親方、ダンジョンを開ける
王都ローデンから東に歩いて小一時間。
街道を外れて森に入ると、岩肌がむき出しになった丘がある。その麓に、ぽっかりと口を開けた洞窟——のはずだった。
「……完全に塞がってるな」
ダンジョン「石喰いの穴蔵」。Fランクの冒険者でも潜れる初心者向けダンジョンで、中にはゴブリンやら大ネズミやらが湧く。素材の採取もできるらしく、下町の駆け出し冒険者にとっちゃ貴重な稼ぎ場だ。
その入口が、落盤で完全に埋まっていた。
岩と土砂が山になって、洞窟の口を塞いでる。高さはざっと三メートル。幅は五メートルほどか。見た感じ、天井部分の岩盤が割れて落ちてきたんだろう。自然崩落だ。
入口の前には、冒険者が十人ほどたむろしていた。
剣やら槍やらを持った若いのがほとんどだ。中には岩を蹴っ飛ばしてる奴もいる。苛立ってんだろう。稼ぎ場が塞がれたんだから気持ちは分かる。
だが、問題はそこじゃなかった。
瓦礫の山の手前に、二次崩落の跡があった。誰かが力任せに岩を引っ張り出そうとして、上の岩を巻き込んで崩したんだろう。引っ張り出した岩の横に、新しく落ちてきた岩が転がっている。
……危ねえな。下手したら死人が出るぞ。
案の定、冒険者の一人が瓦礫に手をかけた。
「いつまでもこうしちゃいられねえよな……よし、こうなったら、でかいのを先に退かして——!」
「おい、そこの若いの。悪いことは言わねえから、今すぐやめろ」
声をかけた。冒険者が振り向く。
「あ? ……なんだ、このおっさん?」
「それを引っ張り出したら上が崩れるぞ。――見ろ、その石の上に乗ってる岩が三つある。そいつが支えになってるんだ。下を抜いたら、全部落ちてくる」
冒険者がきょとんとしている。見ても分からんか。まあ、分からんだろうな。
「崩落除去の依頼を受けてきた。棟方鉄だ。悪いが、ここからは俺に任せてくれ」
ギルドカードを見せると、冒険者たちの顔が変わった。「技術職」の登録を見て首を傾げてる奴もいる。「技術職って、なんだ?」「さあ、なんかすげえ魔法でも持ってんじゃね?」大層な見当違いだが、まあいい。
まずは瓦礫の山を観察する。
崩落ってのは、見た目はめちゃくちゃでも構造がある。岩が落ちてきた順番、重なり方、噛み合い方——それを読めば、どこを抜けば安全に崩せるかが分かる。
逆に言えば、読まずに手を出すのが一番危ねえ。
瓦礫の山をぐるっと一周して、横からも上からも確認した。
……見えた。
全体の構造はこうだ。天井から落ちた大岩が三つ、互いにもたれかかるように噛み合っている。そのすき間を中小の石や土砂が埋めてる。大岩が骨格で、細かい石と土砂が肉。この三つの大岩の噛み合いを崩さずに、周りの土砂と中小の石を先に抜いていけば、最後に大岩だけが残る。大岩は噛み合いが外れれば自重で転がり落ちるから、安全な方向に誘導してやればいい。
要するに——外堀から埋める、の逆だ。外堀から抜く。
「お前ら、手を貸してくれ。ただし、俺の指示通りに動け。勝手に岩を触るな。約束できるか」
冒険者たちが顔を見合わせた。
「……おっさんが何とかできんのか、これ?」
「できる。ただし手順を間違えたら死ぬ。だから、言うことを聞け」
脅しじゃない。崩落現場で手順を間違えたら、本当に死ぬ。日本でもそういう事故は何度も見てきた。
数秒の沈黙の後、冒険者の一人が「分かった」と頷いた。残りも続く。中には俺のことを気に食わなさそうに見てるやつもいたが、稼ぎ場が使えなくて困ってるのは、全員同じだ。
――作業開始。
まず周辺の木を伐って丸太を確保する。ここでも支保工——つっかえ棒だ。崩落現場で最初にやることは、これ以上崩れないように仮の支えを入れること。昨日の井戸と同じ原理だが、規模が違う。
「お前とお前、この丸太を瓦礫の山の左側に斜めに立てかけろ。上の岩が動かないように押さえる。しっかり地面に突き立てて、角度はこのくらいだ——そう、それでいい」
冒険者に指示を出しながら、俺は右側から土砂を掻き出していく。スコップなんざねえから、手近な板状の石をシャベル代わりにした。こういう応用は現場じゃ日常茶飯事だ。
土砂を抜く。中小の石を一つずつ、噛み合いを確認しながら外していく。
「次。この石を真っ直ぐ手前に引け。横にずらすな、上の岩が動く」
「お、おう!」
「そっちの細長いやつは後だ。先にその横の丸い石を抜け。順番を間違えるな」
冒険者たちが、おっかなびっくり従う。普段は魔物相手に剣を振り回してる連中だ。瓦礫の撤去なんざやったことがないんだろう。だが、指示通りに動く素直さはある。これなら使える。
――そんなこんなで、一時間半。
外堀を抜き終えて、骨格の大岩三つだけが残った。こいつらはもう支え合いの力が弱くなっている。
「全員下がれ。ここからは俺がやる」
大岩の噛み合いの要になっている部分——迫石みてえな役割をしてる一つの岩に手をかけた。こいつを横にずらせば、残りの二つは自重で手前に転がり出る。
