親方、朝を迎える
ドラゴンが去った翌朝。
俺は壁の上にいた。夜通し点検して回って、結局一睡もしなかった。三日ぶりに寝てない計算だが、身体はまだ動く。STR:Sの体力だけはありがてえ。
朝日が昇って、被害の全容が見えてきた。
まず城壁。全周八キロを歩いて確認した。
北面——ドワーフ工法で積み直した区間。ヒビはゼロ。七回の通過と一回のブレスを食らって、傷一つない。噛み合わせの溝が衝撃を完璧に分散した。千年前のドワーフの技術と、コンクリートの組み合わせ。文句なしだ。
東面——同じくドワーフ工法。昨夜の応急補修箇所が三つ。いずれも表面のヒビをコンクリートで塞いだだけで、構造的なダメージはない。本修繕は必要だが、緊急性はない。
南面と西面——コンクリート被覆の区間。ヒビは合計十二箇所。うち深いのが二箇所。だがどちらも昨夜のうちに応急処置済みだ。壁自体が倒壊した区間はゼロ。
全周——倒壊ゼロ。崩落ゼロ。突破ゼロ。
四年前の『竜降ろし』では、東面が大規模に崩壊して、瓦礫の下敷きで三十七人が死んだ。今回は死者ゼロだ。
バルクス隊長が報告に来た。
「棟方殿、被害の集計が出ました!」
「ああ、聞こうじゃねえか」
「城壁の損傷は軽微。市内の建物被害は——」
隊長が羊皮紙を読み上げた。
市場と南区画。被害なし。コンクリート建築は全棟無傷。排水路も水道も正常に機能。浴場は竜降ろしの最中も避難所として使われ、中にいた七十人は全員無事。
「親方の建物は一棟も壊れていません。文字通り、一棟もです」
次、下町。
被害ありだが、四年前より大幅に軽減。倒壊した建物は八棟。四年前は五十棟以上が倒壊した。
「被害が減った理由は明白です。ダグたちの大工がほぞ組みと水糸で補修した家が、軒並み耐えています。従来の工法で建てた家だけが壊れました」
ダグの仕事が効いてる。あいつらにほぞ組みと水糸を教えたのが、ここで返ってきた。技術は広めた方がいい。俺一人じゃ街全部は守れない。だがやり方を教えれば、街全体が強くなる。
「上町は?」
「上町は石造りですので大きな倒壊はありませんが、壁のひび割れや窓の破損が多数。ヴェルトール伯の屋敷も雨樋が吹き飛んだそうです」
雨樋か……あれは筒草で作った簡易版だったからな。コンクリートか鉄で作り直してやるか。
全体の死者数——ゼロ。負傷者は十二名。いずれも軽傷。
四年前:死者三十七名、重傷者百名以上、倒壊建物五十棟以上。
今回:死者ゼロ、軽傷者十二名、倒壊建物八棟。
この差を作ったのが、コンクリートとほぞ組みとドワーフの噛み合わせだ。
* * *
被害調査の途中で、やばい建物を見つけた。
下町の東寄り。三階建ての木造長屋。壁にでかいヒビが入って、二階と三階の間の梁が折れかけてる。今は辛うじて立ってるが、風が吹いたら倒れる。
中にまだ人がいた。
「おい、出ろ! この建物は危険だ! 今すぐ避難しろ!」
住人を全員外に出した。六人。年寄りが二人いて、足が悪い婆さんをガルドが背負って降ろした。
全員が出た直後に、壁を確認する。
二階の梁が折れた原因は、柱との接合部だ。釘で留めてあったが、衝撃で釘が抜けた。柱は残ってるが梁が外れかけて、壁が支えを失って倒れかけてる。
ほぞ組みなら起きなかった事故だ。釘は引っ張る力に弱い。衝撃が来ると抜ける。ほぞは噛み合ってるから引っ張られても抜けない。
だが今は原因分析してる場合じゃない。このまま放置したら隣の長屋も巻き込んで倒壊する。
「ガルド、丸太三本! 支保工だ! 梁が完全に折れる前に支えるぞ!」
「おう!」
ガルドが丸太を担いできた。建物の中に入って、折れかけた梁の下に丸太を突っ張る。支保工。井戸を直した時から何度もやってきた基本技だ。
丸太が梁を支えた。倒壊の危険が消えた。
「次。梁を仮接合する。ルッカ、鉄の金具はあるか」
「持ってきてます、親方」
ルッカがカバンから鉄のL字金具を取り出した。こういう緊急用の部材を常に持ち歩いてる。いい習慣だ。
折れかけた梁と柱をL字金具で仮固定。釘ではなくボルトで締める。ルッカが作ったボルトとナットだ。
「これで応急処置は完了。本修繕は後日やる、今は他の危険物件を回るぞ!」
住民の婆さんが手を合わせた。
「ありがとうございます、親方さん。うちが潰れるかと思って……」
「潰さねえよ。必ず直す、それが土方の矜持ってもんだ」
こういう地味な仕事が、一番大事だ。ドラゴンを退けた城壁も大事だが、目の前の婆さんの家を支える丸太一本も、同じくらい大事だ。
* * *
午後。ヴェルトール伯の屋敷に呼ばれた。
応接間にはレンハルト卿もいた。それと——見たことのない男が一人。
若い。二十代半ばか。上等な服に、腰に細身の剣。目つきが真っ直ぐで、妙にきらきらしてる。貴族の坊ちゃんって感じだが、身体つきは鍛えてある。
「棟方殿。紹介する」
伯が立ち上がった。この人がこんなに丁寧に紹介するのは初めてだ。
「レグニカ王国第二王子、アレクシス殿下だ」
おうじ……!?
