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異世界土方建築無双 ~女神の加護? いらねえよ、俺にはコンクリがある~  作者: ぶらっくそーど


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親方、竜降ろしに立つ


 夜明け前。


 北の空が赤い。山の向こうで何かが燃えてる。断続的に地鳴りが響いて、空気がびりびり震えてる。


 王都中に警報の角笛が鳴り響いた。


「全市民に告ぐ! 大型ドラゴン接近! 『竜降ろし』警報発令!」


 四年ぶりの竜降ろし。王都ローデン、十万人の命がかかってる。


 俺は走った、市場の広場へ。


「ガルド! 下町の住民を南区画に誘導しろ! 市場の集会棟と浴場に収容する!」


「浴場に?」


「市場と浴場はコンクリート造りだ! この街で一番頑丈な建物だ、屋根が飛ぶ心配がない。壁も崩れねえ、百人は入れる!」


「おう、分かった!」


 ガルドが勢いよく走っていった。


「リル、精霊たちに伝えてくれ! ノームは地盤の監視、水の精霊は水道と排水路の管理、火の精霊は待機、シルフは城壁の上空で風の変化を監視だ!」


「はい!」


「ルッカ! 予備のコンクリートを練れ! ありったけだ! バケツに小分けにして、壁の内側に配置しろ!」


「はい、親方!」


 ルッカが鍛冶場に走った。予備のコンクリート。壁にヒビが入った時、即座に塞ぐための応急材だ。


「カーラ」


「分かってる。壁の上で戦う」


「頼む。——お前が壁の上にいてくれると、助かる」


「任せなよ、親方!」


 カーラが剣を抜いて、城壁に向かった。



    * * *



 空が白み始めた頃、そいつが見えた。


 北の山脈の稜線の上に、巨大な影が浮かんでいた。


 でかい。ワイバーンの比じゃねえ。翼を広げた幅が——百メートル近くあるんじゃねえか。胴体だけでも三十メートル。黒い鱗に覆われた巨体が、ゆっくりと翼を動かしている。


 山を発った。こっちに向かってくる。


 城壁の上には守備隊と冒険者が並んでいる。弓兵、魔法使い、剣士。カーラもいる。


 俺は壁の上にいた。


 戦うためじゃねえ、壁を守るためだ。


 コンクリートのバケツを十個、壁の上に並べてある。コテと金槌を腰に差してる。剣の代わりに工具を持って、戦場に立ってる。


 格好悪いだろう。四三歳のおっさんが、コテを握って城壁の上に立ってるっつう絵面だ。


 だが——この壁を一番よく知ってるのは俺だ。どこが強くて、どこが弱いか。ヒビが入るならどこから入るか。それを即座に見つけて塞げるのは、俺しかいない。


 ドラゴンが近づいてくる。地面の振動が強くなる。翼を打つたびに、風が波のように押し寄せてくる。


 三キロ。二キロ。一キロ。


 でけえ。


 近づくほどにその異常さが分かる。


 あれは生き物の大きさじゃない……空飛ぶ災害だ。


 五百メートル。


 ドラゴンが口を開いた。喉の奥が赤く光って——


 ブレスが来た。


 炎の奔流が北面の城壁に叩きつけられた。


 空気が燃え、熱風が顔を焼く。


 だが、壁には当たってない。ブレスは壁の手前の地面に着弾して、爆風が壁に叩きつけられた。直撃じゃなく、余波だ。


 壁は耐えた。北面はドワーフ工法で積み直した最強の区間だ。ブレスの余波くらいでは揺るがねえ。


 問題は、その後だ。


 ドラゴンが城壁の上を飛び越えた。


 その瞬間——衝撃波が来た。


 巨体が空気を叩く音。翼の一振りで生まれる暴風。ワイバーンの何十倍もの規模。壁の上に立ってた兵士が、何人か吹っ飛ばされた。


 俺は壁にしがみついた。風圧で身体が浮きそうになる。歯を食いしばって耐えた。


 ドラゴンが通過した。


 壁は——立ってる。


 だが。


「ヒビだ!」


 東面。コンクリート被覆の区間に、髪の毛ほどの細いヒビが走った。壁の上から見下ろすと、被覆の表面に一本の線が入ってるのが見えた。


 走った。


 東面のヒビの場所まで全力で走る。壁の上は幅が二メートルあるから走れる。


 ヒビの前にしゃがみ込んで、指で触った。深さは——表面だけだ。コンクリートの被覆層に亀裂が入ったが、内側の古い壁までは達してない。構造的には問題ねえ。


 だが、放っておいたら次の衝撃で広がる。


 コンクリートのバケツを掴んで、コテでヒビにコンクリートを押し込んだ。細い亀裂に、セメントペーストを塗り込んでいく。三十秒で応急処置完了。


「リル! 土精霊にこの辺の壁の内部を見てもらえ! 力の流れにおかしいところがないか!」


 リルが壁の下から叫び返した。


「ノームが言ってます! 東面の中央に力が集中してるって! 次の衝撃が来たら、ここから三十メートル南寄りの場所が危ないって!」


 三十メートル南。走った。


 まだヒビはねえ。だが精霊が「次に割れる場所」を教えてくれてる。


 ここに予防的にコンクリートを塗った。壁の外側にコテで厚く塗りつけて、補強する。



    * * *