ちなみに迫石ってのは、アーチの頂上にはまってる楔形の石のことだ。こいつ一つで左右の石を押さえてる。抜けば全部崩れる。今回はアーチじゃなく崩落だが、原理は同じ。噛み合いの「鍵」を見つけて外す。
丸太で転がる方向を誘導しつつ、岩をずらす。
ゴゴ、と低い音がして——大岩が、ゆっくりと手前に倒れ出した。
「離れてろよ」
二つ目、三つ目が続けて転がり落ちる。地面に鈍い振動。土煙が上がった。
煙が晴れると——洞窟の入口が、ぽっかり開いていた。
冷たい風が奥から吹いてくる。ダンジョンの空気だ。
「……開い、たぁ!?」
「嘘だろ!? 二時間かかってねえぞ!?」
冒険者たちが呆然としている。
一人が洞窟の中を覗き込んで、「通れる! 完全に通れるぞ!」と叫んだ。
それから、わっと歓声が上がった。
俺は座り込んで息をついた。汗だくだ。水が欲しいぜ。
「お、おい、あんたすげえな! 何者だよ!」
「土方だ」
「なに……ドカタ?」
「建物を作ったり直したりする仕事だ。崩落の除去も、その一つだよ」
冒険者たちがざわついている中、一人の男がゆっくり近づいてきた。
でかい。俺より背が高い。犬というか、狼に近い顔立ち。尖った耳に灰色の毛並み。獣人だ。身体つきは冒険者の中でも飛び抜けて大きい。
さっきの作業中、こいつだけは黙って指示通りに動いていた。しかも一番重い石を一人で持ち上げてた。力だけなら、ここにいる冒険者の中で頭一つ抜けてる。
だが——こいつの名前を、他の冒険者が小声で笑いながら言ってるのが聞こえた。
「ガルドだよ、あの脳筋」
「力はあるけど、それだけだろ」
「Fランクから上がれねえ万年カスだ」
……言いてえ放題だな。
ガルドと呼ばれた獣人は、そういう声が聞こえていないふりをして、俺の前に立った。
「あんた……何であんなに手順が分かるんだ。岩の噛み合いとか、どこから抜けばいいとか」
「経験だよ。二十五年やってりゃ嫌でも分かるようになる」
「二十五年……」
ガルドは俺の手を見ていた。工具のタコだらけの、ごつい手だ。冒険者の手じゃねえ。職人の手だ。
「お前、獣人の。冒険者やってどのくらいだ」
「……三年」
「上手くいってねえ顔だな」
ガルドが唇を噛んだ。図星か。
「力はあんだろ。さっき見てた。あの岩を一人で持ち上げてたな」
「力だけじゃ冒険者は務まらねえよ。剣技も魔法もねえ、パーティにも入れてもらえねえ。力だけあったって……」
「そうか」
少し考えてから、こう言った。
「お前、冒険者より『こっちの方』が向いてるんじゃねえか?」
「……こっち?」
「土方だ。力がある奴は重宝する。さっきだってお前が一番使えた。指示通りに動けるし、文句も言わねえ。力仕事に向いてる体格ってのは、それだけで『才能』だぞ」
ガルドの目が、少し泳いだ。
何か言いかけて、結局、何も言わなかった。代わりに小さく頭を下げて、その場を離れていった。
まあ、今日のところはこれでいい。すぐに答えが出る話じゃねえ。
* * *
ギルドに戻って依頼完了の報告をすると、受付の嬢ちゃんが目を丸くした。
「たった二時間で……? あの崩落を、お一人で!?」
「手伝いはいたがな。報酬は、銀貨十五枚でいいんだな」
「は、はい! あの……少々お待ちください!」
受付の奥に引っ込んで、しばらくして白髪の大男を連れてきた。ギルドマスターだ。
「お前さんが棟方か……話は聞いとる、どうやらあちこちで耳を疑うような活躍をしとるとな」
「いやいや、俺ぁ報酬をもらいに来ただけなんだが」
「まあ聞け。——うちに登録する気はないか? 戦闘職じゃなく、技術職として。正式にギルド所属になれば、依頼の幅が広がる。報酬の等級も上がる」
技術職か。今の日雇い登録とは待遇が変わる。依頼を優先的に回してもらえるし、ギルドの設備も使える。
肩書きなんざどうでもいいが、仕事がしやすくなるなら悪い話じゃない。
「……いいぜ。ただし、戦闘依頼は受けねえぞ」
「分かっとる、それでかまわん」
こうして俺は、冒険者ギルド初の「建築士」になった。
登録証の職業欄に『建築技術士』と刻印されるのを眺めながら、なんとも言えねえ気分になった。
『建築技術士』ねぇ……俺ぁただの『土方』なんだが。
まあ、異世界に来て半年。肩書きなんざなくても飯は食えてたが——悪くない。
ギルドの入口で、ガルドがこちらを見ているのに気づいた。
目が合うと、慌てて顔を逸らしやがった。
……まあ、そのうち来るだろ。ああいう奴は。
外に出ると、肩の辺りで土精霊がふわふわ光っていた。いつの間にか、こいつもギルドまで付いてきてたらしい。
「お前もなんか登録するか」
精霊がふわりと跳ねた。
意味は分からんが、嬉しそうではあった。
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