に盾に守られてもいる。全体で風を殺す仕組みだ」
カーラが焚き火の向こうから口を挟んだ。
「あたし、戦術でそういうの聞いたことあるわ。盾持ちの兵士を互い違いに並べて、矢の雨を受け止める陣形。それと同じ?」
「まさにそれだ。姐さん、分かりやすい例えをありがとう」
「ふふんっ♪」
カーラが得意げだ。
次に、個々の建物の設計。
「家は全部、鉄筋コンクリートで建てる。壁の厚さは三十センチ。屋根も鉄筋コンクリートの平屋根だ。瓦屋根は風で飛ぶが、コンクリートの屋根は飛ばない」
「窓は?」
「北側の窓は小さくする。南側は大きくていい。普段の採光と換気は南窓で取って、ドラゴンが来た時は北側の被害を最小限にする」
ルッカが図面を覗き込んで言った。
「親方、鉄筋の量がかなり要りますね。一軒ずつ鍛冶場で叩いてたら間に合いません」
「ああ、だから鍛冶場も村に作る。ルッカ、お前の鍛冶場の三倍のサイズだ。弟子を取れ。ドワーフでも人間でもいい、鉄を打てる奴を集めろ」
ルッカの目が大きくなった。
「わたしが……弟子を?」
「お前はもう一人前だ。教える側に回れ」
「……はい、親方!」
小さな声だったが、芯があった。
* * *
翌日から、村の建設を開始した。
まず防風壁から。鉄筋コンクリートの壁、高さ四メートル、厚さ五十センチ。ハの字型に二枚。これが村の盾になる。
アレクシス王子の手配で、王都から作業員が五十人派遣されてきた。ハインツ率いる石工チーム十五名も同行。
地元のフェルゲン村の避難民たちも戻ってきた。自分たちの村を自分たちの手で建て直したいと志願した連中だ。二十人。目が違う。
「お前ら、辛い思いをしたのは分かる。だから今度は、壊されない村を作ろう。壊れないことは俺が保証する。——みんなの手を貸してくれ!」
「「「……はい!!」」」
泣きながら返事する奴が何人かいた。
これだけの目に遭ってくじけねえたぁ、なかなか肝っ玉がすわってやがる。
俺も泣きてえ気分だが、今はそうもいかねえ。
防風壁の基礎を打つ。ドワーフの噛み合わせ工法で基礎石を組み、鉄筋コンクリートの壁を立てる。風の精霊が高所の作業を支えて、土精霊が基礎の密着度を監視する。火精霊がコンクリートの養生を助け、水精霊が水の管理をする。
四種類の精霊がフル稼働だ。リルが精霊四体の連携を一人で指揮してる。こいつ、いつの間にかとんでもない精霊使いに育ってる。見習いだった頃が嘘みてえだ。
防風壁が一週間で立ち上がった。
北風が吹いた日に、壁の効果を確認した。壁の手前では風がびゅうびゅう吹いてるのに、壁の裏側は嘘みたいに穏やかだ。
「すげえ! 壁の向こうは、全然風が来ねえぞ!!」
「ほんとだ……これが、親方の力か」
「信じられねえ、凄すぎるだろ!?」
作業員たちが壁の前と後ろを行ったり来たりして驚いてる。
「これ、ドラゴンの衝撃波にも効くのか!?」
「風の原理は同じだ。規模が違うだけで、壁にぶつかって左右に割れるって点は変わらない。もちろんドラゴンの衝撃波はただの北風よりはるかに強いから、壁の厚みと鉄筋で耐える必要がある。だが、ゼロにする必要はねえんだ。半分に減らせれば、建物が耐えられる」
「半分で足りるのか?」
「千鳥配置の建物がさらに半分にする。防風壁で半分、建物の配置でさらに半分。最後列に届く衝撃は、元の四分の一以下だ」
四分の一。
ワイバーンの群れの衝撃波が四分の一に減衰したら、鉄筋コンクリートの家なら余裕で耐える。大型ドラゴンでも、致命的な被害は出ない。
もちろん、先頭の家はもっと頑丈にする。分散配置ったって、前の家が壊れたら意味ねえからな。
「親方……」
フェルゲン村の避難民の一人が、防風壁を見上げていた。
「この壁があったら、うちの村は壊されなかったんですか……」
「この壁と、鉄筋コンクリートの家があれば、壊されなかった」
「もう、逃げなくていいんですか……」
「逃げなくていい、ここに住め。俺が——俺たちが、壊されない村を作る」
そう言うと、大の男たちが何人も泣いた。
親方って言いながら、ありがとうって言いながらよ。
……くそ、目にゴミが入っちまった。
こういう瞬間に、俺は弱えんだよな。
「ったく、泣くなっつっただろ! 手を動かせ、家はまだ一軒も建ってねえぞ!」
「「「はい、親方!!!」」」
ガルドは鼻をすすりながらコンクリートを練ってる。リルは泣きながら精霊に指示を出してる。ルッカは黙って鉄筋を叩いてる。カーラは壁の上で見張りをしながら、ちょっとだけ目が赤い。
ここに村を作る。壊されない村を。
棟方組の——たぶん、一番大事な仕事だ。