 ドラゴンが旋回してきた。二回目の通過。


 今度は南側から来た。低い……前回より低い。


 衝撃波がまた来る。壁全体が、ゴゴゴと震えた。


 南面。コンクリート被覆の区間。


 さっき補強した東面の場所は——無傷。予防処置が効いた。


 だが、南面にヒビが三本入った。


「見えた! 南面、西寄りに三本!」


 走った。バケツを持って走った。


 一本目、コテで塞ぐ。二本目、塞ぐ。三本目——これは深い。表面だけじゃない。コンクリート層を貫通して、内側の古い壁まで達してる。


「ガルド! ここに丸太を一本持ってこい! 内側から突っ張る!」


 ガルドが壁の内側から丸太を担いで走ってきた。支保工だ。ヒビの内側に丸太を突っ張って、壁が開くのを防ぐ。


 その間に外側からコンクリートをたっぷり塗り込む。ヒビを完全に埋める。


「火の精霊! ここのコンクリートの硬化を早めてくれ!」


 サラマンダーがコンクリートの表面を温めた。硬化が加速する。


 三回目の通過。


 ドラゴンが北面の上を飛んだ。


 北面——無傷。ドワーフの噛み合わせ工法が、衝撃を完璧に分散してる。精霊が見ている「力の流れ」が、溝を通じて壁全体に広がって、一箇所に集中しねえ。


 壁の上でカーラが剣を振るってる。ドラゴンの足を狙って斬りつけた冒険者が二人いたが、鱗に弾かれた。あの巨体に人間の剣は効かねえだろうな。


 だが、壁は効いてる。


 ドラゴンは壁を壊せないことに気づいたのか、旋回のたびに苛立ったような咆哮を上げている。四年前は城壁が崩れて街に被害が出たはずだ。今回は壁が持ってる。ドラゴンにとっても想定外なんだろう。


 四回目の通過。五回目。六回目。


 そのたびに俺は壁を走って、ヒビを見つけて、塞いで、補強して、次の弱点を精霊に聞いて、先回りして処置した。


 コンクリートのバケツが空になっていく。ルッカが下から新しいバケツをロープで引き上げてくれた。


「親方! コンクリート追加です!」


「助かる!」


 七回目の通過の後、ドラゴンが高度を上げた。旋回が大きくなった。遠ざかってる。


「……引いてくのか?」


 カーラが空を見上げた。


 ドラゴンが北に向かって飛んでいく。ゆっくりと。翼を大きく動かしながら。


 山に帰っていく。


 壁を壊せなかったからだ。


 ドラゴンにとって、壊れない壁は意味がない。壊して中の人間を食うか、壊した瓦礫で巣を作るか——どっちにしろ、壊れなきゃ用がない。


 でっけえ影が小さくなっていく。山の向こうに消えていく。



    * * *



 静寂……。


 城壁の上に立っている全員が、北の空を見つめていた。


 ドラゴンの姿が完全に見えなくなった。


 そして——歓声が爆発した。


 壁の上から。壁の下から。街中から。



「壁が、持ったぞおおお!!!」


「すげえ……すげえよ!!」


「城壁が崩れなかった!!」


「俺たちは夢を見ているのか!?」


「四年前はこの壁が壊れて何百人も死んだんだ! 今回は——一人も死んでない!!」



 一人も死んでない。


 壁が、守った。


 俺はその場に座り込んだ。コンクリートまみれの手でコテを握ったまま。


 膝が笑ってる。全身の力が抜けたみてえに。


 ガルドが壁の上に登ってきた。泥だらけの顔で笑ってやがる。



「親方……壁、持ったな」


「ああ……持った」


「ヒビを走って塞いでる親方を見て、兵士たちが言ってたぞ。『あの男は何者だ!?』って」


「ただの『土方』だよ。ったく、何回言わせるんだ」


 カーラが降りてきた。返り血はないが、髪が風でめちゃくちゃだ。


「親方。あんた、ドラゴンが飛んでる最中に壁の上をコテ持って走り回ってたでしょ」


「ああ……」


「正気?」


「ヒビを塞がなきゃ壁が割れる。割れたら街がやられる。だったらよぉ、走るしかねえだろ」


「……あんた、やっぱとんでもないわ」


 カーラが笑った。呆れてるんだか感心してるんだか分からん笑い方だ。


 リルが泣きながら登ってきた。


「親方さん……よかった……壁が……」


「泣くな、仕事は終わってねえぞ。ヒビを全部点検して、本修繕する。泣くのはそれからだ」


「はいっ……ぐすっ……」


 ルッカは壁を撫でていた。ドワーフの噛み合わせが刻まれた石を、一つ一つ確かめるように。


「じいちゃん。壁、守れたよ……」


 震えた声が聞こえた。聞こえないふりをした。



 壁の上から下町を見た。南区画の市場が無傷で建ってる。浴場の煙突から湯気が上がってる。水道橋のアーチがある。下町の長屋は——何棟かやられてるが、前回より遥かに被害が少ねえ。ダグたちがほぞ組みで直した家が、持ちこたえてる。


 壁の外側では、ブレスで焼けた地面が煙を上げていた。あれが壁の内側に届いていたら、何百人が死んでいた。


 守った。


 剣も魔法も使えねえ、加護なしの四三歳の土方が、コンクリートのコテ一本で守ったんだぜ。


 ……悪くねえ。


 いいや。


 最高だ。

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