おうじって、おい……あの『王子』か!?
聞き間違えじゃねえよな、流石に。
「殿下が、直々に棟方殿に会いたいと仰せになった」
王子が一歩前に出た。
「棟方殿。あなたの壁が、この街を救いました」
「い、いえいえ。壁を作ったのは俺じゃなくて、大勢の作業員と——」
「謙遜は結構。――私は昨夜、壁の上にいました。あなたがコンクリートのバケツを持って走り回っているのを見ていたんだ」
壁の上にいた? 守備隊に混じって戦ってたのか、この王子様は。
「剣ではドラゴンの鱗に傷一つつけられなかった。魔法も通じなかった。勇者がいれば違ったかもしれませんが、この国に勇者はいない。——だが、あなたの壁はドラゴンを止めた。剣でも魔法でもなく、その壁で」
王子の目は本気だった。
「父上に進言します。棟方殿を『王国建築総監』に任命するように」
「おうこくけんちくそうかん……?」
「王国の全ての建築事業を統括する役職です。新設になりますが、必要な役職だと確信しています」
おい……。
おいおいおいおいおいおいおいおいおい。
ちょ、ちょっと待て!
いくらなんでも、話がでかすぎるだろ!?
「殿下、俺はただの『土方』です。お役人の仕事なんていうのは——」
「あなたに役人になれとは言いません。今まで通り現場で働いていただきたい。ただし、王国の建築に関する全ての権限をあなたに預けます。予算も、人員も、必要なだけ使える。その代わり、この国の建物を全て、昨夜のドラゴンに耐えられるものに作り替えてほしい」
この国の建物を全て。
全て、だと!?
「……王都だけじゃなく?」
「王都だけではありません。フェルゲン村のように壊滅した集落がいくつもある。国境の砦も、地方の城壁も、全て、です」
王国全土の建築を作り替える。
途方もねえ話だ。
何年かかるか分からない。
十年か、二十年か。
だが——やりがいはある。とんでもなくある。
「一つ条件があります」
「聞こう」
「現場には、俺の弟子たちと精霊使いを連れていく。あいつらがいなきゃ、俺の仕事は成り立たない」
王子がくすっと笑った。
「ええ、もちろんです。棟方組の皆さんには、王国として正式に待遇をお約束します」
棟方組。
王子の口からその名前が出るとは思っちゃいなかった。
もしかして、俺の異世界土方生活……とんでもなくヤバイ方向に進んでねえか?
* * *
屋敷を出た。
外でガルド、リル、ルッカ、カーラが待っていた。
「どうだった、親方」
「……王国の建物を全部作り替えろって言われた」
四人が固まった。
「ぜ、全部!?」
「全部だ。王都も、地方の村も、砦も、全部。――しかも、新設の『王国建築総監』っつう役職付きで」
もちろん、全員沈黙した。
分かるぜ、その気持ち。
王子の前でも、俺もそんな顔をしてたと思う。
カーラが最初に口を開いた。
「面白そうじゃない」
「面白いで済む規模じゃねえぞ」
「でもやるんでしょ」
「……ああ、やる」
ガルドが拳を握った。
「親方がやるなら、俺もやる」
リルが頷いた。
「精霊たちも、やる気です」
ルッカが静かに言った。
「親方。わたしの工具で、この国の全部の建物を支えたいです」
……こいつら、やっぱり根性がある。
「よし。——棟方組、次の現場だ。今度は国一つ分だ」
王都ローデンの街を見渡した。
南区画の市場が無傷で建ってる。水道橋のアーチがある。コンクリートの城壁もある。
全部、俺たちが作ったもんだ。
次はこれを、国中に広げる。
棟方鉄、四三歳。異世界土方。
仕事は——まだまだ続く。
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親方の物語はまだまだ続きます。
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